第26話:告白

「はぁ……どうするか」


 翌朝、朝食と掃除を終えた俺はリビングの椅子に座り机に突っ伏して、嶺二に言われたことを思い返していた。


 ――ちゃんと言えることは言っておけよ

 ――わかってるよ


 ――後悔だけはすんなよ?

 ――ああ


 俺は、了解・・を返した。その意味は、俺自身が一番よくわかっている。

 アイツのことを考えると、胸に何かがつっかえたような、スッとするような、何とも言えない気持ちになる。だからたぶん、俺は何か思うところがあるのだろう。


 そんな風に、この間まで思っていた。でも、実夜が泊まりに来て、いろんな話をして。からかわれたり、不安にさせられたり……。それらは、いつものことの筈なのに、何故かとても愛おしく感じていて。


 ——ああ、俺は実夜が好きだったのか


 そう、気づいた。とはいえ実夜が俺のことをどう思っているのか、というのは全く予想がつかない。だから今、途轍もなく悩んでいるわけで……。


 ……告白とかどうすりゃ良いんだ?


 告白なんて今まで一度もしたことが無い。なんだろうか、好きと言えばいいのか? でもあの実夜だからなぁ……。


 ふと、俺が実夜に告白したところを想像してみると。


『ついに先輩も私の魅力に落ちちゃいましたか! ふふっ、まあ私は可愛いですからね。それは仕方ないことで……』


 そんな風に顔を赤くして返す様子が簡単に思い浮かぶ。

 ……にしても告白の返答は全く思い浮かばねぇ。

 アイツなら当たり前の顔で『ダメですよー!』とも『良いですよ?』とも言いそうだ。


 まあとりあえず、伝える言葉くらいはまとめて――


 ピンポーン


 ――まとめておきたかったなぁ……。


 いや、たしかに早朝とは言っていたけど、早すぎないか?


 そう思って時計を見ると、既に朝の8時半……えっ?


 今日は早く起きたから余裕があると思ったんだが、まさかこんなに時間が経つのが早いとは……。


 時間ってなんで一瞬で進むんだろう、と哲学染みたことを考え始めたところでもう一度。


 ピンポーン


 ……とりあえず、玄関行くか。


 玄関の扉を開けると。


「せ、先輩! おはようございます!」


 この間のデートで着ていたような、女の子らしい服を着た実夜が肩にかけた手荷物を持って立っていて。


「お、おう。おはよう」


 つい先程まで告白のことを考えていたために、少し動揺したような声が出てしまった。

 ……これはいじられるな。

 そう思ったが、実夜の反応は予想とは違った。


「あ、えっと、少し落ち着いて話したいので、上がってもいいです?」

「あ、おう。じ、じゃあ、どうぞ……」


 なんだこれ、いつもと雰囲気違いすぎないか!?

 動揺は結構表面に出てしまっている気はするが、とりあえずリビングへ通してお茶を出す。


 それから、互いが机越しに向かい合う形で座った。


「すー……はー……うん、よし。ってことで先輩! 今日でこの街を出るので、ご挨拶に来たわけなんですが、その前に一つ聞きたいことがありまして」

「ん、なんだ?」

「いやあ、簡単なことなんですが、……今って好きな人います?」

「んぐっ、ゴホっげほげほ……いや、なんだって?」


 お茶が変なところに入ってむせたわ。こいつ狙ってやってんのか!? 


「だから! 好きな人ですよ。あっ、もちろんLikeライクの意味じゃなくてLoveラヴの方ですよ?」


 これ、どう答えればいいんだよ……「お前だよ」とでも言えと? ……要求されてるハードル高すぎないか?


「ま、まさか、想い人がいるんですか? あの先輩に?」

「いや、あのってなんだよ……。でもまぁ、いないわけじゃ、ないな」

「ふむ……それはかなり意外ですね。……その人って、私の知ってる人です?」

「知ってる……まあ、知ってるな」

「私の知ってる人……ってまさか!?」

「あー先に言っておくと、たぶんその予想は外れてるぞ?」

「えっ、つまり、りつ姉でも白金先輩でもないと!?」

「おい、ちょっと待て。なんで嶺二が候補に挙がった!? 俺はノーマルだからな!?」


 ほんとこいつ何を考えているのか……ってか、そもそもこれ完全に俺の時間稼ぎなんだよな。……いや、もう少しサラっと言った方がよかったか。なんか段々と言いづらい雰囲気になってる気がする……。


「んー、そうなると莉奈ちゃんとかです?」

「違う」

「まさかスイちゃん!?」

「いや、リアルで会ったことないだろ……?」

「でもそうなると他には……」


 はぁ……いざ言おうとすると、思っていた以上に緊張する。あー、本当に言わなきゃダメか? って、今日しか直接言える機会無いもんなぁ……。


 そんな風に考えていると、唐突に実夜が悪戯に目を輝かせて、ニヤッと笑った。


「あっ、もしかして私ですか? ついに先輩も私の魅力に落ちちゃいましたか! ふふっ、まあ私は可愛いですからね。それは仕方ないことで……」


 途中から、自分で言っていて恥ずかしくなったのか、身体を少し右に向け、目をこちらから逸らした。


 ……そのからかいに対して、「そうだ」と答えるのは簡単だ。でもそれじゃあダメだと思う。だから、俺は今、はっきりと伝える。


「ふぅ」と一息吐き、左手で実夜の右肩に触れ、少しズラしていた実夜の身体をこちらに向かせ、目を合わせる。すると一瞬、実夜の目元が、照明の光を反射し、流れ落ちた。

 それでも、俺が言うことは変わらない。


「…………あ」

「俺は実夜、お前のことが――」


 ◇◆◇


 今朝、私は朝からかなり気合を入れて服を選んでいた。


「うーん、この前の反応を見る限りたぶんこっちの方が成功率は上がりそう……?」


 ちなみに成功率というのは『告白』の、だ。

 そう、私は今日、先輩に告白する! ……なんか改めて緊張してきたんだけど……。いやいや、別に「先輩好きです!」って一言だけ言えればいいから。そんなに……ハードルは高くは……。


 ……うん、高いよ。普段くらいのノリで言えたら楽なんだけどなぁ……ってそれじゃ、あの先輩には伝わらないか。

 そんな風に考えている間に支度が済んでしまった。まあ仕方ない。行くかあ。


「じゃありつ姉、いってくるね」

「ああ、うん。いってらっしゃい」

「いってきまーす!」

「あっ、そうそう! 告白、頑張ってね!」

「なっ、なんで!?」

「知ってるよー。だって、私の妹のことだもの。……今日しか無いから、でしょ?」

「……」

「実夜なら大丈夫! だから、ちゃんと頑張ってきなよ?」

「……うん! りつ姉ありがと!」


 玄関を出て、徒歩数分で着く先輩の家へ向かう。


 ……よし。頑張ろうっ! 私ならできるはず!


 ——って思ってたんだけどなあ……


 先輩の家の目の前まで来た私は、インターホンに向かって手を伸ばしたり引いたりと、繰り返していた。


 あー、どうしよう。インターホンを押す手が震える。いつもこんなに緊張しないんだけど……あーもう! 私、しっかりして! 当たって砕けろの精神で行こう……! 大丈夫、大丈夫……。


 そう、口の中でその言葉を反芻しながら、覚悟を決めて呼び鈴を鳴らす。


 ピンポーン、と中から聞こえたのを確認し、待ち構える。

 さあ来い……!!


 ……あれ、先輩はまだ来ないの? 少し遅くない? もう一回、押さなきゃいけない感じ……?  

 そうしてもう一度、「ピンポーン」という音が聞こえて、それからすぐに内側から扉が開かれる。


「せ、先輩! おはようございます!」

「お、おう。おはよう」


 あー、めっちゃ緊張する。私、大丈夫? 変じゃない?

 そんな風に思いつつ、先輩に案内され、いつものリビングの椅子へ腰かける。


 それから、深呼吸をしてから、いつもの調子を装いつつ話し始める。


「今日でこの街を出るので、ご挨拶に来たわけなんですが、その前に一つ聞きたいことがありまして」

「ん、なんだ?」

「いやあ、簡単なことなんですが——」


 さあ、言わなければ。「私と、付き合ってくれませんか?」と……!!


「――今って好きな人います?」


 …………さ、先に確認しようと思っただけであって、別に逃げたとかそういうんじゃないから。

 と、そう自分に心の中で言い訳しつつ、先輩の反応をうかがうと。


「んぐっ、ゴホっげほげほ……いや、なんだって?」


 思いっきりむせた。さすがに聞き返すのは反則ですよ先輩。私も勇気出して言ってるんですから……!


「だから! 好きな人ですよ。あっ、もちろんLikeライクの意味じゃなくてLoveラヴの方ですよ?」



 そう言うと先輩は、少し戸惑ったような、考え込むような顔をした。

 ……えっ、それって本当に。


「ま、まさか、想い人がいるんですか? あの先輩に?」

「いや、あのってなんだよ……。でもまぁ、いないわけじゃ、ないな」


 いないわけじゃない、という言葉を聞いた瞬間に胸の奥からこみあげてくるものを感じた。

 動揺は、隠さないと……。


「ふむ……それはかなり意外ですね」


 そう口に出す声が震えるのを感じる。気を抜くと、今にも嗚咽が出てしまいそうな、そんな感覚を堪えながら、表情を取り繕って、言葉を紡ぐ。


「……その人って、私の知ってる人です?」

「知ってる……まあ、知ってるな」

「私の知ってる人……ってまさか!?」

「あー先に言っておくと、たぶんその予想は外れてるぞ?」

「えっ、つまり、りつ姉でも白金先輩でもないと!?」

「おい、ちょっと待て。なんで嶺二が候補に挙がった!? 俺はノーマルだからな!?」


 冗談を交えつつ、先輩の好きな人を当てようとする、振りをする。……先輩の好きな人を知ってしまったら、本当に我慢しきれなくなりそうだから。


 それから私は、頑張っていつもの、先輩をからかうとき表情を浮かべて、言う。


「あっ、もしかして私ですか? ついに先輩も私の魅力に落ちちゃいましたか!」

 そう言っていると、胸の奥から少しづつ、堪えていたものが溢れ出しそうになるのを感じて。目元を隠すように、顔を先輩の方から背ける。


「ふふっ、まあ私は可愛いですからね。それは仕方ないことで……」

 ふと、右目から雫が一つ、頬を伝って流れ落ちるのを感じて。


 ……だめ。我慢しなきゃ、だめなのに。


 そう思った瞬間、先輩が急に、こちらに身を乗り出し、私の肩をつかんだ。


「…………あ」


 目が、合った。涙が見られたと理解し、ほんの一瞬、体が固まるのを感じた。しかし、先輩の顔は変わらずこっちをまっすぐに見つめていて。


「俺は実夜、お前が——」


 その後の言葉は、私が堰き止めていたそれを溶かすには、十分だった。


「——好きだ」


 瞬間、ボロボロと涙が零れ始める。頬を伝って、次へ次へと流れ落ちていく。


「…………う。…………あ。」


 ……だめ、上手く言葉が出ない。でも。


 ————嬉しい


 先輩は急に泣き始めた私に少し狼狽えながらも、ハンカチを私の目元にあてがってくれた。

 それから、どうにか涙を止めた私は、先輩の目を見て今度こそ、はっきりと伝える。


「先輩。よく聞き取れなかったので、もう一回、言ってもらえますか」


 と、伝えるのはいつでもできる。既に先輩の気持ちは確認できた。ならもう少し、今を楽しむべきじゃない!?


「絶対聞こえてただろ……。まあいいよ、何回でも言ってやる。俺は実夜のことが好きだ。俺と、付き合ってくれないか?」

「ふふっ、そうですかー。先輩が私を、ねえ? どうしよっかなー」

「冗談とかじゃなく、まじめに何だが……」

「もちろんわかってますよ? 先輩は、まじめに、可愛い後輩こと私のことが好きで好きで仕方ないんですもんね!」

「いや、まあそれはそうなんだが……なんか釈然としないな」

「……先輩、本当に私と付き合いたいんですか?」

「ああ」

「本当ですか? 半年くらい会えないんですよ? いいんですか?」

「それでもだよ。それにゲームの中でなら会えるだろ」

「……私、意外と面倒な女だと思いますよ?」

「ああ、知ってるよ」

「本当にいいんですね? 後悔しませんね?」

「ああ、当たり前だ。俺は実夜が好きなんだからな」


 先輩はこういうときだけ無駄に格好をつけたがる。でも、そんな先輩が何よりも愛おしくて。つい、「ふふっ」と笑ってしまう。ああ、本当に私は。


「――私も大好きですよ! 先輩!」


 この日、私たちは恋人になった。


 ◇◆◇


 その日の夜。俺たちはゲームの中、闘技場の前のベンチで待ち合わせをしていた。

 イベントのお祭りを実夜と一緒に回るのは明日と明後日っていう予定だったんだが……。引っ越し先へ着いた実夜から環境的に今日も大丈夫そうとの連絡があり、今日も一緒に回ろうということになった。


 イベント初日で多くの人で賑わう中、俺はベンチに腰掛けて実夜が来るのを待つ。すると、急に視界が塞がれて、声が聞こえた。


「だーれだ!」

「NDO始めた初日も同じことしてた気がするな……」

「でもその時は、後輩による先輩へのイジりであり、可愛い彼女による彼氏さんへのイジりでは無かったわけですから。実質ランクアップですよ?」


 そしてまた、あの頃と同じように横から覗き込むようにして、笑った。実夜の茶髪が揺れ、少し細めた暗い紫色の瞳がこちらを真っ直ぐに見つめる。


「先輩! どこから回ります? ……先輩?」

「……お前は本当に、相変わらずって感じだな」

「えー、変わりましたよ? ちゃんと変化を感じ取ってください!」

「いや、感じ取れって……普通に難しくないか?」

「それでもです! 先輩、一応私の彼氏なんですよ?」


 彼氏という言葉に、言われた俺も言った実夜も、少し恥ずかしく感じて目を外すと、こちらに歩いてくる二人に気がついた。悪友金髪ヤンキーと水色ショートヘアの可愛らしい……男の娘。


「ようルア。お前ら、時と場所くらい考えろよ? どれだけの人がいると思ってんだ。闇討ちされるぞ……」

「こんばんはルアさん……と、そちらは初めましてですね。僕はニア、ルアさんの弟子入り志願者です」

「こんばんはー……って弟子入り志願者ってなんですか、先輩!? しかもこんな可愛い女の子って……何も聞いてないんですが?」

「あ、あの……僕は男なんですが……」

「いや、……えっ? あー、えっと、それはその……すいません」

「ハハ……まあ慣れていますから……」


「そういえばナムとニアさんは一旦お祭り覗きにきた感じか? たしかイベモブ狩るって言ってただろ?」

「おうよ。思っていた以上にドロップが良くてな。そこそこの量集まったし、一回祭りの方も見ておきたくてな」

「ええ。あと、闘技場の中も少しイベント仕様に変わっているらしいと聞いたのでそれも見に行こうという感じです」

「へぇ……」

「ってことで、俺たちは闘技場行ってくるからまたな。あと、……お前ら公衆の面前でイチャつくのも大概にしとけよ?」

「お、おう。じゃあまたな」


 それから、二人でそのお祭りを見て回った。大通りには屋台が立ち並び、輪投げや射的などの現実で見るような物から、お題通りのスライムを捕まえるスライムハントやスキル使用アリの力試しといった、ゲーム世界ならではの物まで、様々で。時間を忘れて遊び倒した。


 そして、0時を過ぎるとNPC達が屋台をたたみ始めた。


「今日は楽しかったですね、先輩!」

「ん? ああ、思っていたより楽しめたな」

「ふふっ、先輩も楽しめてたなら良かったです! ……明日はどうします?」

「明日か……。闘技場の方を見に行ってみるのはどうだ? 結局、行けなかっただろ?」

「良いですね! じゃあそうしましょ。待ち合わせ場所と時間は、また明日連絡しますね」

「別に今日と同じで良いん……あーいや、なんでもない」

「ふふっ、少しは考えがわかってくれました?」

「なんとなく。自信は無いけどな」

「それで良いです。時間はあるんですから。ゆっくり理解してくださいね?」

「努力はするよ……」


 この日は、とても長く感じ、しかし一瞬にも感じた。


「先輩! 今日はありがとうございました。また明日です!」

「ああ、また明日な」


 実夜がダイブアウトしてからふと夜空を見上げて、一息吐いた。


 明日も俺は、後輩とゲームをする。そう思うと、少しばかり嬉しく感じている自分に気がついて。


 ――俺も、単純だなぁ……。


 そう、小さく呟いた。

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