横須賀

 フリベルのいうには、ラピュータを浮揚させているのは磁石のような力だ、ということだったが、拙者にはそのような魔法のようなことはまるで信じられなかった。

磁石ごときで、街が空に浮くわけがない。


 しかも、フリベルが言うには「その石」の力が及ぶ範囲はバルニバーニ国のみだというではないか。


 仮にその石を手に入れたとしても、我が国、日本では全く働かないのではないか、そんな疑問が沸々と湧き上がっていた。


 拙者はフリベルにラピュータの位置を細かく聞き出し、地理学者の手を借りて海図に記すことに成功した。

 更に、ラピュータ人の文化風習なども極めて細かく聞き出した。

「ガリベル旅行譚」を読めばあらましは書いてあったが、その時はまだ彼はその著書に筆を執っていなかった。



 フリベルの話を聞いていると、南蛮の航海術というのが途方も無い技術だということを思い知った。


 当時より日本には既に羅針盤が伝来していたが、陸地が見えなくなるほど遠洋に船を出すものは殆どいなかった。

 海図というものが全く無かったからだ。

 それ故、ラピュータがあると言われる、途方も無い遠洋まで航海できるとは露とも信じられなかった。


 第一、そんな大航海に耐えられる船が日本にある筈がない。


 家宣様ともあろうお方がどうしてこのような絵空事を図ったのか、その当時は全く解せなかったが、将軍は、先の将軍の仰せられることは真のことであり、将軍家の密書に明確に示されている、との事だった(勿論このことはその時、重々他言無用と念を押された)。

 欧州のサイエンテストにも劣らぬと自負していた拙者としては、誠に理解できぬことであったが、今ならば納得がいく。



 ファン・フリベルもとい、スイフトの著書によれば、日本を発った後、彼は偶然「フウイヌム」の国を訪れたと書いてある。

 拙者の思うところ、綱吉公はラグナグコクばかりでなく、この国のことも存じておられたのではないかと考えている。



 フウイヌム国というのはスイフトの著書によれば、忠や義を解するだけでなく仁や智を解し、言霊を持つという。つまりは喋る馬の国があると書いてある。

 その著にフウイヌムという馬は二本足で歩く動物は実に不完全な動物であると主張しているといい、彼もそ意に同意している。

 フウイヌムは「四本足で歩くほうが安定しているから優秀な動物である」と考えているよようだ。


 恐らく、綱吉様もこの事を十分理解して「生類憐れみの令」を発布されたのではないかと、拙者は信じている。

 綱吉様は、話す馬がいるなら、話す犬や猫がいても可怪しくない、まかり間違って我が国の獣の中にそういった理のある四足が紛れ込んでいたら、大変なことになるとお考えになられたのだろう。

 江戸城下は馬の侵入を禁じているが、これも馬が人を轢いたり、その蹄で道を掘ったりするのを危惧しているのではなく、馬が人に傷つけられることを心配して江戸は馬の侵入を禁じているのだろうと、拙者は察している。


 しかし、その当時、拙者は病中で朦朧とした綱吉様の妄言を家宣様が盲信されたとばかり思っていた。

 それ故、城内見附役の武官達と横須賀に参じて徳川家直属の水夫、忍び、火薬師達と会談し、バルニバービ探索の計画を勧めよ、と命じられた時も、この計画は却下され、拙者も長崎に帰れるものだとばかり思っていた。


 しかし、将軍様の命は絶対である。

 拙者はフリベルを呼び寄せ、バルニバービ関する詳細を問い詰め、海図を書かせ、もう聞き出すことは何もないと確信した後に、東海道に足を置いた。



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