第20話:後輩姉妹とVRMMO

 翌日、昨日と同じくらいの時間にダイブイン。

 とりあえず称号の効果を確かめに行くかと考えながら門へ向かう途中、後ろの方から話しかけられた。


「あっ、先輩! おはようございます!」

「ん? ああ、ヤミか。おはよう……」


 何か引っかかるものを感じつつ実夜の挨拶に答え、それからすぐに違和感の正体に気がついた。

 ……なんで飛行機に乗ったはずの実夜がこの時間にダイブインしてんの?

 そんなことを考えているとはつゆ知らず、実夜は一緒にいる女性と話していた。背は実夜より少し高く、青色の髪を耳の後ろで纏めていて、少しぶかぶかに見える浴衣のような服を着ている。

 様子を見るに……前からの知り合いぽいな。β版の頃のパテメンパーティーメンバーか?


「ん……先輩? どうかしました?」

「……お前、飛行機に乗ってるんじゃなかったのか?」

「えっ? ああ、延期です延期。台風で飛行機が飛ばなくなって、そんなに急いでるわけでもないし良いかなーって感じで。っと、そんなことより紹介しますね」


 実夜はそう言って隣の女性を示して。


「姉のリカです!」

「どうも! ヤミの姉をやってるリカです!」


 プレイヤーネームは頭上に表示されていたからわかっていたが……立夏りつかか。


「リカって……リアルネーム一文字抜いただけなのな」

「別に良いでしょ。良くある名前ってことで。……それよりも聞いておきたいことがあるんだー」

「……なんだ?」

「あっ、実夜にもね」

「えっ、なに……?」

「二人とも……一昨日のデート楽しかった?」


 これは答えると弄られるやつだ。コンマ一秒の実夜とのアイコンタクトの後、話をはぐらかす方向へ向かう。


「そういえばリカはなんの武器使ってるんだ?」

「あっ、そうですね。リカは……」

「もしかして……楽しくなかった?」

「「そんなことは……って、はっ!?」」

「……わざとやってんの?」

「「違うわ!」」


 するとリカは軽く肩をすくめて。


「まあ楽しそうだからいいけどさ。いいかげん、お互いの関係、ハッキリさせときなよ?」

「関係って? 先輩と後輩の関係、ですよね先輩?」

「そうだな。それ以上でもそれ以下でも無いと思うが」

「……本気で言ってる?」

「「……?」」


 リカは俺たち二人の様子を見て「はぁ……」と、あからさまなため息を吐いた。


「あのさ? この際だから言っておくけど普通、異性の先輩の家に後輩が泊まるとかありえないからね?」

「「あーたしかに」」

「あと、ただの先輩と後輩の関係なら月一で会ってたりしないから!」

「「えっ!?」」

「お互いのほかに、そういうことする人っていないでしょ?」

「「……そうだな(ね)」」

「それから、出会い頭に『だーれだ!』とか恋人同士でもそうそうやらないよ?」

「「…………」」


 うん、まあ、たしかに……。いや、実夜もそんなしょっちゅうやってるわけじゃ無いし……。


「だから、お互いの関係をさ。見直しといた方がいいんじゃないかなって、姉として思うわけですよ」

「……アレは先輩をからかっていただけで、他意はないですよ?」

「……他より少し仲がいい先輩と後輩の関係、で良いんじゃないか?」

「はぁ……二人がいいならいいけど、後悔はしないようにね? っと、とりあえずリアルの話はおしまい! で、私の武器だっけ?」


 ああ、そういえば始めそんな質問をしてたな。


「私はねー……じゃじゃん! これです!」


 そう言って浴衣の袖を握った右手を突き出してきた……が、何も持っていない。


「これ……ってどれだ?」

「あのー、先輩。リカはちょっと特殊でして……」

「いや、特殊って。暗殺主体のナムとか二つ名持ちのヴァイオリン使いとか見てきたからな。あるとしたら……【拳】スキル主体とかか?」

「あってるっちゃあってるけど……違うかなって感じだねぇ。」

「リカはですね、【舞踏】スキル主体の、踊り子です」

「えっ?」

「武器っていうのは無いんですけど、あえて言うならその両腕の弛んでる袖ですかね」

「どやぁ…………!!」


 りっかはそう言って両手を軽く振って袖をヒラヒラしてアピールしてきた。ドヤ顔はスルーで。


「つまり、どういうことだ?」

「【舞踏】ってスキルはですね。少し変わったジョブでして……」

「ふっふっふ。踊り子の攻撃は華麗に舞って、美しく……殴るの! あっ、蹴りもありね!」

「殴るって……ヒラヒラなんだよな?」

「ヒラヒラのついた衣装は『踊り系アーツ』に大幅補正がかかるんですよ。いまリカが装備している奴は武器にもなるやつで」

「これはねー、仕込みなのだよ」

「仕込み? っていうと仕込み刀とかそういうやつか?」

「簡単に言うと、ヒラヒラ部分に鋼鉄がしまい込んでありまして」

「ほら、こんな感じ!」


 そう言ってりっかが両腕を縦に軽く振ると、バサッという布に何かが当たったような音が聞こえて。


「ほれ、この袖のヒラヒラ部分を触ってごらん?」

「うわ、ほんとに硬いな……」


 表面の布は変わらず風で揺れているが、触るとたしかに硬い金属の感触がした。


 ……これ、攻撃の直前でやったらえぐいな。一見しただけじゃ分からないってのがやばい


「ふふふっ、これで近距離戦でも問題ないのだよ……と、いいたいところだけど。重いんだよね、これ」

「まあそうか。簡単に考えて両腕に常に鉄の塊ぶら下げてるわけだもんな」

「だからこれ使うのは対人戦に行くときくらいだね。さすがにつらい」


 そう言いながらりっかは装備を変えた。先ほどまで赤色の浴衣だったのが水色の浴衣になった。どうやらこっちには鉄板は仕込まれてないらしい。


「あっ、先輩。そういえば見ました?」

「いや、何を?」

「イベントの告知ですよ! 日付け決まってましたよー」

「おっ、マジか。ちなみに内容って書いてあったか?」

「書いてはいませんでしたけど、β版の頃と同じならアレかなーっていうのは」

「ああ、そういえばβ版の頃にあったとか言ってたな。……言うとネタバレになるやつか?」

「別にどんなイベントかくらいはネタバレにはなりませんよ、もしそれならすぐにわかるでしょうしね。β版の頃と同じならお祭りイベントのはずです」

「お祭り?」

「β版の頃は期間中の18時から24時まで、お店が立ち並んだり、ステージイベントがやったりして、最終日にはお偉いさんからの話が……まあわかりませんけどね」

「へぇ……それで日程っていつなんだ?」

「明日、明後日、明々後日の三日間ですね」

「……早くね?」


 普通はイベントの告知とか一週間前にはすると思うんだが……今回は事前に『第三の街到達者3000人』ってのが言われてたから、まだいい……のか?


「NDOってこんなもんですよ? なんていうか、イベントは『時間があったら参加してね』くらいなものですからね」

「あー、まあそりゃあそうか。まだ第三の街着いていない人もいるわけだしな。必須要素ってわけでもないのか」


「ところで、つかぬ事をお聞きするがルア君。この後の予定は空いているかね?」

「ん? まあ空いてるっちゃ空いてるな」


 称号の効果を確認しようとも思っていたが、別に急ぎでもないしな。


「じゃあ先輩! 一緒にクエスト行きませんか?」

「ああ、行くよ。どんなクエストなんだ?」

「ふっ、聞いて驚くなよ小僧。私が発見したのはなぁ!」

「なんとエクストラクエストなんですよ!」

「ちょっと! せっかく私がセリフ考えてたのに」

「……リカはどういうキャラなんだ」

「あっ、私は泣く子も黙るさすらいの踊り子って感じで!」

「……さっぱりわからん」


 まあ、りっかのキャラがぶれっぶれなのはいつものことか……。


「……それで、エクストラクエストっていうのは?」

「あーはい。普通の、ギルドで受けるクエストとは違って、住民との会話から発生するんですけど……実はこれ、β版には無かった追加要素なんですよ!」

「へぇ……ってことは事前情報とかも一切無しか」

「そういうことです。……っとそんなことより、先にクエストの受注人数の更新に行きますよ」

「受注人数の更新?」

「そうです。既に二人で受けてたんですけど、依頼主の方に言えば最大1パーティー、つまり5人になるまでは増やせるんです」

「ああ、なるほど。それで受注しに行くわけか」

「はい。で、その前に、ジョブは大丈夫です?」

「ん? 大丈夫っていうのは?」

「クエスト進行中はジョブが変えられなくなるんです。スキルはそのジョブのキースキル以外は自由に変えられるんですけど……」

「そうだったのか? 割と衝撃の事実なんだが……」

「そうです? あっ、じゃあ同じようにクエスト進行中はレベルが上がらないっていうのも?」

「……全く知らなかったよ。レベルが上がらないっていうのは経験値が入らない、ってことか?」

「いえ、経験値がクエストクリア時にまとめて手に入るんです。ただ、クエストを受けてからレベルを上げて突破! ってことができないようになってるんですよ」


 へぇ……そのシステムは必要なのか? と思わないでもないが、まあゲームシステムに文句を言っても仕方ない。


「じゃあちょっと待ってくれ。まだ料理した時のスキル構成のままだ」


 料理をしている間は【料理】以外を殆ど外してジョブを『料理人』にしていたからな……このまま行ってたらやばかった。


 いつもどおりの構成でいいかと思っていたが、そこで一つのスキルを見て手が止まる。


「あーどうするか」


 そのスキルとは【アーツ縛り】。これを近距離で回避しながら弓を使うなら必須だろう。しかしアーツ縛りか……きっと使った方が火力は高いだろう。


 そして10秒ほど悩んだ末、【アーツ縛り】をアクティブにする。


 いや、別にマゾってわけじゃない。ただ、しばらくアーツなしでやっていたからアーツを使った戦闘き慣れてないってだけだ。

 アーツというのは溜め時間がある分どうしても今までの『通常攻撃』主体の戦い方とは変わってくる。さすがに慣れていない状態で実夜とりっかに迷惑をかけることは避けたいからな……あと、リリィにまんまと騙されていたってことを、実夜に知られたくないってのも少しあったりする。


「どうかしましたか?」

「いや、なんでもない。それで、スキル編成は終わったから、受注人数を更新するために依頼主に会いに行くんだろ? 誰なんだ?」

「それは行けばわかりますよ。じゃー付いてきてくださいね!」


 そう言って実夜はさっさと歩き出した。


 しばらく行くと実夜が突然止まって、くるっと振り返る。


「ここです!」


 目の前には闘技場が見える。しかし実夜が立ち止まったのはそれより十数メートル手前側の一件の建物。看板には布服を模したようなデザインのエンブレムが描かれている。

 見覚えのあるこのエンブレムはたしか……


「服飾店……だったか?」

「そんな感じだよー。私が今着てるこの浴衣みたいな服もここで買ったんだー」

「へぇ、布製の防具が売ってるんだっけ?」

「そうですね。弓を使っていれば装備は布製の軽いものにすると思いますから、先輩も一度は時間を作って足を運ぶと良いと思いますよ。今日はクエストをやらないとですから、ゆっくり見ることはしませんけどね」


 そう言ってから扉を開け、「お邪魔しまーす」と言って入っていく。俺とりっかも実夜に続いて入った。


「あら。いらっしゃい……ってヤミちゃんとリカちゃん……と、そちらは見ない顔ね。依頼のこと?」

「こんにちは。シェラさん。依頼を手伝ってくれる人がもう一人見つかったので」

「そういうことね。もちろん、ありがたいのだけれど……紹介してもらえる?」

「はーい。こちらはルア君。私と同じ弓使いです。それで……先輩、こちらがこの服飾店の店長さんであり、クエストの依頼主、シェラさんです」

「ルアです。よろしくお願いします」

「うん。やっぱり君がルア君なのね」

「……『やっぱり』ってどういうことですか?」


 聞いた後、お前か? と実夜に視線を向けたが首を傾げただけだった。

 じゃあ誰だろうとシェラさんに視線を戻すと、どこか楽しそうに。


「リリィちゃんよ。『近々、わたしの友達がお邪魔するかもだから、そのときはよくしてあげてー!』って。あの子、久しぶりに声聞いたけど、元気そうで良かったわ」


 そう言ってふふっと笑った。


「えっ、リリィと知り合いなんですか?」

「ええ、もちろん。この辺の店主さんはみんな知ってると思うわよ? あの子ひたすらに元気でいつも笑顔で。みんな可愛がってたから」

「笑顔って……ここに居たんですか?」

「あら、知らなかった? あの子、生まれは天界らしいけど、ここで育ったのよ?」


 ……全く知らなかった。


「まあ、そういうわけだから。よかったらサービスするから、時間があったらまたきてね」

「はい。ありがとうございます」


 そしてなんの問題もなく、俺もクエスト受注ができた。


「さて、よく知らない名前が出てきたりしたけど、これでやっと行けるわけだね!」

「あーリカはルア君のフレンドのこと知りませんもんね」

「うん。少し気にはなったけど、まーいいかなって」

「ああ、説明も面倒だから、気にしないでくれると助かる……それで、南の山肌に空いた横穴って、場所はわかってるのか?」


 依頼の内容を聞いたところ『南の山に見慣れない横穴が空いていて、そこから不気味な物音がするから調べて欲しい』ということだった。


「見慣れない横穴ってことは第一の街からこっちに来るときに通ってきた洞窟じゃないってことだよな?」

「そうですね。でも以前聞いたことによると、通ってきた洞窟での素材回収をした帰りに見つけたらしいですから、洞窟の近くから探していけば見つかると思います」

「とは言っても、まだ見つかってないからねぇ……」

「シェラさんに道案内してもらうわけにはいかないのか?」

「時間が無いんですよね……服飾店の休日って毎週水曜日なので」

「ああ、なるほど……」


 今日は土曜日。服飾店の休み、つまりシェラさんが時間を取れるまでにはまだ4日もある。


「休みの日になったら案内しますから、とは言われたんですけど……」

「でも、それまで待てないと」

「だってエクストラだよ? もし誰かに先に見つけられちゃったら!」

「どうなるかわからないじゃないですか!」


 りっかの言葉を実夜が継いで言った。……この姉妹ほんと仲良いなぁ。



「それで、この辺一帯のどこかしらにあるわけか」


 目の前にあるのは普通の成人男性なら5人は横に並んで通れるくらいの大きさの穴。これは第一の街から来たときに通ってきた洞窟の出口だ。


「東側はある程度探したので、あとは西側なんですけど」

「西側ねぇ……」


 パッと見た感じでは、どこまでも続く岩肌しか見えない。


「横穴がどのくらいの大きさかってわかるか?」

「いえ……そこまで大きくはないとは聞きましたけど」

「……地道に探すしかないのか?」

「たぶん、そうですねぇ……」


 それから30分程、洞窟の西側を探索したが。


「無いよー……」

「無いな……」

「無いですね……」


 洞窟の出口付近に戻ってきて、三人でため息を吐いていた。


「そもそも、帰りに横穴に気づいたってことは、それだけ近くだったわけだろ? ならこの辺りにあると思うんだけどな……」

「うーん、まさか岩肌に空いた横穴じゃなくて洞窟の中に空いた横穴だったり……」


 そう言いながら実夜が洞窟の中へ入っていった。すると。


「……あっ! もしかしてアレじゃないですか!?」

「えっ、見つかったのか?」

「こっちです。こっち!」


 手招きされた方へ行くと、『見て見て』と言うように、実夜が少し上の方を指差した。その人差し指の示す先を見ると。


「……アレか?」

「たぶん、そうじゃないですか?」

「見つかった? さっすがヤミ! 姉として誇りに思うよ……!!」


 洞窟に入って少しのところにある、天井が高くなっている場所。そこの壁、地面から2メートルほどのところに、大人一人がしゃがめば通れるくらいの穴が空いているのが見えた。


 そしてそこに近づいていくと。


 グオオオオオオォォ


 うなり声のような声がその穴の奥から聞こえてきた。一瞬、空洞音かとも思ったが、違う。もっと生き物らしさを持った重低音だ。


「……ボス戦あるか?」

「……あっても、おかしくはないかもしれませんね」

「おー、やっと楽しくなってきたぁ!」


 リカが満開の笑顔で言った。それに関しては同意だ。

 やっぱり、未知のダンジョンっていうのは、どうしたって興奮が鳴り止まない。


「では準備はいいですね?」

「おう!」

「もちろんだよ!」

「では行きましょーっ!


 俺が初めに横穴へよじ登り、上から実夜とりっかを引き上げて。


 さあ、何が待っているのか。

 俺は高鳴る胸を抑えつつ一歩奥へ歩みを進めた。

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