幽霊は、わりと近くにいる

男二九 利九男

俺が出会った君は、普通じゃ見えない

 「頭イテェ・・・。」と思うほど疲れたのは、いつぐらいだろうか。気づけば、朝の6時を回っていた。今は8月、ここ東京はまだ暑いが、朝は少し肌寒い。俺は、昨日、職場の先輩にいきなり仕事を頼まれ、慌てて済ませたのだ。「はぁ・・・。平田さん、こき使いすぎだよ・・・。」と独り言を言いながら、眉間を押さえた。その後、朝食を簡単に済ませ、軽い身支度も済ませ、仕事へ向かった。


 職場にて、「昨日は、ごめん!いきなり頼んで。」と平田さんが俺に謝りに来た。「もう・・・。大変でしたよ・・・。」と溜息をつきながら、そう言った。「本当、ごめん!」ともう一回、謝った。「・・・いいですよ。」とりあえず許すことにした。「ありがとう!」平田さんは、抜けているところはあるが、仲間思いの気配りのできるいい先輩だ。


 「そう言えば。最近、どう?」と唐突に平田さんが聞いてきた。「どうとは?」と俺は、聞き返した。「前田の体調だよ。」そう言われれば、確かに最近、前よりは疲れやすいような、・・・気がする。「まあ、最近は仕事、増えましたしね。」と返した。「そうか。」この話は、ここで終わった。




 数時間後、「よーし!飲みに行こうぜ!」と平田さんは、同僚や後輩に声を掛けて回っていた。「前田。今日は、大丈夫か?」と俺にも尋ねて来た。「はい。行きましょう。」いつもの居酒屋に向かった。


 「乾杯!」掛け声とともに、ジョッキのぶつかり合う音が響いた。「くぅっー!ウメェ!」と平田さんは、唸るようにそう言った。「相変わらずいい飲みっぷりですね!平田さん!」とお酒に弱い同僚が平田さんにそう言った。「お前、もう酔ってんの?」俺は、呆れたように言った。「いやぁ!酔ってねぇよ!ヒック!」と真っ赤な顔で言った。「あなた、大丈夫?」他の先輩が心配そうに言った。「大丈夫れす!ご心配には及びません!」とそのまま同僚は、酔いつぶれて寝てしまった。「ああ。寝ちゃったよ。おーい!おい!」平田さんは、必死に起こそうと声を掛けた。「あーあ・・・。寝ちゃった。」と言って俺は、ビールを1口飲んだ。


 「ねえ。前田くん、最近、調子どう?」と時枝さんが話しかけてきた。「そうですね。結構、元気です。」そう答えた。「そう・・・。なら良かった。」と愛想よく返してきた。相変わらず、時枝さんは美人だ。そして、性格もいい。さすがは、職場の人気ものだ。「何故か今日は、色んな人にそんなこと聞かれるんですよ。俺そんなに調子、悪そうに見えますか?」と尋ねて見た。「まあ、そう見えるわね。」あっさりと返された。「えぇー・・・。」つい、溜息を付いてしまった。「窶やつれて見えるわよ。」さらに、俺はへこんだ。


 へこんでいると、「・・・最近、何かダルいなあって思わない?」突然、にこやかだった時枝さんの表情が深刻になった。「え?そう・・・ですね。少しダルいかな?」余りにも突然だったので、動揺してしまった。「やっぱりね・・・。」と納得したように言った。「何がですか?」俺は、恐る恐る聞いて見た。「あなた、幽霊って信じる?」時枝さんのコロコロ変わる質問に、困惑しつつも「いえ・・・。全然。」と答えた。「そう・・・。私、見えるの。そういうの。」いつも、受け答えのいい時枝さんの一方的な会話に内心、呆れつつ「そうなんですか。」と返した。「今は大丈夫だけど、気をつけて。」話の終盤になると、ほとんど聞いていなかったが「分かりました。」と返した。この話は、ここで終わった。




 俺は、一足先に帰ることにした。その途中で、見知らぬ女にぶつかってしまった。「すみません!大丈夫ですか!?」その女は、倒れてしまったので、慌てて駆け寄った。しかし、その女は無言で、ふらっと立ち上がった。そして、その白いブラウスに黒い長髪の女は、ふらふらと去っていった。しかも、その女は何故か、濡れていた。(何だったんだ?)不気味に思いつつも、俺はそのまま帰った。


 その夜、変な夢を見た。俺が、見知らぬ山奥の開けた場所にいて、目の前にいるさっきぶつかった女の背中をぼうっと見つめている。その開けた場所というのは、崖だ。そして、その女は俺と同じように、崖の先端でぼうっと立っていた。すると、突然、女性はふらっと前に倒れた。俺は、慌てて女を助けに走る。だが、そこで俺はこけてしまう。何故かそこで俺は、立ち上がらずに落ちていく女をぼうっと見つめていた。そこで、目が覚めた。


 (何だったんだ・・・。今の夢は・・・。)時計を見ると夜中の2時を回っていた。こいうことは、たまにあるのだが、今日は違った。何が違うのかというと、雰囲気だ。雰囲気が違う。何かに見つめられているような、いないような、そんな不思議な雰囲気だ。(気のせいか・・・。)気にせず俺は、そのまま寝た。これが、全ての始まりだったとは、思ってもいなかった。




 翌日。「今朝、6時頃、とあるマンションで20代前半くらいの女性が、自室の浴室で水死体で発見されました。警察によると殺人事件として・・・」というニュースを聞き流しながら、テレビを消した。そして、仕事へ向かった。




 数日後。「何、食べようかな~。」と昼食のことを考えながら、歩いていた。すると、近くの横断歩道を渡ろうとしている。昨日、ぶつかった女と雰囲気が似ている女が立っていた。茶髪でショートカットの季節外れのコートを着て、寒そうに手を息で温めていた。


 (暑くないのか?)通り掛かった瞬間、女はめまいでもしたのか、ふらっと倒れた。その時、大きなトラックが横断歩道を横切ろうとしていた。「危ない!」と慌てて、その女性の腕をつかもうとした。「え?」しかし、その女は、その場にいなかったように消えていた。しばらく、唖然としていた。ふと、時計を見た。「あ、もう時間ないじゃん。・・・たまには、カップラーメンでいいか。」あと少しで、昼休みが終わるので、近くのコンビニによった。




 その夜、また、変な夢を見た。俺は、逃げている。ただ、逃げている。暗くて、冥くらい、何も見えない闇の中をひたすら走っていた。自分の体が見えないほど暗く、ただ、走っているという感覚だけだった。何かは分からないが、その「何か」は、俺を追いかけて来ている。ただ、その「何か」は、俺に凄まじいほどの殺意を抱いている。


 走っていると、「何か」に足を引っ張られた。「分からない恐怖」。それは、夢の中で俺の精神を、簡単に崩壊させた。俺は、子供のように泣き叫んだ。それを気にも留めず、「何か」は、何かを振り下ろした。殺されることを覚悟した瞬間、そこで、目が覚めた。


 「はぁ・・・。はぁ・・・。」余りの恐怖に、飛び上がるかのように起きた。「何だ・・・。夢か・・・。」と顔半分を右手で覆うように言った。「ん?」目覚まし時計が鳴っていたので、時間を見ると・・・。「はっ!やっば!」俺は、急いで身支度を済ませた。時計は、朝の10時を回っていた。




 その帰り道。「はぁ~・・・。」大きな溜息をつきながら、残業を済ませた俺は、トボトボと歩いていた。「ん?」すると、歩いている道の遠くから、スコップと足を引きずりながら近寄ってくる、汚れた作業服を着た男がいた。(気持ち悪・・・。)そう思って、俺はその男を横切ろうとした。すると男はおもむろに、持っているスコップをゆっくりと、俺めがけて振り下ろした。「え?」俺は、余りに男性の振り下ろすスピードが遅かったので、避けきれた。


「ちょっと!あんた、何やって・・・。」その男をよく見ると、汚れに見えたものは、血だった。大量の血だった。スコップもそんな感じだった。「あ、あんた!その汚れは・・・!?」と言い掛けた瞬間、男は本気で振り払った。俺は、焦ってその場にへたり込んだ。


 俺は、ようやく理解し、納得した。「ひぃ!」俺は這いながら、急いで立ち上がった。そして、逃げた。それに気づいた男も、足を引きずりながら走った。その男は、足を引きずってる分、遅かった。逃げている途中、パトロールをしている警察に助けを求めた。




 「お巡りさん!助けてください!」息を切らしながら、そう言った。「どうしました?」お巡りさんは、深刻そうに言った。「あそこに血だらけの男が、襲いかかってきて・・・。」男が追ってきている方向を指差したまま、振り向くと・・・。「あれ!?」そこには誰もいなかった。


 「あっちに、何があるんですか?」と冷静に返された。「え?いや・・・。」呆然と男が来た方向を見ていると。「ちょっと署まで来てもらいましょうか。」「いや、だから・・・。」・・・職務質問をされた。お巡りさんに医者に見てもらうよう勧められた。・・・流石に俺は、ショックを受けた。


 「何なんだよ・・・。あれは・・・。」色々、警察に聞かれ、落ち込んで帰ってくると。「あれ?」自室は、いつもとは違う雰囲気だった。数日前のそれと似ていた。その時は、曖昧だったが、はっきりと誰かに見られている感覚た。何故か、その時、俺は寒気を感じた。そして、急いで明日の着換えなどをかばんに入れ、近くのホテルに泊まることにした。




 翌日。結局、昨日の夜は全く眠れなかった。俺は幽霊といったものを信じたことなど、一度もなかった。だが、正直、信じられない。・・・というより、信じたくない。こんな状態で仕事なんて・・・。「はあ・・・。」・・・行くしかないか。そうだ、時枝さんに相談してみよう。ある程度、良くなるかもしれない。「よし!」俺は、ホテルのベットから降りた。そして、身支度を済ませ、意気揚々と会社へ向かった。


 会社にて。「おはようございます!」俺は、挨拶をしながら席について、仕事を始めた。「おはよう!前田。」平田さんが声を掛けてきた。「おはようございます。」そう返した。「調子どうだ?」いつもの他愛のない、会話が始まった。「はい。まあ・・・。」・・・決して良くはない。「そうか。まあ、そんな日もあるよな。」こういう時、この人は頼りになるんだよな。


 「あ、そう言えば。今日、時枝さんいらっしゃいましたか?会ってないんですが・・・。」と聞いて見た。「ああ。えーっと・・・。」周りに変な空気が流れた。すると、平田さんが耳元で囁いた。「前から思ってたんだけどさ。時枝って誰だよ?」俺は、おもむろに立ち上がった。


 「な、何を言っているんですか!?」俺は、パニックになり、声を張り上げた。「ど、どうした?お前?何を言っているんだ?」「今まで、一緒に頑張ってきたじゃないですか!?」確かに俺は、会って話をしていたはずだ。「ですよね!?部長!?」それなのに、「平田さん!?」何故?「皆さん!?」俺を無視するんだ。「どう・・・して・・・?」俺が黙り込むと同時に、辺りには静寂が訪れた。




 それから俺は、一週間ほど休みを貰った。そして今、横になり、ぼうっと自分のマンションの部屋の天井を見ていた。服装は、スーツのままだ。・・・ずっと、考えている。色んなことを考えている。訳も分からなくなるほど、考えた。眠い・・・。そうだ・・・きっと・・・俺は、疲れているんだ・・・。しっかり休めば・・・大丈夫だ・・・。俺はそのまま、目を閉じた・・・。


 ふと・・・、目が覚めた。時計を見ると、夜中の1時を回っていた。(もうこんな時間か・・・。)とりあえず、服を着換える為に起き上がった。「!?」俺は、理解できなかった。何故ならそこには・・・。「ああ・・・、ああ・・・!?」ただじっと見つめている、5歳くらいの男の子がいた。その子供は肌が白かった。部屋はほとんど見えないほど、真っ暗だ。だが、はっきりと見えるほど、その子供は白かった。


 「夢だ・・・。これは夢だ・・・。」そんな、子供が体育座りで、ピクリとも動かず、まばたきさえもせずに、こちらを見つめているのだ。その眼には、生気も、感情さえも、全く感じなかった。「はぁ・・・。はぁ・・・。」あり得ない。玄関と窓には、ちゃんと鍵を・・・。「はぁ・・・!はぁ・・・!」と考えた瞬間、全身に戦慄とともに、寒気が走った。


 すると、骨ようにやせ細った子供は、悲しそうな表情を見せた。「!?」そして、その子供はゆっくりと消えていった。「はっ!?」我に返った俺は、震える手で立ち上がり、とりあえず外へ出た。




 翌日。俺は、よく分からないが、近くの神社に向かった。そして、お札を数枚とお守りを授かった。・・・気休め程度だろうが。あと、気になっていた、時枝さんについて調べてみることにした。何か分かるといいが・・・。


 ネットカフェにて。調べていく中、とある事件にたどり着いた。それは、今から10年前。ある街で、当時20代くらいの女性が行方不明となったものだ。その後、その女性は無残な状態で発見された。体はバラバラで、体中には複数の痣があったという、残忍な事件だ。


 警察側は、現場からは犯人の手掛かりは一切なく、目撃者もいなかったという。そして、今も犯人は見つかっていないらしい。「!?」しかし、そこは気にも留めなかった。何故なら、その被害者の写真は・・・時枝さんそのものだったのだから。・・・俺は、衝撃のあまり、しばらく動けなかった。




 ネットカフェを出た俺は、とりあえずマンションへ帰った。・・・帰ってきたあと、俺はお札を壁に貼り、お守りを首に掛けた。そして、頭の中を整理することにした。俺が見てきたものは何だ。それは、もう分かっている。というより、認めるしかない。あれは、全て幽霊だ。間違いない。


 では、何故、襲いかかってきた?俺が何をした?もしかして、何かを伝えようとしている?何を?・・・犯人のことか?そんなことができるのか?幽霊に?確かに理由がない行動は誰もしない。それは、当たり前だ。だが、相手は幽霊だぞ。きっと、ホラー映画のように、理不尽に襲いかかるのではないのか?


 一体、どれくらいの間、考えていただろうか。気づけば部屋の中に、夕日が差し込んでいた。・・・結局、整理できなかった。そう言えば、昨日から何も食べていなかったな。考えてもしょうがないな。久々にラーメンでも食いにいくか。俺は、服を着換え外へ出た。




 夕食を済ませた俺は、とりあえず横になった。いつも、だったらテレビを見ていたりするが、今回はそうもいかない。また、今夜も幽霊やつらが現れるかもしれないからだ。そう言えば、あまり眠れてないな・・・。どうしてこうなったんだ?俺が何をしたんだ・・・?なんか・・・どうでも良くなってきたな・・・。俺は、睡魔に負けて目を閉じた。


 優しい夢を見た。辺りは一面、真っ白な暖かい光に包まれていた。そこに、俺はふわあっと浮いていた。そして、優しい声が響いてきた。「ま・・・だ・・ん・・・!」良く聞こえない・・・。「まえ・・・く・・!に・・・て・・・!」分からない・・・。「おね・・・い!こ・・・こ・・ら・・・!」聞いたことのある声だ・・・。誰だっけ・・・?すると、目の前の奥から、真っ黒な冷たい闇が迫ってきた。俺は、その闇に吸い寄せられた。「前田くん!」はっきりと聞こえた。「時枝さん!?」俺は、がばっと起き上がった。何故か、俺は涙を流していた。休暇を取ってから、3日目のことである。




 俺は、あの事件について調べることにした。・・・調べてみて分かったことは、現場の写真と場所が福岡県のとある公園だということだけだ。他に分かったことといえば、この女性の両親が二人とも亡くなったということだけだ。「はぁ~・・・。」・・・とりあえず、県名は分かったので、片っ端から現場を調べることにした。何か分かるといいが・・・。


 翌日、身支度を済ませ、新幹線に乗り福岡県を目指した。博多駅を降り、近くのホテルに予約をいれ、写真をもとにホテル周辺の公園を調べることにした。計画としては、ホテルから一番遠いところから順に、ホテル周辺へと調べていくことにした。タイムリミットは、三日である。




 二日目の夜にて。・・・調べて二日目になるが、全く分からない。ホテル周辺まで調べたが、結局、分からなかった。「どうしよう・・・。」とりあえず、幽霊を見るのは御免だな。・・・帰ろう。ホテルに戻ることにした。


 しかし、「マジかよ・・・。」・・・噂をすれば何とやらだな。目の前に、顔が隠れるほど髪が長い、ブラウスを着た20代ぐらいの女性が現れた。「・・・何か伝えたいことでもあるのか?」震えながら女性に訪ねても、予想通り反応はない。「やっぱりな。」すると、女性は後ろを向いた。「え?」女性は、向いた方向を指さした。「・・・行けと?」こちらを向き頷いた。「分かった。」女性の指さした方向に行ってみることにした。


 数分後、その女性の導かれるままとある場所で止まった。「ここは・・・。」それは、人気のない路地裏だった。「ん?」すると、何か肉を引き裂くような音がした。(ま、まさか!?)俺は、恐る恐る音がする方へ近づいて行った。(な・・・!?)そこには、衝撃の光景が広がっていた。




 それは、恐らく20代ぐらいの女性が、大柄の男に殺されているではないか!?内蔵は引きずり出され、手足は切断されていた。(う、嘘だろ!?)あり得ない状況と余りの恐怖に全力疾走しそうになったが、そこをなんとか堪えゆっくりと移動した。


 その時に携帯が鳴ってしまった!「おい。そこにいるのは誰だ?」低い声が聞こえた瞬間、俺は背筋が凍った。俺は、全力で走った。こんなにも全力で走ったのはいつぶりだろうか?「うおっ!?」そのせいもあってか、俺は転んでしまった!


 「はっ!?」後ろを向くと男は目の前にいた。恐怖もあってかさっきよりも大きく見えた。「うお!」男は、俺を片手で首をつかみ持ち上げた。「何でこんなところ来たのかは知らないが、今日はついてなかったな。」男は、皮肉めいたことを言った。「うぐ・・・!」薄れていく意識の中、俺は・・・。


 「お前・・・な・・・のか?」俺は死を覚悟した。「何だ?遺言か?」「20年前の・・・事・・・件を覚・・・えて・・・いるか?」俺は、死に対する恐怖はなくなっていた。「20年前の事件?覚えてないな・・・。」男は、本当に覚えていないようだった。俺は怒りがわいていた。




 「時・・・枝・・・って女を・・・知って・・・いるか?」「時枝?」男はしばらく考えた。「ああ、覚えているよ。・・・何で君がそれを知っているんだ?」「何・・・故・・・殺し・・・た?」「無視は良くないなあ・・・。」男は溜息をついた。「答え・・・ろ!」「何故って・・・。」男は鼻で笑いながら言った。


 「楽しいからに決まってるだろ?」さも、当たり前のように言った。「な・・・に!?」俺は男を睨んだ。「ほう?この状況で睨むか。」男は嬉しそうに言った。「時枝とか言う、女もそんな風に悔しそうにしていたよ。あの子は最高だった・・・。」男は懐かしそうに言った。


 「僕はね。人の死に際を見るのが大好きなんだ。」男は続ける。「特に憎しみのこもった眼差しは最高だ!」男は満足そうに高笑いをした。「貴様ァ・・・!」俺は暴れた。しかし、抵抗とは裏腹に力が入らない。「ちくしょう・・・!!」俺はここまでか―――。




 すると、異変が起きた。「な、なんだこれは!?」男が突然、力を抜いた。そして、俺は地面に落ちた。「ゲホッ!ゲホッ!」男をよく見ると、無数の腕が男の体を覆っていた。「君は、一体何をした!?」そして、無数の手は男の首をつかみだした。


 「うぐ・・・!こ、こんなもの・・・!」男は暴れた。「はぁ・・・。はぁ・・・。や、止めろ・・・。」俺は、擦れた声で言った。「は、話せ・・・!うぐあ・・・。」男は暴れなくなっていった。「止めろ・・・!!!そんな、男のようになるな・・・!」俺は声を張り上げた。「うぐ・・・。」手が離れた瞬間、男は泡を吹いて気を失った。


 俺は男が気を失ったあと、警察に電話をした。俺は気を失った男と一緒に、警察署に行くことになった。「前田くん・・・。」驚き後ろを向くと、時枝さんがいた。「え?」時枝さんは、笑顔で声はなかったが。「ありがとう。」と言っていることを理解した。その時、彼女とはもう二度と会えないことを悟った―――。




 それから、しばらくして・・・。あれから、男は逮捕され、奇妙な夢を見ることも、おかしな現象も起こらなくなった。そして、幽霊を見ることも・・・。幽霊は、意外と近くにいるのかもしれない。愛する人のように。あれは、確かに恐ろしい体験だった。夢だと思っていたい。


 けれども、それと同時に、悲しいと俺は感じた。なぜなら、あの幽霊たちはきっと永遠に苦しみ続けるのだろう。残された遺族以上に・・・。それなのに、彼らは、彼女たちは俺を救ってくれた。ありがとう以上の言葉が出てこない。


 俺は、ふと空を見上げた。この世界は、この青空のように美しい。けれども、汚い部分も存在する。それは、人のせいなのかもしれない。それでも、この世界を美しくしているのも人だ。俺は、これからもそう思い続けるのだろう。時枝さんたちに感謝しながら―――。

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