第9話:初めてのクエスト(前編)

 第二の街の教会に転移すると、とりあえず神父さんらしき人にこの教会の依頼について尋ねる。すると……。


「護衛依頼を受けて下さったのですか! ああいえ。1時間ほど前に急遽出した依頼で、締め切りがあと10分後でしたので、もうほとんどあきらめていたんですよ……っと申し遅れました。私はこの教会で司祭を務めている、モルドと申します」


 おそらくこの人の言う護衛依頼とは先程受注したものだろう。『種別:護衛』のような表記を見た気がする。


「俺はルアと言います。依頼の詳しい内容を聞かせてもらえますか?」


「もちろんです。こちらへどうぞ」


 それからモルドさんに小部屋に案内され、椅子に着き説明を聞く。


「今回依頼するのは巫女見習いの方の護衛です」


「巫女……ですか?」


「ええ。あと5分ほどでお見えになると思います。それから説明をいたしますので、少しばかりお待ちいただいてもよろしいですか?」


 すると返事をする前にノックの音が響いた。


「どうぞ」


 モルドさんが返事をすると扉が開き一人の女の子が入ってきた。頭上にネーム表示がある……ってことはプレイヤーか。


「こんばんは~、少し早いですけど来ましたー……っと、お取込み中でしたか?」


「いえ、ちょうどよかった。彼が護衛をしてくれるそうでね」


「護衛? …………えーっと、モルドさん。巫女見習いとして最初の講義って聞いたんですけど……?」


「ああ、説明していませんでしたね。巫女になるのに『浄化技術士』の資格が必要ということは話しましたよね? 本日はそれの基本である『浄化』を教えるのですが、その場所に少しですがモンスターが沸くので、冒険者の方に護衛していただくんですよ」


「あー、なるほどです」


「ああ、そうでした。ご紹介しますね。こちらが先ほどお話ししました巫女見習いのヒスイさんです」


「ヒスイといいます。よろしくです」


「ルアです。こちらこそ、よろしくお願いします」


ヒスイさんは水色のショートヘアで、優しそうな雰囲気だ。……身につけてる装備品が見るからにランク高そうだから廃人の可能性は否めないけども。


そんな風なことを考えているとモルドさんが話し始める。


「それでは具体的な話をしますね。まず今回の目的ですが、先日からアンデッドモンスターが現れるようになった北の墓場にある魔法陣が瘴気に穢されてきているようですので、それを浄化することです。その時にヒスイさんに浄化方法をお教えします。ですが浄化している間は無防備となってしまうので、ルアさんにはその間の護衛をしていただきます」


「アンデッドというと……?」


「ちゃんと弔われずに死んだ者の霊魂が形となって現れるものです。……ああ、レイス系のゴーストとは違いちゃんと実態はあり“攻撃が効かない”といったことはありませんので安心してください。それに現れるのはせいぜい下位アンデッド、強くて中位程度でしょうから。………と、ほかに何か質問はございますか?」


「いえ、大丈夫です」


「はい。それでは早速北の墓場へ向かいましょう。ヒスイさんもよろしいですか?」


「はい。大丈夫です」



 ウルディアから北へ馬車に揺られ数十分。山脈の麓にある鬱蒼とした林の中にその墓地はあった。馬車を降り、まともな明かりもない、どこか嫌な空気の漂う不気味な墓の細い道を歩いていく。


「墓地のエリアに入りましだが……まだアンデッドの気配はありませんね」


 先頭を歩くモルドさんがそう言った。


「気配が……わかるんですか?」


「仮にも司祭ですから、【霊感】のスキルは持っていますよ。まあ、察知できるのはアンデッドに限られるので、役立つことは少ないですけどね」


「へぇ……司祭になると覚えられるんですか?」


「ええ、そうですね。加えて言えば司祭以外にも神官や巫女、あとは聖女や聖騎士も覚えると聞きます」


 巫女っていうと……。


「ヒスイさんも持ってるんですか?」


「いえ、持ってませんよ。巫女見習いのクエストをいくつかクリアして初めて『巫女』のジョブになれるスキルが揃うんですよ」


「へぇ……って詳しいですね。やっぱりβからやってるんですか?」


「はい。運良く当たりましたので!これでもβ版の頃はそこそこ有名だったんですよ?」


 そしてそのままヒスイさんと色々と話し始めた。


「ちなみにどうして巫女に?」


「分かっているジョブの中で一番、瞬間回復力が高いからですね。パーティーを組むなら白魔導師の回復がコスパ最強なんですけど、私これでも生産職ですから!」


「生産職だと、巫女になるんですか?」


「うーん、まあそうですね!説明は省きますけど、割と金策に良いんですよ。たぶん調べたら出てくると思うので気になったらググって下さい!それでルアさんはジョブなんなんですか?」


「ああはい。俺は弓闘士ですね」


「えっと、きゅうとうし ですか?」


「読みは合ってるか分かりませんけどね。弓に闘う士で弓闘士です」


「んー? 聞いたことないですね。……まぁジョブとか無数に存在しますからねぇ。ちなみにキーになってるスキルって何か分かります?」


「β版からやってる知り合いは【弓】と【拳】が条件かもって言ってましたね。まぁ、その人曰くどちらも不人気らしいですけど」


「まぁ……たしかに不人気ですね。【弓】と【拳】ですか。それはまた茨の道を選んでしまったようで」


 そんな風に駄弁りながら歩みを進めていくとモルドが立ち止まった。


「着いたんですか?」


「ええ。そこに見える大きな墓を中心に描かれてる魔法陣を浄化します。……それにしても中央まで来てもアンデッドの気配が全く無いとは、『幸運だった』で片付けて良いものかどうか……。何にせよ、アンデッドのいない今のうちに魔法陣を浄化してしまいましょう。ヒスイさんはこちらへ。スキルをお教えします」


 そして二人は魔法陣の浄化を始めた。俺は周囲を警戒しているが今のところ特にアンデッドは出てきていない。


 すると浄化をヒスイさんに任せたようでモルドさんがこちらにやってくる。


「浄化の方は大丈夫なんですか?」


「ええ。スキルは教えましたので、あとは時間の問題でしょう。……っと、それよりも、たった今アンデッドの気配が東に現れました。大きさからすると中位程度のやつが一体だけですが、護衛の方よろしくお願いします」


「分かりました。距離ってどのくらいか分かりますか?」


「少々お待ちを……約800mほどですね。木がところどころ生えていて姿は見えませんが、近付けば唸り声が聞こえると思います」


 800mか……ちょっと遠いな。倒してる間に別の方角から来るかも分からないし……。


「了解です。近付いてきたところを倒す……って感じでいいですかね?」


「ええ。他に現れる様子はありませんが、万が一ということがありますから。それでお願いします」


 それを聞き、俺は浄化中の魔法陣が見える位置にある手頃な木に上り、弓を用意しつつ東側を観察する。


「……ん? 今なんか居たな」


 だいたい600mくらいか? 木とか葉とか墓場とか、障害物が多くてしっかりと姿は確認できなかったが、一瞬見えた様子は完全にゾンビのそれだった。


 腕は力なく下へと伸ばし、足取りは重く、人の歩行より遅いくらい。目のあるはずの位置は黒く穴が空いており、頰の皮膚は爛れて、場所によっては緑色の謎の液体が垂れている


「結構見た目ヤバイな。……っとまずは一発」


 距離があるため精密射撃は難しいが、昨日の練習のおかげか数回に一度は当たるようにはなった。


「全然倒れないな……。中位ってこんな強いのか?」


 今のところ八発程当たったが、こちらへの歩みが止まる様子は無い。

 来る途中に聞いた話では下位だと農民でも頑張れば倒せるレベル。中位だと下位に比べ格段に強いが、そうは言ってもフォレストウルフと同等か少し上程度らしいからそう苦労はしないと踏んで居たんだが……。


「じゃあ上位か? ……ってそれも無いんだよな」


 ゾンビ系上位種はジェネラルゾンビと呼ばれ集団で襲いかかって来ることが特徴らしく、一匹だけということはまずないとのこと。


「うーん……ってこういう時に【鑑定】を使えばいいのか」


 今まで一度も使っていなかった【鑑定】を使用する。スキルLv1だけど……大丈夫か?

 そんな不安もあったが、どうやらLvで変わるのは内容の量だけで、Lv1でもモンスターの名前だけは確認できた。


 =================


 NAME:ゾンビイーター

 Lv:???

 Info:特殊変異したゾンビ


 =================


 ……いやいや、ゾンビイーターってそんな分かりやすいのあるか? ……あるんだよなぁ。ああ、だからこいつ一体しかいないのか。


 とりあえず中位ゾンビじゃないってことは分かった。要は レアモンスターみたいなことだろう。



 ……さて。鑑定によって奴の正体が判明したあと幾度も矢を射続けたがやはり一向に倒れる気配を見せない。


 そしてもう距離は100mを切った。さすがにそろそろ肉弾戦に切り替えた方が良さげか。でも近接武器になるものって矢と解体用のナイフくらいしかないんだよなぁ……。

 ちなみにナイフは解体場で売ってくれた安いやつだ。


「って考えてても仕方ないしなぁ」


 とりあえずナイフを片手に木を飛び降りてゾンビイーターへ向かって駆ける。


「まだこいつの攻撃手段が分かってないわけだが……」


 挙動に注意しつつ、すれ違いざま右腕をナイフで切りつける……って危なっ!?


 俺が横を通る瞬間鈍足な歩行からは想像もつかない俊敏さでこちらを噛もうとしてきた。……いや、食べようとしたんだろうな。こっわ。


 間一髪のところでその攻撃を躱し、ある程度距離をとる。するとゾンビイーターはこちらを敵……食料かもしれないが……と認識したようで歩みを止めこちらを向き。


「ヴォヴァアアアア」


 喉から捻り出したような呻き声を上げ、こちらに駆け出……


「はあ!?」


 駆け出した!? いやいやいやいや、さっきまでめっちゃ鈍く歩いてただろ! なに急に本気出してんの?


「あっ……ぶねぇよ!!」


 首筋への噛み付きをしゃがんで躱し、足払いで転ばせる。


「やっぱりバランスは良くねぇみたいだな」


 ゾンビイーターは片足を掛けただけで前のめりに倒れた。しかし倒れる間際右腕でこちらに掴みかかってきた。


「おっと、危ねぇな。……って腕使えたのかよ」


 それを左に避けると同時に首筋をナイフで掻っ切る。


「くっそ、無駄に首の皮厚いな……って、なんだ……。 白い線……?」


 たった今作った切り傷のそばに光る白い線が見えることに気がついた。


「これって……もしかしてアレか?」


 思い当たる節はあったため、一旦距離を取り、ゾンビイーターの体をよくよく観察してみる。するとやはり体中の至る所に光る線が見えた。俺の予想通りなら、これは解体の『誘導線』だろう。


「ははっ……」


 俺はつい笑みをこぼした。解体は骨に引っかからないよう、柔らかい部分を切りったり、また骨を抜いたり、皮を剥いだりする。つまり……。


「この誘導線通りに切ってったらどうなるんだろうなぁ?」


 そう、これはゲームだ。ただ、敵の攻撃を躱しつつ決められた線を一定以上の深さで切る。つまりこれは一種の『避けゲー』


「VRの避けゲーはそこそこやり込んでた時期があってな……。多少は鈍ってるだろうが、それでも基本は把握してる」


 VRの避けゲーは二年前アイツ実夜の家に入り浸ってやってたゲームであり、俺がアイツより高いスコアを取れた唯一のゲームだったりする。


「さて、第二ラウンドといこうか」


 ゆっくりと起き上がり、心なしかこちらを睨んでいるように見えるゾンビイーターに対し、俺は軽く笑みを浮かべたままナイフを構え直した。

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