君が変して ~Mother & Daughter~

熊雑草

第1話

 いつからか、この世界が酷くつまらないものに感じ始めていた……。

 小学生、中学生と、ただ流れる日々が楽しいと感じていた時は過ぎ、高校受験などというものをやらされ、嫌でも社会の中にいることを認識させられたあたりから、人生の価値観は凝り固まり出した。

 腐敗していく政治と偏向報道しか映さなくなってしまったニュース。K‐POPばかりの音楽番組。学生の頃は楽しいと思っていたバラエティでさえ、芸人同士の先輩後輩の上下関係が見え隠れして気持ち悪い。テレビは、いつからこんなに詰まらないものばかりしか映さなくなったのか……。


 ――だったら、自分の望むものを見つければいい。


 そう思った時期もあったが、個人で出来ることには限界がある。思ったからといって世の中の法則が変わることもなければ、いきなり行動を起こしたからといって何かが劇的に変わることもない。それは子供から大人になる過程で理解させられている。

 故に、この身に宿るのは、どうしようもない諦めという倦怠感だった。ただ流され、ただ生きているだけ。娯楽や周囲への興味が薄れていくにつれ、自分の存在意義が薄れていくのだ。


 ――だが、転機は突然に訪れる。


 二十代前半で家族と呼べるものを全て失っていた自分の家のインターホンを誰かが押して、チャイムが響く。

 仕方なく開けたドアの隙間からは化粧の厚い中年女性の顔が見えた。

「初めまして。私、あなたのお父さんの親戚で高橋と申します」

「はあ……」

 交友関係すら最低限にし、訪れるはずのない家に来た来訪者は見ず知らずの遠い親戚らしい。

「探し当てるのに、苦労させられました」

「そうですか」

 頼んだ覚えのない苦労を勝手にして、『させられた』などと傲慢なことを言えるこのおばさんは、俺に朗報を運んで来てくれたわけではないだろう。人間嫌いの勘は警鐘を鳴らし始めていた。

「少しお話があるのですが、よろしいですか?」

 上品な口調で話し掛けているが、俺の中でこのおばさんは早々にブラックリストに登録されている。悪いが、もう話もしたくない。

「よろしくないので、お引き取りください」

 言うが早いか、俺はドアを閉めようとドアノブを引いた。

 しかし、ドアの隙間には、おばさんの桜島大根のような野太い足が捻じ込まれ、俺の関わり合いになりたくないという行動を拒否するのだった。

「話ぐらい聞きなさいよ!」

 口調が一変し、おばさんの本性が表われた。ここで呆然としてくれれば、『ああ普通の人だった』で終わったに違いないのに……。

「いい加減に閉める力を緩めなさいよ! こんな都会の中の片田舎まで来るのに、どれだけ交通費が掛かったと思っているのよ!」

 お前の都合など知るか。俺の都合も考えずに、勝手に押し掛けて来たのは……ババア! お前だ!

 『もう、痛さで足を引っこ抜いてくれないかなぁ』と、強引にドアノブに力を込めて力一杯に引っ張るが、おばさんの足は依然とドアの隙間から動く気配がない。

 ところで、この逞し過ぎる野太い足……一体、どんな全体像なのか?

 興味をそそられた俺がドアの隙間からおばさんを確認すると、顔のでかいドラえもんみたいな三頭身の体型のおばさんだった。いや、ドラえもんは二頭身か?

 ……と、そんな馬鹿な考えに逸れている間に、おばさんがけたたましく捲くし立てる。

「あんたを探し当てるのに親戚中で金出して、探偵まで雇ったのよ! 話ぐらい聞きなさい!」

 お前らこそ、何をしている。顔さえ覚えていない親戚が探偵雇ってまで、俺に何の用だ。それと、さっきから金の話ばっかりだな。このおばさん。

「くだらないところだけ、父親に似て……!」

 父親? アイツは、俺よりはまともだろう。ここまでの人間嫌いは、そうは居ない。

 俺は、おばさんを追い払うべく話し掛ける。

「あなた、本当は俺の親戚じゃないでしょう。セールスですか? 間に合ってます」

「違うわよ!」

「じゃあ、宗教ですか?」

「違うわよ!」

「じゃあ、何しに来たんですか?」

「届けに来たのよ!」

「届ける?」

 一応、疑問系で返すが、絶対にドアを引く力は緩めない。このおばさん、この場から引く気配を一向に見せないし。

「一体、何を届けに?」

「親戚の会議で決まったものよ!」

 何で、その会議に俺が含まれない。俺も親戚の一人だろうが。そもそも、何で、届け物に会議なんて必要なんだ?

「あ~~~っ! まどろっこしいわねっ!」

 おばさんがドアノブに体重を掛けると『メキョッ!』と、長年生きていても中々聞くことの出来ない音を鳴らしてドアを強引にこじ開けた。

「警察呼ぶか……」

「呼ぶんじゃないわよ! 話があるって言ってんでしょうが!」

「俺は聞きたくないって言ってんでしょうが」

「いいから聞きなさいよ!」

 俺は溜息を吐いて左手の長袖のシャツを捲り、腕時計を確認する。

「三十秒で簡潔に」

「出来るか!」

 おばさんは烈火のごとく怒り、俺も追い返すのを半ば諦めた。多分、このおばさん、話をするまで帰らずに居続けるに違いない。ご近所迷惑もあるし、このまま怒鳴り続けられたら、温厚なご近所様でも乗り込んでくるかもしれない。仕方なく俺は、おばさんを家の中に上げることにした。

 ちなみに、おばさんに体重を掛けられたドアノブは、今日から半回転する業務を休業することになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る