ラピュータ

 船長の長田の命で二隻の船からそれぞれ小型艇が降ろされた。


 小型艇には拙者を含め、学者たちと役人たちが乗り込み、屈強な水夫たちが櫂を漕いでくれた。


 艇が浜に着く頃にはラピュータも低く降りてきた。

 フリベルが語って聞かせたように、ラピュータはバルニバービ島からは離れることが出来ないようで、海岸線で停止した、そしてその側面には回廊が五・六層積み重なり、そこに雅やかな民たちが鈴なりになってこちらを見つめていた。


 この天に浮く島のからくりをどうにかして探り出さねばならぬ。されど、南蛮欧州のフリベルを持ってしても解するに至らなかったこのからくりを拙者が解することが出来るのだろうか。

 否、その前にきゃつらは拙者らをあの浮島に登らせてくれるのだろうか。


 拙者はフリベルから幾つかのバルニバービ語を教わっていたが、容易に会話ができるほどの語彙はなかった。拙者が話せるのは日本語と阿蘭陀語オランダのみである。拙者は不安な気分できゃつらの様子をうかがっていた。


 浮島の回廊で数名の高官と思われるバルニバービ人が真剣な面持ちで話し合っていた。拙者は笑みを浮かべて大きく手を振り敵意のないことを表した。

 やがて、鉄の縄に結ばれた檻のような籠がラピュータの玄関口と思われるところから降りてきた。上を向くと「上がってこい」と手で合図している。

 スイフトの書によると「椅子」が降りてきたとあったが、拙者たちの前に降りてきたのは五人ほどが乗れる檻のような小部屋だった。


 拙者はフリベルに教わった数少ないバルニバービ語と身振り手振りでラピュータの高官と思われる人達に感謝の意を告げた。

 すると、彼らも身振り手振りで、彼らの王に謁見させたいが、王の都合があるため、暫くは彼らの提供する宿で留まって欲しい、とののたまわった。


 ラピュータの王に謁見するまでの三日間の間にラピュータの様々なものを見聞した。

 一番印象的だったのは、フリベルが書にも記していた貴族の事だった。

 彼らは常に一人か二人の従者を従え、先に膀胱袋がついた棒で時々、主の眼や耳を軽く叩いていた。

 しかし、それはフリベルが言うように瞑想して呆然としているわけではなかった。

 彼等は両耳の後ろに銀色の丸い金属のようなものを埋め込んでいて、そこから出いいる紐が耳の穴に詰め込まれた象牙細工のようなものに繋がっていた。

 従者の話によると、それは仮初現かりそめうつつの世を映す物だそうだ。

 仮初現はエレキテルが動かすエレキテル算盤が作る幻の現実なのだそうで、通常の算盤使いが一度に十万人以上が一斉に計算できるほどの計算力があり、それを画像や音にできるのだそうだ。


 どうやらラピュータの貴族は常に「仮初現の世(註6)」に通じているか、或いは他の者と魔法で会話しているらしい。常に実際に見える景色の上に幻の景色が重なり、誰か、或いは何かと通じ合っているらしい。中には戯れ言ゲームをしているものさえいるらしい。

 それ故、現の世に視覚も聴覚も向けぬため、従者が時折、眼や耳を膀胱袋で叩き、躓いて転んだり、誰かにぶつかったりしないようにしているらしい。


「仮初現」はエレキテルの力で動く自働算盤により計算された結果が映像や音を作り出しているようだが、その仕組は恥ずかしながら最後まで理解できなかった。と、いうのもラピュータ人自身もその仕組を解するものは既にいないとの事だった。

「仮初現」や「エレキテル算盤(註7)」というのは遥か古代の人々が作った装置で、彼等はそれを使うだけで、その仕組を理解できるものはおらぬし、修理、新たな製造ができるものはもういないそうだ。


 彼等の多くは、「遠話(註8)」のカラクリで遠く離れた者と会話しており、傍から見ると、ブツブツと独り言を呟いているようにしか思えぬ。中には耳の後ろに埋め込まれた金属の作用で、相手の顔さえ見えているという。


 算盤からどうして映像や音が生まれるのか不思議でならなかった。

 実際に算盤で作った映像を畳ほどもある板に映しだされた時には腰を抜かしてしまいそうだった。

 更にひょうたん型の目隠しのようなものをされて、その映像を見ると、まるで本当にその物がそこにあるように偽りの現実が見えた。

 それこそが「仮初現の世」なのだという。


 彼等は常に誰か、或いはエレキテル算盤と五感で繋がっているので、現の世に気を回している余裕など全く無いのである。それ故、膀胱袋が付いた棒で眼や耳を叩いて現に戻す従者が必要なのだ。



 ラピュータを宙に浮かせているラプテウムという石も見せてもらった。


 それは石というより「岩」だった。

 ラプテウムの結晶を集めた巨大な岩で、エレキテルの力を加えて宙に浮かせているのだという。


 そのラプテウムは何処にあり、どうやったら結晶を精製できるのかと、数多くの貴族や学者たちに尋ねたが、誰も知るものはいなかった。

「国王なら、その秘技を伝授しているだろうが、ご教授いただいたとしても、それは何の役にも立たないだろう。何故なら、ラプテウムはバルニバービ以外ではまるで機能しないのだから」とある高名な学者が言った。


 拙者達は理解を遥かに超える高尚な技術を見せつけられ、意気消沈したり、興奮したり、情緒不安定になること激しく、何も考えることができなくなっていたが、上様のためにも何かしらの土産を持して戻らなければならぬと、魂は消耗しきっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る