第26話 泪side



「か、和真先輩が…? 京香さん、その話本当ですか?」

『うん。まぁ、その、何て言うか…。『ウチの領域に踏み込む奴は許さん』ただ、それだけ』

「先輩……」


現在泪と電話越しで話をしている主は、泪と同じクラスメイトであり和真の妹でもある京香。突如異能力に覚醒した上原彩佳の件で、和真に相談しようと皆で合意したのは良い。しかし東皇寺学園の出来事が、何と『あの和真』に伝わってしまったらしい。しかも最悪のケースで。


『念には念を入れて、と思ってお兄ちゃんに相談したのは私なんだけどさ。それが、ちょっと不味かったんだよ…。お兄ちゃんったら、『砂織に危害が加えられる前に徹底的に潰す!』ってさぁ…張り切っちゃって…』

「う、嘘でしょ。それ本当の話なんですかぁ…」


事務所には丁度泪に夕飯を作りにやって来た瑠奈も居た。台所で夕飯の支度に取り掛かっている最中、泪の電話に聞き耳を立ていたが、自分達のやり取りを見て何となく事情を察した様だ。


「い、いや。こっちとしては…まぁ。今回ばかりは和真先輩には、派手に盛大に暴走してもらっても有難いんです」

『……お兄ちゃん。砂織さんに危害を加えようとする外敵は、とにかく潰すの早いんだよねぇ…』

「砂織先輩が『結婚を前提に付き合ってる彼女』だってのは理解しています。それでも、もう少し時間をくれても良いじゃないですか…」


泪はこれまでの学園時代における和真の暴走を思い浮かべる。学園内での和真は比較的大人しかったものの、学園内で暴走してはいけない事を和真は完全に理解していたのか、その反動で学園外で起こした騒ぎが異常であり、いずれも外部全てで甚大な被害を起こしている。しかもあのレベルの騒ぎで、人的被害が出なかったのが奇跡な位だ。

探偵部設立当時から部員として和真の補佐をしていた泪は、和真の暴走に対して何度もとばっちりを食らったものである。


「先輩にアドバイスする時間とれないよねー」


和真が東皇寺を潰す事に気が入ってしまった以上、瑠奈も彩佳にどう説明するか気になっているようだ。泪は京香の話を聞き続ける。


『被害が出ない内に騒ぎを鎮静化させるのは、お兄ちゃんの言う通り私も大いに賛成する。それ以上に危惧したいのが、東皇寺学園に通ってる宇都宮分家の息子』

「宇都宮……」


宇都宮の名前を聞き一気に表情を曇らせる泪。鋼太朗からある程度聞かされているが、宇都宮家は異能力の研究やその一家管轄の研究所にも大きく関わっている。


「その宇都宮分家の息子が今回の事件に関わってると?」

『詳しくは分からない。だけどあの一族、前々から良くない噂沢山流れてるし、とにかく事件が解決するまでは、泪君の周りも極力用心しといた方が良い』

「分かりました。ありがとうございます」


京香に改めて礼を告げ、プライベート用の携帯を切る。泪の口から無意識に軽いため息が出る。


「京香先輩。何だって?」

「今回の事件が完全に落ち着くまで、周りを用心しておいた方が良いって」


京香の用心しておけの発言に対し、瑠奈は思わず首を傾げる。首を傾げた直後、すぐ元に戻し腕を組んで神妙な面立ちになる。


「宇都宮の息子が危ないって言うんだったら、彩佳先輩大丈夫かな」

「本人が他の生徒に力を見られない限りは問題ないでしょう。ただ。東皇寺学園に在籍している宇都宮分家の息子の情報が、今の所足りなさすぎますね」

「う、うん」


宇都宮一族の息子。宇都宮一家の子供は例の孫娘だけではなかったのか。


「瑠奈には話してなかったか。宇都宮一家の事。実は当主に認知されている子どもは、当主の孫娘だけなんです。一族分家の息子の話は京香さんから初めて聞きました」


「じゃあ、同じ苗字の別人?」

「いえ。京香さんが彼と見合いしたと聞いていますから、恐らくはさっき話した分家でしょう」


鋼太朗から聞いた話の内容からして宇都宮本家は、分家の存在を全く公にいていなかったし、表でも滅多に名前を聞いた事もない。しかし京香の話を聞く限りだと、宇都宮の一族は余程分家の存在を明かしたくないと見える。


「ただ。宇都宮本家にとって一族の分家は、厄介な存在である事だと言うのは事実です」

「なんかややこしい事になりそうだな…」


相手が色々黒い噂が流れているのと、更に実の妹が切り捨てた元見合い相手なだけあって、今回の和真は存分に自らの権力を行使する気満々だ。瑠奈の言う通りややこしい状況にならない事を、ただ祈るばかりである。


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