2章 日常は変わりゆく⑤

 数日が経ち、病院での生活も悪くないと思うようになっていた。

 食事はちゃんと三回摂ることができるし、談話室で気ままに本を読んだり、屋上で景色を眺めたり、先生の許可が下りれば入浴することもできる。

 こんなことを言うのはなんだけど、まあまあ快適な日々だった。

 強いて言うなら、ケガが治ってしまったことを悟られないようにするため、わざわざ車椅子を使うのが大変だったくらいだろうか。あれの扱いは結構難しい。

『アスカ町 特殊能力者』

 母さんに頼んで持ってきてもらったマイノートパソコンで、そんなことを調べてみると、逢河が言っていた内容とは関係ない情報がずらりと表示された。

『ジャーナリトの文書が明かす、特殊能力を持つ人間の存在……』

『限られた人間のみが持っている7つの特殊能力』

『特殊能力で世界を救う。小説家になりたい!』

 桐生のような特殊能力者による事件の記事などが見つからないかと期待していたのだが、都市伝説やフィクションなど、どれも空想の域を出るものではない。

 そもそも逢河が言うには、CIPという組織には記憶を扱う能力者がいて、痕跡を消しているのだから、こうまでして探すだけ無駄だったんだろうな。

 モニターに夢中になっていると、黄色い声が飛んできた。

「吉祥さん、お元気ですね。ケガが大分治ったようでよかったです」

 俺の担当の看護師さんだ。入院した初日からずっと看病をしてくれている。

「ああ、どうも。いえいえ、先生とみなさんのおかげですよ」

「今日の夕食を配膳しに来ました。吉祥さんは毎回全部食べてくれるので、みんな驚いてますよ」

「だって全部おいしいんですもん。残すわけにいきませんよ」

 いわゆる一汁三菜というやつだ。サイコロの5を描くように五つの皿が並べられたお盆が、目の前のオーバーテーブルに置かれる。

 いい香りだ。一日の一番の楽しみといってもいい。

「どうぞ召し上がってください」

「いつもいつも、ありがとうございます」

「それが私たちの仕事ですから」

 俗に言う営業スマイルなのかもしれないが、俺にとってはそれも心地よかった。

「いただきます」

 ご飯と栄養満点そうなハンバーグをかっ込んでいると、看護師さんが思い出したように言う。

「そういえば吉祥さん、今朝も一人でトイレに行かれたようで?」

「あ……えっと、それがどうかしましたか?」

「ダメじゃないですか。吉祥さんはまだ車椅子なんですよ。もしも中で動けなくなったらどうするんですか?」

 まあ本当はピンピンしてるんですけど。なんか申し訳ない気分だな。

「あとでまた来ますから、次回は私がご一緒しますよ」

「ぶふーっ!」

 とんでもない発言に思わず吹き出してしまう。

 何回も聞いているけど、さすがにインパクトが強過ぎるよ。

「だ、大丈夫ですか!」

「大丈夫です……。少し咳き込んだだけです」

 本当はあなたの発言で全然大丈夫じゃないですけど……。

「あの、それに関しては平気ですから。トイレくらい僕一人で行きますよ」

 いくら病人扱いされているとはいえ、年頃の男子が女性とトイレに行くのはきつい!

「……そうですか? あまり無理なさらないでくださいね」

「あはは、そんなことないです。ご心配かけてすみません」

 ようやく俺の意思が伝わったようで、看護師さんは病室を出ていった。

「まーさすがにそれをやったら人として終わるもんな……」

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