第87話 探偵部side



―午前九時・神在総合病院友江芙海の病室前。


「奏さん…。ふ、芙海は? 芙海は、無事だったんですね…」

「ええ。彼女は昨夜、県を二つ以上跨いだ町の病院で保護されて、すぐ後でここに搬送されたわ。でも長時間監禁されていたせいで、容体が安定してないの。今はご家族の方を除いて面会謝絶」


深刻な表情をしている奏と話しているのは、友人の保護を聞きつけ、朝一番に病院へ駆けつけた二羽。そして芽衣子を通じて連絡を受け、彼女の付き添いで一緒に同行した琳と瑠奈。更に雪彦と万里もいた。この場には居ないが泪や麗二もまた一緒に来ていて、今二人は別の病室に入院している、勇羅と鋼太朗の見舞いに行っている。


あの後。宇都宮夕妬と屋上で対峙した勇羅は無事だったものの、応援に駆けつけた和真達の前で熱を出して倒れた。夕妬に付けられた傷も大したことはなかったが、念を入れて和真の勧めで精密検査の為、数日程入院する事になった。勇羅本人は検査なんてしなくていいと文句を垂れていたが、宇都宮一族の介入や異能力者迫害による周辺へのバッシングなど、今回は数多くの懸念が寄せられる。更に今度は探偵部全員に一連の事件に対して、いわれのない疑いがかけられる可能性があるかもしれない以上、友人や家族まで危なくなる。と和真や泪に指摘されてしまうと、直前まで不満を垂れていた勇羅は、借りた猫みたいに大人しくなってしまった。今回ばかりは周りに散々、迷惑を掛けていた自覚があったのは救いだ。


すると、友江芙海が入院している病室の方向から、男女が言い争いをしている声が聞こえてくる。


『何をバカなことをおっしゃてるんです!? 今すぐ芙海を退院させてください!! こんな場所に長い時間、閉じ込めるなんて芙海が可哀想です!』

『貴方は自分が何を言ってるのか分かって、患者の退院をさせろと言っているのですか!? この患者さんは現状、退院出来る状態ではないんですよ!』

『いいえ!! 芙海の面倒は継美に看させます!! 大体ウチの些細な問題に、部外者ごときが口出しをしないでください!! あの娘が…私の可愛い芙海があんな…あんな酷い目にあって……っ。貴方も医者なら、芙海が可哀想だと思わないのですか!?』

『そのあなたが、面倒を見るとおっしゃってる継美さんが、今もまだ見つかっていないんでしょう! 聞けばあなた。継美さんの捜索届すらも、一向に出していないそうじゃないですか!! あなたはそれでも人の親なんですか!?』


『私は芙海が一番大切なんです!! 娘の…私の芙海さえ私達の傍にいれば、継美は一番大事な芙海を思って、必ず大切な芙海の元へ帰って来ます!! 芙海さえいれば、後のことなどどうだって良いんです!!』

『あ、あなたって人は…っ!!』


ヒステリックな女性の声は病室を跨いで、此方にまで響いてくる。言い争いが続く病室前の廊下を通る通行人の中には、あまりの煩さに耳を塞いでいる者もいた。


「な、何っ?」

「……友江さんのお母様と主治医。あれでもう、十回以上も言い争い」


奏はまたかと言う表情で深いため息を吐く。叫び声に近い騒いでいるのは、友江姉妹の母親と友江芙海の主治医。母親は芙海芙海と何度も芙海を擁護しているが、行方不明の継美の事などまるで眼中に入っていないらしい。


「つ、継美さん。まだ、見つかってないんですよね…」


琳が言う通り、友江継美は今も見つかっていない。奏の説明通り芙海は昨夜、郊外のある場所で発見され、他の発見された行方不明者と一緒に無事保護されたらしいが、継美は見つからなかった。当の保護された芙海も、薬物の副作用による症状が酷く、結局は病院へ入院が決定しているのでこの有り様。泪から宇都宮本家当主代行を名乗る女が、継美を守ると言っていたらしい。本家代行を名乗った女の意図は分からないが、宇都宮本家の人間は夕妬の家に乗り込んできた、勇羅や和真達だけでなく夕妬すらも排除しようとしていたそうで、夕妬を嫌っている事は確かだ。


「姉さん」


友江芙海が入院している病棟と別方向から、小さな紙袋を持った響が現れた。今日は平日で瑠奈達は前もって茉莉や担任に報告して学校を休んでいるが、響は東皇寺学園の制服を着ておらず、水色のブラウスにジャケットを羽織り、下はデニムジーンズと言うスタイルの私服だ。


「どうしたの? 今日は学校じゃ…」

「学園職員総出の会議で、今日からしばらく臨時休校だよ。昨日の一件で生徒会反対派の友達も、すごい大騒ぎしてた」


よく見ると二羽も制服ではなく私服だ。東皇寺学園にとっては莫大な援助を受けている、あの宇都宮一族から不祥事を起こした者を出したのだから、教員内でも騒ぎになって当たり前だろう。


「朝から学校の正門前に、テレビや雑誌とかのマスコミが沢山押し寄せてたし、どうせしばらくは学校行けないだろうね」

「彩佳先輩からも朝から連絡取り合って、色々聞いたんですけど…。学園都市委員会の方も、何かかなり不味い事になってるらしいって」


瑠奈が彩佳に連絡を取った所、今日は彩佳は自宅にいる。最近彩佳の能力は念動力を含めて、かなり力が増してきている。彩佳も念動力の制御自体、能力者として力も付けてきている反面、いつ彼女自身異能力者だとバレてもおかしくない。更に反異能力者勢力の東皇寺直々に、ESP検査を受けさせられる可能性がある以上、東皇寺学園の臨時休校自体が幸いかもしれない。響が歩いてきた方向から、黒髪の男がゆっくりとした足取りで現れる。響と同様にデニムのジーンズにシャツと言うシンプルな服装の男だ。


「あ。時緒」

「おはようございます、浅枝さん。今日は顔見知りの人達が沢山いらっしゃいますねぇ」


無愛想な表情をした黒髪の男は、響の知り合いのようだ。落ちついた口調からして、奏も彼を知っているようだ。時緒と呼ばれた男性が気だるそうに口を開く。


「昨日からこの神在や学園都市管轄周辺の警察も、色々対応に追われてるようだな。ウチの住んでる住宅街にまで、事件の聴き込みに来たぞ」


自分達一族に関わっている事件の、揉み消しに走る宇都宮が関わっているにも関わらず、警察や報道も今回の事件の真相解明に本腰を入れはじめている。


「聖龍の方はどうなってんのかな」


宇都宮夕妬が直々に率いていた若手メンバーや、行方を眩ませた古参達の動向が、気になって仕方がない。そわそわしている周りを横目に時緒が口を開く。


「その聖龍なんだが。東皇寺学園の一部生徒が、聖龍と関わっていると見なされて、教諭含めて聴取を受けているらしい。学校内で堂々と違法物を取り引きしたのが、相当仇になったそうだ」

「やっぱり…」


普通の感覚ではまるで想像も出来ない、学園内部の事態を聞いた二羽は肩を落とし項垂れる。入学してたった数ヶ月とは言え、自分の通っていた学校が大変な騒ぎになっているのだ。


「時緒はいつもの?」

「そうだ。いつもの検査と見舞い」


響はああ、と納得した表情。響との他愛ないやり取りから、彼は訳ありのお見舞いのようだ。


「それから。逃走した聖龍の残党が、昨日から神在周辺を嗅ぎ回ってるらしい。聖龍が関わっている学園都市周辺の失踪事件や、それに関係した行方不明者も、今だに見つかっていない以上、あんたらも聖龍周辺に気をつけろ」

「ありがとう」


聖龍の残党と言えば、夕妬側に就いた若手や新参達を置き去りにして、早々に現場から逃走した古参達しか思い浮かばない。夕妬や宇都宮一族が聖龍から手を引く形で、事件からは勝ち逃げと言う形で逃走した。しかし本体ともとれる聖龍古参メンバー達は、これからものうのうとまた聖龍として、裏の世界に紛れて再び活動を続けていくのだろうか。


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