7.

 ふらりと立ち寄った喫茶店のような場所でそろそろ夜にしようかと思い立つ。”シコウ”では時間の流れは僕に委ねられている。日が昇も月が満ちるも僕の気まぐれなのだ。


 「いい夜ですなぁ。」店を出たところで銀髪の老紳士に声をかけられる。彼の言葉につられて空を見上げる。幾つもの星が瞬いている。何を話すでもなく、軽く会釈をして別れる。言葉を交わさぬ会話が、すれ違う人々の間で何度も繰り返されていく。


 「いい夜ですね。」思わず僕もそう呟いた。


 実を言うと夜になったところで僕の一日が終わる訳ではない。帰る家もなければ、眠ることもない。僕だけでなく、此処にいる人間は皆そうだ。昼には昼の、夜には夜の良さがある。夜にしか出逢えない思考もあるのだ。


 「星はなぜそこにあるのでしょう。」石ころを星座のように並べながら子供たちが話し合う。

 「君は月と太陽ならどちらが幸せだと思う?」ガス灯の下で恋人に問いかける男がいる。

 「夜ほど甘美な時間は無いのです。輝く月も星も皆、ただの飾りでしかないのです。」教会の前で語り掛ける痩せた女がいる。黙って煙草を燻らす酒場の女が、足早に歩いていくスーツ姿の男が、赤ん坊を背負った子守の少女が。みなそれぞれに昼とは違う一面をのぞかせる。


昼と夜と、どちらが真実か。

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