第40話 勇羅side



「え。東皇寺学園の生徒に絡まれてる?」

「ああ」


昼休み。クラスの教室の前で、待っていた麗二と食堂のテーブルで二人昼食を取りながら、趣味の事やら色々話していると、以外にも麗二の方から東皇寺学園の話題を持ちかけて来た。


「普通なら遠回しに断るかやんわりスルーすれば済むし、もしすがって来てもはっきり断れば良いんだけどさ。あの悪名高い、宇都宮家のお坊ちゃんが通う東皇寺学園の生徒だろ。そのさ、今回は相手のすがり方がなんか異常で…」



―昨日・神在ショッピングモール。



『あっ、あの! もしかしてもしかしなくても、宝條学園の榊原麗二君ですよねっ!』

『……』


麗二が移動する目の前を、妨害せんとばかりに一人の少女が立っている。染めたと思われる長く明るい茶髪は、緩くウェーブが掛かっている。少女が着ている制服は、紛れもなく東皇寺学園の制服のようだが、スカートの丈は下が見えんばかりに短くて、学校指定のカーディガンと思われる服も、クリーニングされていないのか皺がかなり目立つ。


『わっわっ、わわわわっ、私っ私っ私っ! 東皇寺の一年友江芙海って言いますっ! ずっと、ずっと、ずっとずっとずっといつもずっと榊原君の事見てましたっ!』


芙海と名乗り一方的に話しかけてくる女子学生を、麗二は無視して先を進もうとするが、その場に引き留めんとばかりに少女は麗二の腕をがしりと掴む。


『ま、待ってっ。待ってっ。待って下さい待って下さいっ待って下さい! 私の事無視しないでください! 私はあなたの事が好き、好きです好きですっ。大好きなんです! 好きなんですっ! 初めて見た時から宝條の榊原君が好きなんです! 大好きなんです!』

『痛いからさっさと放してくれ。今急いでるんだ』


こんな所で油を売っている暇などないのに、なんとも厄介な相手に絡まれたものだ。加えて何度も何度も好き好きと言ってしつこい。その仕草と行動は、年頃の高校生とは思えない程に幼稚であり、飼い主の躾が出来ていない犬猫とも感じられた。


『待って待って待って待って待って下さい待って下さい待って下さい待って下さいっ! 私っ私っ私っ! ダメなんです! ダメなんですダメなんですっ、榊原君じゃないとダメなんですっ!!』

『いい加減にしてくれないか? それ以前に騒ぎ立てるならもっと場所弁えろよ。ぶっちゃけ、ここを何処だと思ってるんだ? とっくに周りに人だかりが出来てるんだぞ』


ここは仮にも沢山の人が通るショッピングモールだ。騒げば騒ぐ程相手だけでなく、話しかけられている麗二まで悪目立ちする。少女が騒ぎ立てているおかげで、ぞろぞろと人が集まっては騒ぎの元凶である麗二達に視線が向けられている。


『い、嫌です嫌です嫌ですっ!! 嫌だよ嫌だよ嫌だよ絶対行かないでええ!! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!! 帰んな帰んな帰んなっってんだ!! 帰んなよ、帰んなよ帰んなよ帰んな帰んな帰んなよ帰んなよ!! 嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だっつってんだよおおおぉぉっ!!!!

い、いやだ…いやだ……いやいやいやいやいやいや待って下さい待って下さい待って下さいっ!!!

だ、だめだめだめだめだめだめ!!! だめだよだめだよだめだよだめだよだめだよだめだめだめだめだめだめだめだめ!! 見捨てないでよ見捨てないで見捨てないで見捨てないで見捨てないで見捨てないで見捨てないでえぇ!!』



―…。



「最後の方は言ってる事も支離滅裂で全然訳が分からなくて、周りに居た人達もみんな、引き吊り笑いとか浮かべたりして引いてたな。俺らの騒ぎを聞いて、駆け付けてきた警備の人が、事情聞くために事務所に連れていこうとした途端、そいついきなり野犬みたいに暴れ出して取り抑えられて…」


「どんな生徒だよ」

「結局その後。聞きたい事があるから、って女子生徒にちょっかい掛けられた俺まで、店の事務所に連行されたから色々大変だったよ」


溜め息を吐きながら芙海と名乗った少女とのトラブルを語る麗二に、勇羅はどこか引っ掛かりを覚える。


「…そうだ。事務所での聴き込みの最中、女子生徒は聖龍とか言ってたけど」

「聖龍?」

「噂じゃ東皇寺周辺で、頻繁にボヤ騒ぎを起こしてるグループらしい。その名前聞いて警備の人もかなり訝しい顔してたな」


この辺りでは余り聞いた事がない名前だ。だが聖域と響きが似ている。


「件の連続殺人事件と関係してんのかな。あれ、未だに解決してないだろ」


東皇寺学園の出来事にばかり頭が行き、今も犯人が捕まってない例の殺人事件の事は、すっかり頭に入っていなかった。


「実はそれ。泪さんが何か知ってる見たいなんだけど、答えてくれないんだよ」


数週間前。泪が例の連続殺人事件に何らかの関与している事を知り、聞いてみたのだが泪は首を縦に降らなかった。


「……例の殺人事件なら、鋼太朗に聞いてみたらどうだ」

「れ、麗二。いつの間に鋼太朗先輩の事呼び捨てに」


ジト目でふて腐れながら頬杖をつく麗二に対し、引き吊り笑いを浮かべる勇羅。


「ぁ………あの野郎っ!! 俺の『絵』を笑いやがった!!」

「ぇ」

「俺の……全身全霊を込めて、丁寧に描いた俺の絵が『幼稚園児のラクガキ』だってぇ!? ふざけんなよあの触角野郎!!」


膨れっ面になったと思いきや、鋼太朗に自分の苦手なものを馬鹿にされた事を思い出し、両手でバンバンと机を叩き、頭をヘッドバンドさせながら激昂する麗二。そんな麗二の見た目とあるまじき奇行にドン引きする周りの生徒達を余所に、勇羅は考える。


鋼太朗は『ある目的』の為に、宝條学園に転入したと先輩達からの噂で聞いた。鋼太朗の目的がなんなのかは分からないが、もしかしたら連続殺人事件と関係があるのかもしれない。


それとも…。


「鋼太朗の野郎…。次はジョロキアタバスコでヒイヒイ言わせてやる~…!」

「…落ち着きなよ~」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る