閑話:梨原立夏

 私は梨原立夏。ごく普通の女子高生だ。今はアパートに妹の実夜と二人で住んでいる。まあ実夜は明日九州の方の家に行っちゃうから、すぐ一人暮らしになるんだけどね。


 ところで、昨夜から妹の様子が少しおかしい。

 突然なにかを思い出したように顔を赤くしたり、私が話しかけた瞬間慌てたり、あとため息も多かったり。


 たぶん昨日、奈月とのデートで何かあったんだと思うんだけど。仲に進展があったのか、それとも奈月と離れ離れになってしまう引っ越しが嫌なのか……。


 ってことで夕飯の最中に聞いてみることにした。



「実夜、やっぱり引っ越すの嫌?」


 そう聞くと実夜は少し不思議そうにしながら答えた。


「んー、そういうわけじゃないよ? そりゃあずっと育ってきた街離れるのは寂しいと思うけど……なんで?」

「なんか元気無いなーって思ったからさ。昨日、奈月となんかあった?」


 一瞬、カチャンと実夜の食器が音を立てた。そしてギギギと効果音が付きそうな動きで目線を外して。


「……何も、無かったよ?」


 実夜、目を逸らしながら言っても説得力無いよ……‼︎


 まあ何かしらあったことは想像に難くない。というか実夜、我が妹ながら動揺しすぎではないだろうか?


 うーん、二人の間でなんかあったとすると……。


「なに、キスでもした?」

「するわけないでしょ⁉︎」


 今度は即答。またカチャンと音を立てる。

 そして実夜は「もー」と言いながら食事を再開した。しかし、その顔は赤く、食べるペースも先程より速いためやけ食いを感じさせる。


 でも別に告白したってわけでもないだろうし……。


 そこまで考えて、ふと思い至った。


 ……ああ、そういえば実夜ってまだ奈月が好きっていう自覚、無かったんだっけ?

 一応、それ・・を聞いてみる。


「もしかして、やっと自覚した?」

「っ! ……何のこと?」

 私の言葉に実夜は慌てたようで机をガタッと鳴らして反応した。


(……わっかりやすいなぁ、もぉー)

 やっぱり私の妹は可愛い。


「な、なにその顔! 違うからね!?」


 おっと、ニヤニヤが顔に出ていたみたいだ。


「わかったわかった」


 でもそっかー。数年間、何があっても自覚しなかった実夜がねえ……。実夜も成長したんだね、お姉ちゃん嬉しいけど、少し寂しいよ。


 そんな風に感慨深いものを感じていると、実夜は食べ終わったようで「ごちそうさま!」と言ってさっさと食器を持って席を立った。それを見て私は実夜を呼び止めて聞いた。


「この後なんか予定ある?」

「えっ? 特にないかな。引っ越しの支度もしたし、NDOで素材集めに勤しむかなーとか思ってた……どうして?」

「買い物に付き合ってくれない?」


 そう聞くと実夜は時計をチラッと見てから、


「えっと、NDOでってこと?」

「そうそう。武器っていうか防具は作って貰ったんだけど、靴とかアクセサリーとか、小物類が全然なんだよね。どれが良いとかまだよくわかんないし、教えてもらえないかなーって」

「りょーかい。じゃあこの後21時からで良い? あっ、それと先にお風呂入っちゃっていい?」

「ありがとー、時間はそれで。お風呂も良いよー。食器は水に浸けといてくれれば私が一緒に洗っておくから、さっさと入っちゃってー」」

「ありがと。じゃあお言葉に甘えて入っちゃうね」

「うん」


 実夜がお風呂へ行くのを確認して、私は食器を持ち、立ち上がった。

 そして台所へ行き食器を洗いながら、実夜のことを考える。

 奈月への想いを自覚した実夜は、どうするつもりなのだろうか、と。


 実夜は告白するつもりなのか。それとも今の関係のまま離れてしまうつもりなのか。

 ……たぶん後者だろうなぁ。


 明日の飛行機に乗るつもりってことは、たぶん気持ちを伝えずに行くつもりなんだと思う。

 だけど私はどうにかして実夜に告白の選択を取らせたい。


 そこまで考えたところで、具体的なことは後回しにすればいいかと思った。


「とりあえず一日だけ遅らせてみようか……」


 そして私は洗い物を終わらせてから端末を操作する。CIRCLEを開いて、母さんとのトークに行って……。


『実夜がそっち行くの一日遅らせられない?』

『どうして? ……もしかして————』

『そうなの。それで————』


 ◇


 翌日の朝、母さんから「台風が来てるから今日こっちに来るのは止めておけ」という旨の連絡が入っていたらしく、実夜のテンションが上がっていた。

 心の中で母さんグッジョブと多いながら実夜に聞く。


「一日遅れたことがそんなに嬉しいの?」

「だって昨夜に見つけたエクストラクエスト気になるじゃん!」

「あーそっちかぁ……」

「?」


 一日遅らせたのは良いけど、実夜がこれじゃあ何も進展しそうにない。奈月から告白してくれてもいいんだけど……。白金君に頼んでそれとなーく奈月に告白させるように仕向けられないかな?


「りつ姉どうかした?」

「ううん。なんでもないよ」

「そう? なら良いけど。それで今日この後NDOできる? エクストラクエスト行こうよ!」

「大丈夫だけど……実夜は用事とかないの? ほら、明日には九州に飛ぶでしょ?」

「……うん、大丈夫。特にないよ」


 実夜の声のトーンが僅かに下がった。やっぱり少しだけ気にかかるところはあるのかもしれない。

 だから私はもう一度、確認の意味を込めて聞く。


「ホントに、いいの?」

「いいの! もうみんなに『またね』って言ってきたし、先輩にも昨日……」


 それを聞いて、つい心の中でため息を吐いてしまう。

 でも私はこれくらいじゃ諦めないよ。可愛い妹に後悔なんかさせちゃ……絶対にダメなんだから。


 そうして自分の心を密かに決めてから、実夜に言葉を返す。


「わかった。……NDOは30分くらいからでも良い?」

「うん。それじゃ8時30分に、第3の街のギルド前集合ね!」


 それから私は白金君に連絡を取ることにした。なんだかんだで奈月の一番の友人は白金君だと思うんだよね。


『今、大丈夫?』


 そう送ると、すぐに既読が付き返信がくる。


『……りっかからのメッセとか嫌な予感しかしないんだが?』

『はっはっは、何のことかな』

『まあいいけど。また奈月と実夜ちゃん絡みのことか?』

『うん。そうそう』


 それからある程度掻い摘んで事情を話す。


『——というわけでさ。白金君には是非とも奈月の背中を押してほしいの』

『あー、まあそういうことなら言ってみるけど、今日中ってことでいいのか?』


 うーん、その気にさせたとしても今日の夜に約束を取り付けられる時間がないとダメだよね。そうなると……。


『夕方までにできる?』

『会う予定もないし、なんとも言えないな。NDOで会えなかったらCIRCLEでもいいか?』

『うん。お願い』

『りょ』


 さてと、あと他にできること、なんかあるかなー……。

 そんな風に考えていると、もう8時半くらいになっていたため、とりあえずNDOにダイブインした。


 ギルド前に着くと既に実夜が待っていて、こちらに気づくと手を振ってきた。


「あっ、こっちこっち! それじゃあ早速行こうよ」

「うん。えっと、行くのは南だったよね」


 そう言って南に向かって少し歩いていったところで、実夜が「あっ」と声を上げた。


 私が「どうしたの?」と声を掛ける前にタタッと小走りして前を歩いていた人の肩を軽く叩いて。


「先輩! おはようございます!」

「ん? ああ、ヤミか。おはよう……」


 そう言葉を交わしていた。

 えっ、それじゃあもしかして……と視線を実夜に向けると、「先輩だよ」と言って笑った。


「先輩って、そういうこと?」

「そういうこと! 先輩はこっちではルアって名前だからそう呼んでね」


 私は運がいいのかもしれない。これなら私が直接聞くこともできるね。そうなると……。


「ルア君か……ねえ。クエストに誘ってみない?」

「先輩を? そっか、そうだね!」


 そんな風に話していると、奈月が不思議そうに実夜を見ているのに気が付いた。さりげなく奈月の方を示すと、実夜も気が付いたようで。


「先輩、どうかしました?」


 と聞いた。不思議そうに聞く表情が奈月の表情と妙に似ていて少し笑ってしまったのは内緒である。


「……お前、飛行機に乗ってるんじゃなかったのか?」

「えっ? ああ、延期です延期。台風で飛行機が飛ばなくなって、そんなに急いでるわけでもないし良いかなーって感じで。っと、そんなことより紹介しますね」


 そう言って実夜は私を示して。


「姉のリカです!」

「どうも! ヤミの姉をやってるリカです!」


 それからテキトーに話しながら、とりあえず聞いておかなければならない事があるのを思い出したので早速切り出してみた。


「————……それよりも聞いておきたいことがあるんだー」

「……なんだ?」

「あっ、ヤミにもね」

「えっ、なに……?」

「二人とも……一昨日のデート楽しかった?」


 そう聞くと、二人とも一瞬硬直し、それから大慌て(のように見えた)で話題を変えようとした。


「そういえばリカはなんの武器使ってるんだ?」

「あっ、そうですね。リカは……」


 因みにめちゃくちゃわかりやすく顔に出ていたりする。リアルだったら更に顔も赤くなってるんだろうなあ。やっぱり二人とも可愛いと緩む頬を抑えつつ、無いとは知っていながらも神妙な面持ちでそれを聞いた。


「もしかして……楽しくなかった?」

「「そんなことは……って、はっ!?」」


 即答、しかも声がハモるって。


「……わざとやってんの?」

「「違うわ!」」


 またハモっているんだものね。これで付き合ってないって、本当にどういうことなんだろうか。つい肩をすくめてしまう。


「まあ楽しそうだからいいけどさ。いいかげん、お互いの関係、ハッキリさせときなよ?」


 …………


 ……


 ◇


 とりあえず言いたいことだけ言ってからクエストに行き、無事に帰ってきて、それからすぐに二人と分かれた。

 いろいろ言ってみたけど、やっぱり二人とも進展しそうになくって、それがなんとも悔しい。

 もう私にできることは無いと思う。あとは二人が動いてくれることを願うくらいかなぁ……。


「まったく二人とも、もう少し素直になってくれればいいのに……」


 ストレス発散のために闘技場へと向かいながら、小さくぼやいていた。


 ◇


 その日の夜のこと。小腹が空いたためポテチでも食べようかと戸棚から出してから実夜を呼ぶ。


「みやー、ポテチ一緒に食べないー?」


 暫く待つが返事は無い。

 もうNDOに入っちゃったのかなー、とそんな風に思いつつ寝室へと向かう。そして「みやー?」と呼びながらドアを開けようとした時。


「……っ変わりますよ!!」


 部屋の中から実夜のそんな声が聞こえた。少し面白そうな雰囲気を感じ取ったためドアを開けるのは中断。


「みやーどうかした?」

「あーごめん、なんでもない!」


 なんでもない、ねえ。実夜は今何をしているのだろうか。いやいや、言った言葉が「変わり」だもの。きっと奈月と何か話しているに違いない。その内容、私気になります!……ってことで音を立てないようにゆっくりと扉を少し開いた。大丈夫、気づかれてない。


 僅かに隙間を開けた扉の傍にしゃがんで聞き耳を立てる。しかし、声は聞こえてこない。どうやら電話していたわけではないらしい。

 なんにも聞こえないかなーと、少し残念に思いつつ立ち上がろうとした時、小さくぽつりと実夜のつぶやきが聞こえた。


「……頑張らなきゃ」


 その声を聞いてもう少し待ってみることにした。実夜は一人でいる時、独り言がそこそこ多い。

 だからもしかしたら……。


 そう期待して少し待っていると。


「……私はもう、逃げませんから」


 先ほどよりも小さく、でも確かに聞こえた。

 ……これは告白の可能性、ワンチャンあるんじゃないの? 言うとしたらたぶん明日だよね?


 よしっと心の中でガッツポーズをして、自然と緩む頬を抑えつつ立ち上がったとき、扉が内側からガチャと音を立てて開いた。


 しまった。見つかる……!? いや、冷静に対処すれば実夜ならいける!


「あれ、りつ姉どうしたの?」

「うん、ポテチ、一緒に食べないかなって」

「あー、うん。じゃあ食べるー」


 疑う素振りすら見せないとは……。もしかして私の妹、ちょろい?

 そんなことを考えながら寝室を後にした。


 ◇


 翌日の朝。私がいつも通りの時間に起きると、既にリビングの明かりが点いていた。


「あっ、りつ姉おはよー」

「おはよ、実夜いつもより早いね、どうしたの?」

「うん、なんか早く目が覚めちゃって」

「そっか。朝ごはん作るけど、実夜も目玉焼きパン食べる?」

「食べる!」


 実夜が早く起きたこと以外は、いつも通りだ。それに実夜にも変わった様子はない。


 昨日の呟きは違ったのかなぁ、と少し不安に感じた。


 しかし結果としてその不安は杞憂に終わった。

 実夜は朝食を食べ終えた後、すぐに寝室へと戻って服を選び始めたのだから。


 あーでもない、こーでもないとやっている姿は隠れて見ている私が思わず「頑張って」と声を掛けたくなるほど、それはもう恋する乙女だった。


 しばらく見ていたが、随分と時間が掛かりそうであったため、リビングへ戻ってコーヒーを淹れた。


 そうして一息ついたところで、ドアが開いて実夜が顔を覗かせた。


「じゃありつ姉、いってくるね」

「ああ、うん。いってらっしゃい」

「いってきまーす!」


 そこで、とりあえず私は妹に激励の言葉を投げかけることにした。


「あっ、そうそう! 告白、頑張ってね!」

「なっ、なんで!?」


 この「なんで!?」は「なんで知ってるの!?」という意味だよね。そりゃあもちろん……。


「知ってるよー。だって、私の妹のことだもの。……今日しか無いから、でしょ?」


 もちろん嘘である。でも実夜の呟きを聞いてたって言うより、こっちの方が私の好感度上がりそうでしょ?


 そんなことを考えていると知ってか知らずか、実夜は顔を赤くしてチラとこちらの顔を伺った。


「……」

「実夜なら大丈夫! だから、ちゃんと頑張ってきなよ?」

「……うん! りつ姉ありがと!」


 実夜は私に笑顔でそう言ってから、玄関を出た。

 それを見送ってから、私はリビングへと戻ってコーヒーを一口飲んだ。


「まあ、実夜なら大丈夫でしょ! さて私は洗濯物でも洗ってくるかな」


 私は一人になった部屋でそう呟き、少しだけあった不安を誤魔化した。



 それから2時間後。「ただいま……」といつもより明らかにテンションの低い、がっくりと項垂れた妹の姿が玄関にあった。


「どうしたのっ!? まさか奈月に酷いこと言われた!?」

「先輩に……っ!」


 私が慌ててそう聞くと、実夜は少し思い出すような素振りを見せてから顔を赤らめた。


 …………奈月よ、私の可愛い妹に一体なにをした? がっくりと項垂れているのは…………まさか、襲った? いや、襲われて処女を奪われたのならもうちょっと帰り遅いはずだし、それに実夜ももうちょっとスッキリした顔をしていてもおかしくな……いや、まさか奈月のアレが小さすぎて、それに実夜がショックを受けてシなかったとか……? まさか皮を被っていたのか……? それとも……。


 と、そこまで考えたところで、とりあえず先に一つ聞いておくことにした。


「実夜は正式に奈月と付き合い始めたってことで大丈夫?」

「……ん」

「ならよかった! それで、今の実夜が少し元気無さそうなのは奈月のせい?」

「…………一応、先輩のせい、かな」


 ふむ、とりあえず奈月は実夜を悲しませたんだな? そうと決まれば話は早い。


「よしわかった。今すぐ奈月の家に殴り込みに行ってくる」

「りつ姉!?」

「止めるな、実夜。私は妹を悲しませたやつを野放しにできるほど人ができていないんだ……! 相手が妹の彼氏であるなら尚更のこと……!」

「違うの! ちょっと待って! いや、彼氏ではある……ん……だけ……ボフン」


 靴を履き玄関を飛び出そうとした私を実夜が必死に止めてきた。彼氏というところで頭がパンクしてるけど、それは見なかったことにしようか。

 きっと悲しむくらい酷いことをされても奈月が好きなんだろうね……! でも私が妹の悲しむ顔を見てしまった以上、到底許してはおけないんだ……!!


「違うって言ってるじゃん! 私がちょっとテンション低かったのは……その……ごにょごにょ……」


 そう言って実夜はまた顔を赤く染めた。


 ふむ。悲しいんじゃなくて、テンションが低いのね。

 そして帰りがそこそこ早くて、超奥手な2人の交際が始まった……って、まさかね。いや、そこまで奥手ってことある? たしかに告白してすぐは普通なら早いけど、だって普段からいちゃついてた2人だしそれに……。


「ねえ、実夜」

「……なに?」

「奈月と、なんかした?」

「っ……な、なんかって、何?」

「だからさ、付き合い始めたんでしょ? だから恋人同士でするようなことだよ。例えば、キスとか」

「…………」


 さすがに軽いやつならしたよね? と、一応、確認の意味を込めて聞いてみると、返ってきたのは沈黙。


「……えっ?」

「…………そんなの、付き合ったその日にするものじゃ無い、でしょ?」

「そう?」

「……そうだよ。ほら、何事も順番ってものがあるし、ね?」

「でも、もうデートもしてるし、その時に手も繋いでたでしょ?」

「っ! なんで知って……」


 知ってる理由はもちろん、後ろから見ていたからなんだけど。言うと話逸れちゃいそうだからここは無視しておく。


「だからさ、順番があるとしても、もう2人はキスくらい余裕でできる段階にあるんじゃないの? ……実夜もしたくないってわけじゃないんでしょ?」

「…………そりゃ、私だって」


 実夜はそう言って俯いた。その顔がさっき帰ってきた時の様子と酷似していて。


「……もしかして、付き合い始めただけで、まだ何もしないままはなばなれになっちゃうのが嫌なの?」

「…………」


 そう聞くと実夜は顔を赤くして俯いた。どうやら図星らしい。


 その様子につい「はあ」と溜息を吐いてしまうが、それでも、微笑ましい関係にはなれたようでなによりだ。


「まあ、これで奈月も実夜にイロイロする条件も整ったわけだし、次にこっち来た時にはできるんじゃない?」

「むう…………」

「じゃあ飛行場に行く前にもう一回奈月の家に寄って『行ってきますのキス』をせがんできたらいいんじゃない?」

「できるわけないでしょ!?」

「えー」

「もー……まあいいや。じゃあそろそろバス停向かうから、私は行くね」


 あー……なんだかんだでやっぱり寂しくなるなぁ。


「うん。奈月が浮気しないように見とくから、安心していいよ! あと、風邪とか気をつけてね」

「ありがとっ! りつ姉も気をつけてね。……じゃあ、行ってきます!」

「うん、いってらっしゃい! またね!」


 玄関に置いてあった引越し用の荷物を持って、実夜は家を出た。


 バタンと玄関の扉が閉まり、後には私の呼吸の音と、妙に広く感じる空間だけが残る。


 そしてこれから私の一人暮らしが始まるわけか。

 ……まあ実夜が居なくなったのは寂しいけど、いつまでも呆けてられないし。とりあえず私がちゃんと奈月が浮気しないように見張っておくって約束したしね!

 ……まーあの2人のことだからVR世界でのデートとか逢瀬の約束もしてそうだし、なんだかんだ言って相思相愛でラブラブな2人が浮気とかありえないんだろうねぇ。



 そんな風に思いつつリビングへと戻り、コーヒーを淹れて一息つく。そして背もたれに身体を預けて天井を見上げた。


 はー、なんとも………………羨ましい限りだね。


「私も恋とか、してみたいなー…………」


 ……はぁ、なに一人で呟いてるんだろう。


「次は積極的に行くってずっと思ってるのに、相手がいないからなぁ…………」


 恋をするには相手が必要という事実は、どうにもなりゃあせんかね。


 そんな風に思いながら、大きく伸びをした。

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