引越し祝い

青山天音

第1話 それは引越しトラックが去ったあとのことだった

コンコン。


引っ越しのトラックが去り、ダンボールの山に埋もれて悪戦苦闘していたところ、新居をノックする音がした。

ドアを開けるとそこには中年女性の姿が。

両手には大きな段ボールを持っている。

ああ、この人は、会社で掃除のおばちゃんをしている、ええと、名前はなんだっけ。


「やあ…イチジョウさん! どうしたんです、こんな夜中に」


「今晩は、アシヤさん、あなた、引っ越したって聞いて。特別にお祝いを持ってきたの」


そういうとイチジョウさん持ってきたダンボールを僕に押し付けた。

中に入っているのは、贔屓目に見ても古めかしいとしか言いようがない年代物の掃除機だった。


「ありがとうございます…でもぉ。

ちょうど今日、新しいものを買ってしまったんですよ」


しかしイチジョウさんまた首を振った。


「この掃除機はあなたが持っているものよりずっと高性能なの。

絶対こっちを使ったほうがいいわ」


これは面倒なことになった。このおせっかいなプレゼントをなんとかして断る方法はないのか。しかしイチジョウさんは押しが強かった。


「どうしたの?私の引っ越し祝いが受け取れないの?」


ダンボールをぐいぐい押し付けてくる。


「あ、ありがとうございます。掃除のおばちゃん…もとい、清掃のエキスパートであるイチジョウさんがそこまでおっしゃるなら、喜んでいただきます!」


「うんうん、それじゃ早速使ってみてね」


言うなりイチジョウさんは颯爽と夕闇の中へと立ち去っていった。


「どうするんだよ、これ…」


 残された新居には2台の掃除機が転がっている。

しかし、明日は会社がある。

今日中になんとか部屋を片付けなくては。


僕はイチジョウさんの掃除機を部屋の隅に乱暴に追いやり、元あった掃除機でもうぜんと部屋の掃除をし始めた。

あれやこれやダンボールを開けてようやく部屋らしきものが整ったところで時計を見ると、もう夜中の12時をとっくに過ぎていた。

そのあとどうやって眠りについたかはもう覚えていない。

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