宇宙怪獣大戦争

赫奕たる蒼白の下で

 そこは宇宙、広大無辺なる漆黒の世界。その只中で1つの恒星が輝いている。蒼白いそれは、突き刺さるような鋭い光輝を漆黒の世界に放っていた。

 その恒星は際立つ存在感を見せていた。宇宙を総べる漆黒の全てを振り払わんばかりかと思わせる激しい瞬きを繰り返しており、躍動する光のページェントは人類ヒトに類する心理を持つ存在にとっては魅惑に満ちた光景と映るのかもしれない。

 それは青色超巨星と呼ばれる恒星の一種だが、特別な性質を示していた。光度が頻りに変化していて、時に突発的な変光を起こしているのだ。この恒星は高輝度青色変光星(LBV=Luminous Blue Variable)と呼ばれる超巨大質量天体だ。光度は地球の主星であるGⅡ型主系列星・太陽の数百万倍を越えていて、質量は凡そ150倍超に達していると思われる。この種の星の輝きは宇宙全体を見ても最も明るく輝く部類に入る。核融合反応が極めて激しいためだが、故に水素が急速に消費される。星の寿命は100万年から300万年くらいと思われ、恒星の寿命としては非常に短いと言える。そうした性質の星だ。


 絢爛豪華たる眩き蒼白が漆黒の虚空に刻み付けられる、そんな星の輝く世界である。

 しかし――――



 LBVの近くの宇宙空間に何かが存在していた。闇の中に時折 現れては消えを繰り返していて、姿が明瞭に捉えられない。しかし星に近づいているらしく、放射光を受け、次第に姿を現わし始めるようになる。

 半透明なからだをしているのが分かった。カイトのように見える扁平な全身をしていて、末端から2、3本の尾のように見える帯が伸び出ている。

 カイトと表現したが、或いはエイと言った方がいいのかもしれない。地球の海洋に広く分布生息している板鰓亜綱に属する軟骨魚類に酷似しているのだ。


 生物なのだろうか? 真空の宇宙空間をで活動する生命体なのだろうか?

 

 “それら”は虚空の只中を漂うように浮遊しつつ移動していた。1つや2つだけでなくかなりの数が見られるが、一見してその全体数は分らない。一所ひとところに集合するような動きを見せていて、大半はLBVの方に向かっているのが見て取れた。何処からやって来たのか今ひとつ不明だが、次々と漆黒の中に湧き出るように出現しているのが確認でき、現れるや直ぐにLBVの直近に移動を行っている。

 その蒼白光を前にして集合する姿は幻想的だ。半透明なからだは背後の星の光が透過していて微妙に光度や色調を変化させるのだが、それが漆黒の背景と相まって鮮やかな色彩のページェントを生み出していたのだ。


 エイたちの動きは隊列を組んでいるようなものに見える。ある種の規律のようなものの存在を窺わせ、機能的な美を感じさせた。

 LBVの赤道中央上空に集結すると、次にエイたちは一直線に並び始めた。遠くから見ると、恒星上空に長大な柱でも建造されたように見える。

 それはエイたちの1つ1つがLBVの光の入射を受け、蒼白に輝いていたためなのだが、無数に一直線に並んだ結果、長大な光の柱のようなものが伸びたように見えたのだ。

 その蒼白の輝きが増す。単に光の入射を受けるだけでなく、エイたち自身が発光を始めているかにも見えた。輝きはからだの中央軸線上で特に激しくなっており、中には真っ白な粒子が現れているのが分かる。光の粒子は渦巻くように回転するが、やがて一直線に進行を始め頭部に集中していく。そして頭部が一際 眩く輝くかと思うや、直近に位置していた別のエイの尾部の内部に発光が現れる。そして体内中央へと拡がり、やがて頭部へと連なる。

 LBVの一番近くに在った個体から始まり、順次離れた次の個体に発光が起き、それは連鎖しているように続く。まるで光のバトンをしているかのよう。

 

 光の柱は更に輝きを増し、やがて宇宙の只中に鋭く虚空を切り裂くランスが出現した。


 例えば人間ならば、その心には明らかに感動を呼び起こす“芸術”と言えるだろう――そう思わせる光のランスだ。しかしエイたちにそのような心理があるかは分からない。それが何なのか、如何なる存在なのかは不明なのだから。

 芸術とされるもの、感動という心の動き、心なるもの、それら事象・概念は人類の価値を越えてこの宇宙に於いてどれ程 普遍的なものかは定かでない。エイたちの正体は全く不明なので、何一つ断ずることはできないのだ。


 しかし、これだけは確実だ。


 “彼ら”には目的があったのだ。それは決して芸術に浸るような潤い溢れるものではない。それは、この直後に起きる状況に現れていた。


 それは――――



 エイたちから離れること遥か彼方、光すら到達するに幾ばくかの時間を要する隔絶の領域――確実に天文単位(AU、1AU≒1.5億㎞)の距離は離れている――に強大な光のまたたきが出現した。それはLBVの蒼白とは趣を異にする輝き、七色の光彩を放つ光球だった。

 光球は出現するや、瞬時に爆発するように四散――その煽りでも受けたかのように遠くに在る星々の光輝が激しく揺れた。まるで空間そのものが波打つかのように光点の数々が振動して見えたのだ。

 それは程なく収まる。後には静寂に満ちた漆黒の世界に立ち戻るかと思われた。

 しかし――――


 何かが蠢いていた。宇宙の闇の中に数多の異形なるものが在ったのだ。それらは光球の消滅した後に出現したのだが、或いは光球がそれらを連れてきたのだろうか?

 姿が明瞭となる、LBVの輝きの反映の効果により、漆黒の闇の中に有り様を浮かび上がらせたのだ。

 細長い紐のような姿をしているのが分かるが、ウネウネとくねるようにからだを動かしているものが多く、それは蛇を思わせるものがある。

 蛇たちは何種類ものカラーに分かれていて群を築き移動するが、エイたち以上に規律溢れる隊列を組んでいた。赤・青・白・黒の4種類見られ、それぞれのカラーリングごとに部隊を編制しているように見える。

 部隊は整然と整列し、動きを止める。それは何かを待つような佇まいに見えた。

 そして――――


 蛇たちの後方に再び七色の光彩が出現した。前にも増して眩しく輝き、殆ど超新星かと見紛うかに思える程の激しい発光を顕していた。だが、すぐさま四散・消滅する。

 そして、“それ”が現れた。


 一体だけの蛇が出現、だがそれは他にも増して比較にならない威容を表現する。

 からだは一際巨大に見える。他の蛇たちの何倍もの巨躯、10倍、いや更に越えているかに思える。スケールの数値的詳細は不明だが、数100m単位をも遥かに凌駕する巨大なものだと直感させる姿だった。おそらく全長は1kmを超えているのではないだろうか?

 その全身は黄金に輝いていた。前面に在る高輝度青色変光星の輝きなど物ともしない、いや圧倒すらする眩い光輝を放っていたのだ。

 赫奕かくやくとは、まさにこの輝きを指すのではないのか? それは全宇宙に自らを鼓舞するかのように、己が黄金の煌めきを放ち続けていた。


 それが威容を演出する。


 黄金の蛇が1つ大きく“首”を振った。頭部らしきものの詳細がよく分かる。それは蛇と言うには些か趣を異にすると思わせる。目を思わせる窪みがあるが、眼球らしきものは見られない。閉じられているが口としか思えない亀裂がある。そして、これは他の蛇たちと大きく違っている点だが、“目”の後部――少し離れたところに2本の角としか見えない突起が存在していた。

 それはある伝説上の生物を思わせる姿を現していた。


 龍、ドラゴン――――


 人間が目撃すれば、その神獣を思い浮かべるだろう。

 恐怖、若しくは畏怖すら抱かせる威容、否応もなく身を震わされる効果を及ぼし、仰ぎ見るしかない存在感を叩き付けるだろう。


 それはまさしく王の如き座に在るものだったらしい。


 黄金の龍は首を大きく振りLBVに“目”を向け、動きを止めた。眼球などないはずだが、確かに蒼白の星を見つめているかと思わせるものがある。

 他の蛇たちも倣うように星に頭部を向ける。まるで黄金の龍に従うかのようで、整然とした挙動は確かに黄金の龍を自分たちの首魁と認めていると感じさせるものがある。


 そう、黄金の龍は確かに蛇たちの王だったのだ。


 龍が“口”を大きく開けた。牙にしか見えない鋭い突起が多数見られる口内が晒される。そしてそのアギトの奥には闇そのものにしか見えない暗黒の領域が垣間見える。宇宙の漆黒など生易しくも見える黒き拡がり、闇より昏い黒とでも言うべきか?

 その“黒”が震えた。何物も目に映らぬはずの真の暗黒なのに、確かに震える姿が見えたのだ。それは瞬く間に拡大し、空間を駆け巡っていく。

 衝撃に当てられたかのように呼応して身を震わせる数多の蛇たち、有り様は自らがかしずく王に平伏するかの如し。彼らは例外なく打ち震える挙動を示し、一斉にLBVに向き合うかのような姿勢を取った。そして動きを止める。


 僅かな間、沈黙が流れる。

 宇宙空間に音響の伝播などはなく、元から静寂に満ちていたのだが、この瞬間は更なる静寂の時と言えた。

 真なる沈黙、宇宙のしじま――――

 それは王の号令を待つものだった。


 再び黄金の龍がアギトを大きく広げ、空間を震わせた。それは咆哮とでも呼びうる振動だ。


 弾かれるように蛇たちが動き出す。

 彼方のLBVに向け、一気に加速を開始する。一瞬にして姿を消したさまは、まるで光の矢の如し。瞬く間に亜光速領域に達し、潰れるような圧力をいだかせる空間の只中へ疾走していく。1つの例外もなく全ての蛇たちが等しく亜光速飛行へ移行した。

 向かう先に在るのは、蒼白の輝きをまとう虚空の軟骨魚類様存在。その目指す意図とは?



 蒼白の槍の輝度が増す。LBVの変光すら凌駕する鋭い発光は、まともに目にすれば網膜が焼き尽くされそうにも思える。白い光粒子の渦も激しさを増し、個々のエイたちの体内を駆け巡るように動く。脈動するように粒子が弾けており、まるで心臓の鼓動のようにも見える。

 発光はLBVから離れる個体ほど眩しさを増しており、最先頭の個体が最も激しく輝きを始める。その個体に向けて全てのエネルギーを集中させているかのようだ。

 すると周囲の虚空から新たな個体が出現する。やはり何処から、如何にして現われたのか定かでない。個体数は全部で30ほどか、それらは最先頭の個体を取り巻くように集合し、1つのリングを形成するように位置を定めた。

 そして回転を始め、次第に速度を上げていく。最後には個々の判別が不可能な程に速度が上昇していき、そのまま径を狭め、一部が前方へと迫り出した。遠くから見ると、漏斗型の筒が形成されたように見える。

 漏斗の内部に雷光のようなものの瞬きが出現。徐々に光度と頻度を高めていき、終いには嵐でも巻き起こすかのように渦巻き始めた。稲妻の渦が乱舞を演ずるかのよう。

 尋常でない電磁力の集約が見られる、そして――――


 光の柱、いやランス全体に強烈な脈動する閃光が発生、最後尾から先端に向けて瞬時に駆け上がるや、最先頭の個体が爆発でも起こしたかのように弾けた。そして漏斗内の雷光がスパイラルを描き、彼方の虚空に向けて“何か”を撃ち出した。

 目には見えぬ何か、少なくとも人間の可視領域を遥かに越える放射エネルギーの奔流が放たれたのだ。

 それは――――


 それは亜光速で接近する蛇の群れに向けられていた。群れの只中に力の奔流が撃ち込まれたのだ。


 瞬く間に群れは巨大な爆発の光球に呑み込まれる。次から次へと、回避もロクに叶わないらしく、蛇たちは猪突猛進の如く突っ込んで行くのだ。それが爆発エネルギーを拡大させたのか、光球は更に拡大し、新たに蛇たちを捕える。在るもの全てを喰らい尽くそうとでもするかのように、光の大口が虚空に顕現した。

 だが、それは何時いつまでも続かず、ごく短時間しか存在できないらしい。やがて消滅していったのだ。続く蛇たちは然程の障害を受けることもなくなり、突破していく。

 そしてエイたちが築く蒼白のランスに迫るのだった。見る間に、瞬く間に、扁平な姿が蛇たちの視界を大きく占拠する。

 矢のような亜光速の疾駆は刹那の切迫を可能とした。一刻の猶予もなく彼我の衝突が始まるかに思われた。


 第2弾が放たれた。ランスの最先頭から再び膨大な力の奔流が放たれ、蛇たちの間に撃ち込まれる。爆発と光球の発生、巻き込まれる無数の蛇、しかしそれでも殲滅は叶わないらしい。おびただしく殺到する蛇の群れを一掃するには余りにもささやかにすぎたのだ。


 遂に蛇たちはエイたちのランスに取り付く。

 そして全ての蛇たちがアギトを開け、禍々しい牙のようなものを覗かせる。次いでタメでも作るかのように身を引く挙動を見せるや、直後に勢いよく首を伸ばした。一瞬、何倍にも頸部が伸長したように見えた。

 その挙動は何かの力の発動だったらしい、目に見えぬエネルギーの弾丸のようなものを撃ち出した。その直撃を受け、ランスを構成するエイたちの一部が弾かれたように吹き飛び、酷く破壊されてしまった。からだが微塵に砕けてしまった個体もあり、影も形も残さず消滅したものも見られた。

 ランスの構造にくびきが穿たれたようなもの、維持するのは困難なのは明白――もはや力の奔流を放つのは不可能に思われた。

 エイたちは全てを悟ったのか、自ら構造を解く。逃亡するように四方八方へと散っていった。その中心に鉄槌でも下すかのように突っ込む蛇の群れ、エイたちの陣形を分断するように飛び込み、かさず散るエイたちの追撃に入る。そしてあの不可視の弾丸を撃ち出す。

 次々と砕かれ四散するエイたち、見る間に数を減らし狩り立てられていく。しかし彼らは無力な獲物ではない。やがて反撃に転ずる。

 エイたちは転身、回避をやめて蛇たちに立ち向かう。一斉に全方位から押し込むように突撃を開始した。単体としても攻撃能力はあるらしく、威力こそ劣るものの放射エネルギー線を蛇たちに撃ち込み始めた。たちどころに何体もの蛇たちが焼かれていく。


 双方の全面衝突が始まり、そして乱戦状況に突入する。無数のエイと蛇の群れが入り乱れ、互いを攻撃し合い始めた。LBVの輝きすら圧倒する激烈な光の炸裂と空間の振動が巻き起こる。それは速やかに互いの数を減らしていく。

 喰らえば絶対死を免れ得ぬ彼らの力の発動は、互いを確実に屠るものだ。このまま行けば、双方とも程なく全滅の憂き目を見るのも明白に思える。例えどちらかが勝ち残ったとしても、彼らに残された傷跡は癒し難いものに思える。それ程に激烈を極める戦いに思えた。

 それでも彼らは引かない。互いが互いとも、絶対に後退せず、何が何でも敵を滅せんと攻撃の手を緩めない。如何ほどの被害を被ろうと、犠牲を強いられようと、それにも増して敵の駆逐こそが第一と突き進むのだった。

 そう、これは殲滅戦。敵の完全消滅を目指す戦いだ。


 何時いつとも知れぬ時代、何処どことも知れぬ世界。人類の認識を遥かに越えた宇宙の彼方で繰り広げられる異なる生命の、生態系同士の――生存を賭した闘いの光景だったのだ――――

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