第16話 真宮家side



―昨日の晩。



手早くシャワーを済ませ自室に籠った茉莉は、頭痛だけでなく胃痛まで起こしそうで堪らなかった。普段から調子の良い時にしか酒を嗜まない、恐らくはストレスによる頭痛と胃痛で間違いない。


「全く今日に限って、どいつもこいつも好き勝手してくれちゃって……。一体あの子達は、宝條学園保険医を何だと思ってんの? 私はあの伊遠みたいな何でも屋じゃないのよっ!!」


ちなみに今日の夕飯は琳が作る、もちろん味が甘過ぎないように瑠奈の監視付きだ。茉莉は自分宛に携帯から届いた一通のメールを何度も眺める。何処からか探偵部の更なるトラブルを聞き付けたのか、保健室で相談を受け持っていた生徒数人が、身内まで巻き込んだ挙げ句、進んで騒ぎに巻き込まれようとしてるのだ。しかも全員、大小の差はあれど普段は力を隠して日常生活を送ってる異能力者。


「まったくあの子達は、自分が何やってんのか分かってんのかしら…?」


東皇寺学園は異能力者の迫害が酷くて有名なのは知っている筈。何故あの集団は自ら危険な橋を渡ろうとする。宝條の生徒は異能力者非異能力者問わず、変わり者ばかりなのは本当らしい。保健担当故に生徒達の周り事情などはある程度把握しているが、流石に教頭や学園長にバレたら只では済まされない。



「茉莉姉~ご飯出来たよ~。今日はエビと野菜のかき揚げ天丼とワカメと油揚げの味噌汁」



一階から瑠奈の呼ぶ声が聞こえる。今日に限ってなんとも胃に悪いメニューを出してくる。琳の事だからは天丼のタレはいつもより確実に、甘く仕上がってるに決まっている。


「…ごめん。私今日はお腹の調子悪いから、私の分のかき揚げは食べてて~」

「良いのー?」

「ごめん…」


揚げ物は大好物だが、今日ばかりは食べる気力が沸かない。二人には悪いが今日は胃へのダメージを抑えるよう、白米と味噌汁だけを食べよう。



―…。



「……と、言う訳なんだよ」

『なんと回答して良いのやら…。みんなもう、やりたい放題ですね…』

「う、うん…」


琳達が練習の続きを行っている間、瑠奈はリビングでこっそり泪へ電話していた。携帯越しから何かを察した様な泪の溜め息が聞こえてくる。中庭では今だ真宮家を訪れた宝條生徒達の賑やかな声が聞こえてくる。


瑠奈が掛けている泪の電話番号。以前鋼太朗から教えて貰った、滅多に教える事がない泪のプライベート用携帯であり、普段頻繁に泪が連絡を取り合っているアドレス等は、泪自身が部活やバイト用に持ち歩いている簡易スマートフォンだと聞いた。泪の私用アドレスを知っているのは勇羅と彼の姉、そして宝條学園OB和真とあの鋼太朗だけだ。意外にも鋼太朗がこれは誰にも教えるな、との前提条件で瑠奈に教えてくれた。


このアドレスは泪から教えて貰ったと言う、鋼太朗からやっとの事で聞き出した為、正直誰にも教える気はないし泪の性格上、誰かにでも聞かれない限りは絶対に教えないだろう。


「異能力者の事情はテレビとかも見てるし、私達だって普段から隠してるから、色々分からない事もないけど、みんなも自分から危ない橋渡る事ないのになぁ…」


異能力者狩りの件でも大変だと言うのに、瑠奈もまた溜め息を吐く。いつの間にか起きてついてきていたのか、瑠奈の足下では角煮が心配そうな鳴き声をあげる。


『……確か、先生が相談受け持ってる生徒』

「能力の覚醒が原因とか…色々訳ありの子も居るって。ウチのクラスの子もいるよ」

『理解は出来ます…。能力者として覚醒すれば、この先どうなるか分かりませんし。真宮先生も相談相手に限りがあるからこそ、色々と好きにさせてあげたいんでしょう』

「そう言うもん、かな」


瑠奈の異能力は特殊な為普段から滅多に使わない、実際興味本位で何度か使った事があるが、両親にここぞと言う時にしか使うなと怒られた為、今は念の制御メインに集中している。


だが異能力の覚醒が原因で命を削られる事もあれば、そのような能力の持ち主も居る事自体噂に聞いている。もし異能力を使い過ぎると自分自身はどうなるのか、瑠奈はあまり考えた事がなかった。


『…あの三人は本当に東皇寺学園へ突貫して行った様ですし』


携帯越しから泪の溜め息まじりの愚痴が聞こえる。放課後姿を見ないと思ったら、まさか本当に学園まで乗り込むとは。


「そういや勇羅も雪彦先輩も今日はやけに大人しかった…」

『万里さんの行動呼んで大方把握しましたよ。彼女普段から雪彦君が不穏な行動する時以外は、教室で趣味に没頭してますし』


あのつかみ所のない万里の行動を把握して見抜いていたとは、やはり泪の観察力と洞察力は末恐ろしい。


「…それにしてもさぁ、直接乗り込むだなんて自爆行為じゃん」


こっちもこっちでこれから大変な事になりそうなのは、さすがに黙っておく。


『…まぁ、雪彦君が居るから問題ないと思います。土壇場でユウ君や万里さんを止められるのは彼くらいです』


腐ってもはっちゃけてても、雪彦は大企業の跡取り息子なのだ。例え危険な橋を渡り掛けていても、最終的なストッパーは泪以上に周囲への洞察力が優れた彼になる。


「そうだね、色々忙しいのに聞いてくれてありがと。今度、お兄ちゃんの事務所行っていい? 行く時はお兄ちゃんの好きな和菓子持ってくから」

『……彼もそうだけど瑠奈の方も懲りないな。そろそろバイト行かなきゃいけないんで切りますよ。それじゃ』


泪がバイト先へ向かう途中に無理を言って話を聞いてもらった為、改めて泪に礼を言うと電話を切った。中庭ではまだ賑やかな声が響いている、何故か茉莉の悲鳴まで聞こえて来た気がした。


「無事に解決する……よね?」


矛先が自分達に向けられないのは実に幸運だが、今日は茉莉は荒れる、確実に荒れる一日になるだろう。


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