5章 グラヴィティ・ジェネレート⑧
死を覚悟した人間は最後に目を閉じることがあるというが、俺はまさにその状態だった。
暗闇を光で照らすような、一筋の声が差し込んでくる。
「――大丈夫、吉祥? 今度は間に合ったみたいね!」
俺は自分が死んだと思っていた。
もしもあの世に連れていかれたとして、まずは天使か何かに声をかけられると思っていたのだが、これはそういう声色ではない。
「ごめん! 遅くなった!」
「……吉祥、聞いてるの?」
一縷の望みにかけて目を見開く。
そこにあるのは、頼もしい仲間の後ろ姿だった。
「逢河! 結香!」
助けに来てくれたんだ。客の避難誘導を無事に済ませて、ここに来てくれた……!
二人は酷く消耗しているみたいだった。きっと二人にもやるべきことがあって、その壁を乗り超えたからこそ、ここにいるのだろう。
「余計なことをしやがって! 俺のフィナーレを邪魔すンじゃねーぞ!」
「あら、たった一撃を止められたくらいでご乱心?」
「ああ? 調子に乗んなよ雑魚が……! 雑魚がたくさん集まったところでなぁ! 雑魚の集合体なのは変わんねーんだよ!」
逢河が桐生の気を引いているうちに、結香が手を貸してくれる。
女の子に介護されるとか、なんか格好つかないな俺……。
「苦しそうだけど、大丈夫叶真?」
「いや、ちょっときつい……。桐生の能力で心筋梗塞にされちゃってさ……」
「心筋梗塞? それはマズイよ! あーもう、仕方ないな!」
結香が何やら俺の胸に手を当てているうちに、俺は後ろを振り返ってみた。
セスナがモール内の奥の方に突き刺さっている。まるで、俺に当たる直前にセスナが一気に移動したみたいだった。たとえばそう、ワームホールみたいなものを用いて。
「――よし、多分これで少しは楽になったと思う。……どう? 苦しくない?」
俺の体に何かを施したらしい結香がそう言うので、自分の体を確認してみると、心筋梗塞の痛みがウソみたいに治まっていた。そこはかとなく残り香のようなものは残っていたが、死にそうなときの痛みと比べて、天と地ほどの差があった。
「何をやった……?」
「覚えてる? サーマルチェンジは、体温を変えることもできるんだよ? 叶真の体温を少し上げたんだ」
「それでこんなに楽になるのか」
「まあ応急処置程度だけどね。実際に叶真の体、すごく冷え切ってたからさ」
「そうか。ありがとうな」
「どういたしまして!」
命の恩人に対して礼を言う。
……おっと、もう一人恩人がいたな。
「逢河もありがとうな。セスナを移動させたのはお前だろ」
「そう言えば私の能力、あなたには教えていなかったわね。『次元裂断の能力――ジェネレート』。私はワームホール、ブラックホール、ホワイトホールを引き起こすことができるの」
「それを使ってセスナを奥に追いやったわけか」
「そういうこと。あなたの方はなんていうの?」
「『重力操作の能力――グラヴィティ』って感じかな。できることはそのまんまだ」
「ふふっ……」
「なんだよ。何かおかしかったか?」
「いいえ。……なんていうか、やっとチームらしくなったなあと思ってね」
「かもな」
逢河の含み笑いが乗り移る。
俺も少し前までは、こんな風になるなんて夢にも思わなかったよ。
「グダグダ言ってんじゃねーぞクソネズミィ! テメーらに何ができるってンだ!」
快楽よりも怒りが勝ってしまったのか、桐生はとうとう激昂した。
まだいける。この体ならまだ戦えるはずだ。
「さっきも言っただろ。お前の野望は俺たちが阻止する! 異端能力者の好きにはさせない!」
「ええ、もちろんよ」
「いいこと言うね、叶真!」
いちいち茶々入れてくんなお前は。
「面白ぇ! 面白ぇよテメーら! だったら本当に止めてみやがれってンだ! この俺に勝ってみせろ!」
「叶真、行って!」
「え?」
「わたしたちが叶真をサポートする! だからあいつに一発かましてやってよ!」
「逢河、お前もそれでいいのか?」
「そうね、それでいいと思うわ。私たちの分までお願いね」
チームメイトに背中を押されてしまってはしょうがない。俺もあの快楽主義のド変態野郎を一発ぶん殴ってやりたかったからな。
「わかった。頼むぞ、二人とも」
二人の力強い頷きを受け入れて、俺は桐生に向き直った。
改めて思うが、桐生は無地の白ティーシャツという独特の格好をしている。
「オラァ、かかってこいクソネズミィ! テメーらまとめてぶっ殺してやっからよぉ!」
「行くぞ桐生!」
俺は残った体力すべてをフルに活用して、この肉体を弾丸とし、奴に向かって突っ込んだ。
俺は生きる。俺は生きる。俺は生きる!
結香が進行形で体温を調整してくれているのか体は軽い。
「うおおおおおおおおおおおおっ!」
「ハッハァ! その気合もこれで終わりだああああああ!!」
「――っ!?」
桐生は最後にまた能力を発動させたみたいだった。
数分前に天井に入った亀裂が大きくなり、モールの崩壊が始まったのだ。
言うならば、〝天井が崩れ落ちる世界線〟。
車一台は埋もれるだろう量の瓦礫が、けたたましい音とともに降り注いでくる。
やろうと思えば、グラヴィティで跳ね返そうとすることも可能だった。
「吉祥! そのまま走り続けて! あなたを移動させる。私を信じて!」
後ろから逢河の叫び声が聞こえる。
たしかに、この量を咄嗟に跳ね返せるかどうかは絶対じゃない。
俺は構わずに走り続けた。
「あはははは! 諦めたか! そのまま無様に死にやがれ!」
「いつまで笑ってんだうるせぇ!」
「今よ吉祥!」
逢河の声が耳に届くのと同時に、目の前に黒い渦が現れる。
ワームホールのような異空間を通り抜けると、快楽主義のド変態野郎の近くまで移動していた。
「何ィッ?」
当然のように狼狽える桐生。
俺はその無様な表情に、唸りを上げた一撃をぶちかます。
「お前の野望も、所詮こんなモンなんだよおおおおおおお!」
「ぶほおっ!」
そうして桐生は盛大に吹っ飛んだのだった。
「く、クソが……!」
床に突っ伏し息も絶え絶えの桐生を見下ろす。
最後の力を出し切ってしまったため、正直俺も立っているのが精いっぱいだった。
「覚えておけ。俺の名前は吉祥叶真。この世界を守る人間だ」
「ははは……ンだぁ? いい気分になっちまったかぁ?」
「俺もお前と同じ考えだよ。お前が何度立ち塞がろうと、俺がそれを蹴散らしてやる。この日常を守ってみせる。お前が何度現れたとしても……必ず、必ず……倒し、て…………」
ダメだ。もう力が残っていない……。
体が言うことを聞かなくなり、俺はその場に倒れてしまった。
一方の桐生も、意識を保つのに精いっぱいのようでなんとか体を起こそうとする。
「ハッ、ふざけやがって……。そう簡単に世界線が変わってたまるかよ……」
そう言って殴られた頬を腫れさせながら、手を俺にかざしてきた。
トドメを刺す気か……?
エントランスに瓦礫の山ができてしまったからか、逢河たちの応援は遅い。
何もかもを出し切った俺は、ただ突っ伏していることしかできなかった。
それでも、生きようという気持ちは忘れない。
「……チッ」
不快感を覚えたらしい桐生が力なく腕を下ろす。
助かったのだろうか……?
「俺の能力が利かないことがあるなんてな……」
ただ一つ気になったのは、あいつが気を失う直前に呟いた言葉だった。
「俺と似たような力を持ったヤツは他にもいる」
似たような力……?
「精々やってみせろよ。オマエに〝それ〟ができるならな……」
深い意味を考えている間に、俺たちの意識は溶けていった。
参考
錬金術師の能力――アルケスミト。四大元素を用いて様々なものを錬成できる。
次元裂断の能力――ジェネレート。次元の裂け目を引き起こすことができる。
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