第46話 泪side



―…。


「あっ、あ…れ…?」


男に頬を強く殴られ、脳震盪(のうしんとう)でも起こしていたのか、先程まで朦朧としていた勇羅だが、徐々に意識がしっかりして来たので、首を軽く振りながらゆっくり目を開ける。どういう事か自分を抑え付けていた男達を含め、周りの者はなぜか皆壁にもたれ気を失っていた。男に殴られた頬が赤く腫れ今もズキズキと痛むが、幸いにも永久歯に生え変わってから、虫歯一本ない自慢の歯は折れていなかった。気絶した多くの男達の中には、当然宇都宮夕妬もいる。すぐ近くにいる瑠奈もその場で座り込んだまま、きょとんとした顔で今起きた光景を見つめていた。


「これ、瑠奈がやったの?」


勇羅は異能力を一切使えない。両親や姉にも素質は無いのは知っているし、親戚に使えるものも見た事がない。夕妬や聖龍の連中が異能力者嫌いなのは、前もって知っているし、この場で異能力を使えるのは事実目の前の瑠奈だけだ。目を丸くしたままの瑠奈を見るが、勇羅と目が合って我に返った瑠奈は慌てて何度も首を横にふる。


「やってないっ! わ、私はやってないっ。でも、周り人達の目がギラギラしてて凄く怖くて…。色んな意味でヤバかったし、もう念動力使うしかないのは覚悟してた…」


どうやら瑠奈は全く念動力を使っていないらしい。それでも異能力者だとバレないように、ギリギリまで力を使わないように粘っていたようだ。



「ユウ!! 真宮っ!!」



店の入り口の方から、複数の足音と同時に麗二の声が聞こえてくる。駆け付けてくる麗二の後ろには泪と鋼太朗も居た。


「これは一体……」


宇都宮夕妬や聖龍の男達が、重なるように気絶しているのを見て、泪と鋼太朗は店内で何が起きたのかを、すぐに察したようだ。泪は何も言わず二人に駆け寄り、勇羅と瑠奈の両手首の拘束を解く。


「全く世話の焼けるよ」

「二人共。麗二君と一緒に事務所へ帰って、和真先輩達に説教受けなさい」

「……ごめんなさい」


普段滅多に怒らない泪が、勇羅達に対しても強い口調で言い放ってる。今回の状況は完全に自分達に非がある事から、すっかり反論する気力を無くしている。


「ほら、行くぞ」

「…待って。店の地下へ行くなら芙海さんを探して」


まだ店の中にいる友江芙海を見つけていない。今彼女が何をしているのか知らないが、友江芙海はこの店の地下に拉致されていると言った。


「まだ誰かいるのか?」

「うん。この店の地下に、芙海さんや聖龍が目を付けた女の人が、何人か連れ込まれてるって」


周りの様子からして、夕妬達はかなり強い衝撃を受けたようで、しばらくは目覚める気配はないようだが、万が一の事もある。


「じゃあお前らは麗二と一緒に帰って、すぐ和真さん達にこの事を連絡してくれ。俺と泪はここに残って地下の様子を見に行ってくる」

「お兄ちゃん…」

「大丈夫。ちゃんと帰ってくる」


泪は瑠奈の頭に軽く手を置き優しく微笑むと、瑠奈も笑顔を返した。



―午後八時二十分・聖域店内。



勇羅達を帰宅させ、聖域に残った泪と鋼太朗は店の奥へ進む。勇羅達の身の安全が保障されたので、既に麗二の能力結界も解いたが、万が一の事態を考え、鋼太朗の張った重力の罠は今も解除していない。店の奥を歩くと何やら妙な異臭を感じ、更に奥へ行けば行くほど、異様な臭いが強く漂ってくる。



「何だ…? この変な臭い…」

「あまり吸い込まない方が良いです……これは。『煙草じゃない』」


「………だな」


異能力研究所とはまた違う、異質な甘い臭いに対し、鼻と口に手を当てながら、顔をしかめる二人は地下への階段を見つけ、周りを確認しながら慎重に足を進める。店の地下へ降りた直後、複数の笑い声や叫び声等が次々と聞こえてきた。二人は顔を見合せ無言で頷きながら、声のする部屋へ音を立てないように慎重に歩く。一歩一歩部屋へ向かう二人の表情は固い。幸い部屋は鍵が掛かっておらず、その鍵の掛かっていない扉は、ほんの僅かだが開いており、その隙間からは部屋の中の光が溢れていた。


その光が漏れている、部屋の中で行われているのは……―。



―…―…。



「彼女が……」


「っ………あいつらに見せなくて、本当に正解だな」

「………」



―…。



瑠奈が探して欲しいと言っていた、東皇寺学園の生徒であり、館花二羽の親友・友江芙海。


友江芙海は中の部屋で野獣の様に自身へ群がる男達と戯れながら、その叫び声は鋼太朗達が普段から見ている女性とは思えない、獣の咆哮を何度も何度も上げ、恍惚に浸った表情で堕楽と言う名の快楽に浸かる姿は、最早人間ではなく獣を見ているようだった。物騒な光景は見慣れているとはいえ、目を見開き半開きな口で呆然となりながらも、一室内の狂った光景を見続ける鋼太朗を余所に、泪は無言で持っている端末を操作しながら、扉の光が指す方向へそれを向けている。


「泪……何を」

「黙って」


言うまでもない。泪は向こう側で行われている、目にも耐えられない凄惨な光景を、淡々とした顔で端末の機能を使って録画している。大人しい顔をしてやる事が大胆かつ、それを平然な表情で淡々とこなすのが泪の恐ろしい所だ。


「今、彼女をこの場から連れ出すのは危険過ぎます。ここで最低限の証拠を、確保してこの場を脱出。後の対応を」


まさに正論だ。多人数を相手に…違う―。価値観や倫理観の崩壊した人間を相手に、鋼太朗達二人でどうこう出きる程、聖龍は生ぬるい集団ではない。上の階にはまだ気絶している夕妬達もいる。現状二人は四面楚歌の状態なのだ。異能力を使えば何とかなりそうだが、異能力者だと発覚した時点で、鋼太朗達の人生が終わる。扉の向こう側では、隙間から覗いている鋼太朗達に気付く事なく、未だに終わることのないおぞましい宴が続いている。


「……終わったか?」

「行きましょう」


泪達が場をゆっくり離れようとした直後、190センチ近い鋼太朗の身体が、壊れた人形のようにガクリと崩れ落ちた。


「!」


崩れるように床へ倒れた鋼太朗のすぐ後ろには、上の階で意識を失っていた筈の夕妬達が、各々険しい表情で目を見開いたままの泪を、睨み付けながら立っていた。


「………随分早いお目覚めで」

「よくも僕達の遥か高みの世界を、滅茶苦茶にしてくれたね。天に選ばれた僕達を怒らせた罪は……重いよ?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る