第2話:バーチャル世界

 サービス開始まであと二十分という頃、俺はダイブインした。


「よう。あと二十分だけど、それまではここなのか?」


「はい。サービスが開始されると自動的に転移されますので、それまではここですね」


 ダイブインすると以前と同じAIが出迎えてくれた。


「そういえばお前に名前はあるのか?」


「ああ、名乗っていませんでしたね。私はLily-100リリィと申します」


 音だと『Lily』だけなのだが、何故か後ろに-100が付いていることが理解できた。


「後ろの『-100』ってなんだ?」


「あっ、それはプレイヤーネームに使用できない文字である『-』とAIの型式を示す数字ですね。気にしなくても問題ありません」


「じゃあリリィって呼べばいいな。いくつか質問いいか?」


「はい。私に答えられることなら大丈夫ですよ?」


「なら一つ聞きたいんだが、『称号』ってなんだ? メニューのステータスから見れたんだが」


「ああ、はい。『称号』は『スキル』と同じように特定の行動や言動によって手に入るものですね。それぞれにステータス補正効果があります。マイナスだけだったりプラスだけだったり色々ですが。あと偶にステータス補正が無い全くの飾りだけの称号もあったりしますね」


「へぇ。……因みに『スキル』と同じように『称号』は破棄ってできるの?」


「いえ、できませんね。ですからスキルと違って、要らないと思っても外せません。加えて言うと、偶に特定の行動や言動によって『称号』が成長? するとかなんとか。

 すいません。あまり関係ない辺りはちゃんと学んでいないんです」


 まぁそうか。AIだしな。学んでいないことは分からないわけだ。


「いや、謝らなくていいけどさ。……あっ、あともう一ついいか?」


 そして俺はさっき暇を潰しているときに一つ考えていたことを実行しようと思う。


「はい。何ですか?」


 っと、その前に確認な。


「ここにまた来ることってできるのか?」


「基本的にはできないと思われます。もしかしたら何かしらの手段がある可能性はありますが……」


 やっぱりできないのか。じゃあ……。


「AIもフレンド登録ってできるのか?」


「……一応機能としてはありますが」


 それを聞いて俺は一つの望みを口にする。


「俺とフレンドになってくれないか?」


「えっ?」


 ふむ。まあそう言う反応になるだろう。だが、絶対にAIでも可能性はあると思うんだよな。だから試してみたんだが。


「……やっぱり無理か?」


 無理だよなぁ。美少女AIとフレンド通信できるとか超嬉しいからダメ元の精神で言ってみたけど。


 因みに先にもうここに来れないか聞いたのは断られたときに確実に逃げるためだったりする。ダイブインする度に顔を合わせるんだったら絶対フレンド登録なんてお願いしなかっただろう。いくらAIとはいえここまでリアルっぽい反応をされると気まずくなる。


「えっと……良いですよ? フレンド登録の方法は学んでいるので」


 えっ? 


「良いのか? ……なら頼むわ」


「はい! では申請を送りますね」


 と、Lilyは笑顔で答えてくれた。


 そうして俺はLilyとフレンドになった。やばい、超嬉しい。リアルだと殆ど連絡先知ってる人居ないもんなぁ。


 それから俺はリリィ暫く話していた。

 本当にAIかよ……というレベルで自然に会話できていた。


「あと一分でサービス開始となり、街の港へ転移します。あと、フレンド通信はいつでもお待ちしておりますので!」


「ああ。じゃあな」


 最後にそう言って目の前が暗転した。



 気づくと俺は船の上にいた。周りを見ると同じようなプレイヤー達がいる。そして視界の右上に通知マークが出て①と表示されているのに気付いた。俺がそれを確認しようとしていると……。


「着いたぞー! 始まりの街『アディエル』だ」


 そう言ったのは船長の様な住民NPCだ。

 そして船はアディエルの港に着き、そしてプレイヤーが順番に降りていく。


 とりあえず噴水広場だっけ? に行けばいいんだよな。

 実夜に聞いていた通り、港から大きな道を真っ直ぐ進むと噴水のある開けた場所に出た。

 ここで待ってりゃ良いのか。と噴水横に設置されたベンチに腰掛けて待ちながら先程気付いた通知を確認する。


 《【称号:私の初めての友達! 】が追加されました。》


 と、それだけ出ていた。称号はステータス画面から見れたよなぁ、とステータス画面から称号一覧を開くと一番上に『New』というマークが左上についた称号が一つあった。

 どうやれば詳細が分かるかな。とりあえず長押しか? と長押しすると詳細の説明が開いた。


【称号:私の初めての友達! 】

 VR AI "Lily" 初めての友達。

 効果:他の人に優しくすると良いことがあるかも? 


 ……いや、何これ。つまり Lilyとフレンドになる人が出ることは想定内だったわけか。まあじゃないとAIにフレンド機能追加しないよね。

 それはともかく、何この効果。他の人に優しくすると良いことってアバウト過ぎない? ……見なかったことにしよう。


 ということで詳細画面をそっと閉じた。うん。俺は何も見なかった。それで実夜はまだかなーと思っていると急に視界が塞がれて。


「だーれだ! 答えないなら明日の昼食はルア君の奢りになるキャンペーン中っ!」


「その頭の悪そうなキャンペーンはやめろ、み……じゃないなヤミ」


「今、リアルネームを出そうとしたので明日の昼飯と夕飯はルア君の奢りになりました! よろしくお願いしますね」


 そう言って俺の目の上に置いていた手を外し、こちらに笑顔を向けてくる。

 やばいよこの人、超うざい。


「はぁ……。とりあえずフレンド登録しようぜ」


「あっ、そうですね。じゃあ私が申請を……っともう送ったんですね。申請を許可して……、これでフレンドになりましたね」


 そう言ってから何故かこちらに近づいて耳元でもう一度小さく囁く。


「私の"初めて"(のフレンド)、先輩に取られちゃいました」


 何故その表現を選んだ……? あとその表現をするならLilyの"初めて"も俺が貰ったことに……いや、これ以上はやめておこう。

 なんとか実夜の恥ずかしいセリフをスルーするように答える。


「リアルの呼び方をしたから奢りは無しな」


「えー? そんなこと言ってめっちゃ赤くなってるじゃないですかー。おやおやぁ? もしかして意識しちゃいましたぁ?」


 嘘だろ? 俺の顔が赤くなってるというのか……? それはともかく、こいつ……めっちゃニヤけながら煽って来やがる。


「まぁ、冗談はこのくらいにしておいて、初めはギルドに行きますよ。私も登録しないと」


「へぇ。なら早く行かないと混むんじゃないか?」


 受付みたいのがあるんだろうし、登録というからにはそういうとこでやるんだろうと思って聞くと。


「ああ、大丈夫ですよ。そこはゲームなので、少し混雑はしてるかもですけど受付の人に"注目"すれば勝手にウィンドウが出てくる筈です」


 何その便利仕様。まあそうか。始めるために列に並ばないといけないゲームなんてそうそう無いよな。


「じゃあ行きますよー。ちゃんと付いて来てくださいね? 迷子になっちゃうかもしれませんから!」


「お前……ほんといちいち一言多いな」


 そう言ってヤミに連れられてギルドへ向かった。


「着きました! ここです!」


 そう言われて立ち止まったのは三階まである横に大きな建物。中に入ると人が多かったが、一階にはいくつも受付があり、広々とした空間が広がっていた。


「……随分広いな。これならすぐ登録できるか……」


「とりあえず左端の受付が空いているのでそこでいいですね」


 そして受付に立つNPCに注目すると。


『ギルドに登録しますか? 』《Yes/No》


 と表示された。俺が《Yes》を押すと『登録が完了しました。ギルドの使い方についてのヘルプが解放されました』という文字が出て、数秒でそのウィンドウは消えた。


「できました? では次に依頼を受けに行きましょう……でもその前に、パーティー組みません? 依頼はパーティーか個人で受けられるんですけど、パーティー報酬の方が美味しいんですよねー」


「ああ、じゃあパーティー申請送るよ……ってもう送られてきたな。じゃあYesで……っと。


「……さっきフレンド申請を送ろうとした時にすぐ送られて来た、あのなんとも言えない気持ち分かりましたかか?」


「ん? ……あー、でもこれ謝るもんじゃ無いよな?」


「たしかにそうですね、ただ受け取った側が少し引っかかりを覚えるだけですので。じゃあ謝る代わりに明日の昼、私にご馳走してくれればいいんじゃないですか?」


「いや、どんだけ奢らせたいんだよ……」


「奢りじゃなくても、作ってくれても良いんですよー?」


「そうするとお前がうちに来ないとならないだろ? 流石にそれは避けるわ」


「えー、良いじゃないですか。近所ですし。たぶん一番近くの喫茶店より近いですよね? ……あっ! もしかして、先……じゃなくてルア君が家に一人だから気を遣ってるんですか? 大丈夫ですよ! あのルア君ですよ? 女子力高めなヘタレ童貞ルア君ですよ? 間違いなんて起きませんって!」


「後半の罵倒には流石にちょっとイラッとしたがな。

 はぁ……まぁいいわ。そこまで言うならうち来いよ。家は知ってんだろ?」


「あっ、りつねぇも連れてっていいですか? 明日から母が出張で、家に姉妹二人しかいなくなるのて流石に一人は……ね?」


「……お前始めからそのつもりで言ってただろ。良いけどよ。りっかにはちゃんと明日でもいいから言っておけよ」


「ええ、勿論ですとも。じゃあ依頼受けに行きましょうか」


 そこでふと気付く。

 ……あれ? なんか話の流れで俺がご馳走するって言っちゃったけど、俺がご馳走する理由何も無くない? 嵌められたのか? と思っていると、実夜がこっちを見てニヤニヤと笑っていた。

 あっ……これは確信犯ですわ。乗ってしまった俺も悪いんだけどよ、釈然としねぇ……。


 依頼版は入り口のすぐ隣にあり、また"注目"するとクエスト一覧が出てきた。パーティーリーダーがヤミだから俺は受注できないようで、一覧にあるクエストの名称が灰色になっていた。


「じゃあとりあえず、基本のホーンラビットの討伐を受けておきますね。因みに討伐系のクエストは受けてから倒しに行かないといけないので、基本的に効率は悪いんですよね。まぁ討伐の方はドロップした素材も売れる分、金策には良いんで今はこっちを受けときます」


 へぇ……流石β勢と言ったところか。


 それから俺は実夜に導かれるままにアディエルから西にある森へ向かった。


 因みに実夜から聞いたところによると、アディエルは平原にあり、北に少し行くと山、西に行くと森、南には平原が更に広がり、東が港で海だそうだ。あと、それを聞いた後でワールドマップについて教えられた。……聞かなくても見れたのね。普通にメニュー開いたら下から三番目くらいに"マップ"ってあったわ。


「着きましたよー。ここら辺にポップする筈です」


「へぇ。そういや索敵スキルとか無いのか? あったらmob探すの楽そうなんだが」


「えっ、ルア君取ってないんですか? 【気配察知】ってスキルが索敵で、初期スキルとして選べたと思うんですが」


 あー、全く気付かなかったな。あったのかー、索敵……。


「あー、そうなのか。でもこのゲームって行動によってスキル手に入ったりするんだよな?」


「えぇ。手に入りますけど、【気配察知】に関してはβの頃も取得方法が見つからなかったんですよね。なんか検証班が色々やってたみたいなんですけど。mobの攻撃を目を瞑って避けたり、見えないところから攻撃を当てて倒したり」


 いや、なんでできるの? 直感というやつか? 


「まあそんな訳で、気配察知スキルは"とりあえず初期スキルで取っとけ"みたいな扱いになってましたね」


「そうだったのか……。お前は取ってるのか?」


「当たり前じゃないですかぁ。どんなジョブになるとしても『気配察知』はあれば凄い便利ですからねー」


「じゃあ索敵は頼むわ。あとお前のジョブってなんなんだ?」


「えっと、私は弓師ですね」


「えっ……弓?」


「えっ……って何ですかその反応。割とアリな選択だと思いますよ?」


「いや、俺のジョブ弓闘士でメイン武器弓なんだが……」


「えっ……あーまぁ、いいんじゃないでしょうか?」


 おい、目を逸らすな、目を。


「一応聞くけど、パーティーとして弓使い二人だけってどうなんだ?」


「えーっと、タンク無し魔職無し物理アタッカー無しの援護、遊撃特化パーティーですね。連携も取りにくいので実質ソロ二人の、しかも敵を見つけたら近くに来る前に倒さなければならないという厳しさもある。少し強い敵が出たら街に死に戻りですね」


 前衛無しで魔職も無しって結構致命的なパーティーじゃねえか? ……拳で行けるか? いや、まだ回復手段も無いし厳しいよなぁ。


「ま、まぁなんとかなるんじゃないですか? とりあえずホーンラビットだけ倒しちゃいましょ」


「お、おう。そうだな。……あっ、そういや武器持ってなくねぇか?」


「ああ、ジョブが決定した時点でインベントリに武器が入ったので、あるんじゃないですか? メニューから装備で」


 ほら、と言うように実夜の手に弓、背中に矢筒が現れる。因みに矢筒には矢が数本しか入っていないように見えるが、実際はいくら取っても減らないらしい。


 言われた通りに操作する。

 ……えーっと、装備で……ああ、これか。

 そこには『初心者用の弓』という表記があった。

 長押しして詳細を開く。


『初心者用の弓』


 Rank 1

 基本的な形状の弓。初心者が基本の型を覚える際に使われる。

 ATK:3


 とりあえず装備してみる。

 装備してからステータスを見てみるとATKに(+3)という表示が付いていた。恐らく括弧内は武器ATKなのだろう。


「なぁヤミ。このRankってなんだ?」


「Rankっていうのは武器とかアイテムのレア度みたいなものだと思ってください。それによって生産難度とか強化難度が変わります。生産しないなら値段が変わるとでも思っていればいいですが。因みに生産系スキルって取りましたか?」


「ああ。【料理】と【調合】を取ったな」


「【料理】取ったんですか! なら先……ルア君の手料理がゲームの中でも食べられるってことですね! 

 スキルレベルによって料理に効果がつくんですけど、腕は殆どリアル通りですからね。スキルレベルが高くても下手な人が作ると効果は高いけど不味いって料理ができちゃうんですよ。

 その点先ぱ……じゃなくてルア君なら安心ですね! 

 ゲームやってる人で料理上手い人がそもそも少ないのに、そういう人ってゲームの中でまで料理作りたくないって人が多いんですよね」


「それで、料理とか洋服にもRankってついてるのか?」


「はい。そうですねー。作った後のでき具合によってRank付けされる感じです。たしかRank3? くらいのを作ると街の広場で露店を出せるようになった筈です」


 へぇ。さっき待ち合わせした噴水広場か? 広かったし。


「なら料理スキルがある程度上がったら露店出しても良いかもな。金策にもなるだろ」


「えー、そしたら私までお金払わないといけなくなるじゃないですかぁ。却下です。却下でお願いします」


 おい、当たり前のように人にたかってんじゃねぇよ。


「あっ、そんなこと言っていたせいでホーンラビットもお怒りのようですよ? ほら、ルア君の後ろに反応が……」


 そう言われて後ろを振り返ると丁度ホーンラビットが茂みから飛び出したところだった。


「……おい、もっと早く分かんなかったのか……?」


 俺がその兎を掴みながら聞くと……。


「いえ、さっきからこっちに向かってくる反応があるなーとは気付いてましたけど、ルア君の良いリアクションが見れるかなと。因みにさっきの反応は二十点ですね。もうちょっと良い反応して下さいよー」


 なんだその理不尽極まりない文句は。


 ホーンラビットは思い切り殴り飛ばしたら光の粒子になって消えた。


「おー。初めてにしては手際が良いですねー。流石二年前うちに入り浸ってVRゲームに興じていただけはありますね。たぶんあの時くらいですよね? ルア君がうちに来てたのって」


「そうだなー。それまではお前らがうち来てたし。あの時は金がなくて、お前らの家でしかVRゲームできなかったしなぁ。

 あっ、それで思い出したんだがりっかはこのゲームやらんのか? 二年前から二人ともハード持ってたしてっきりやるなら二人ともだと思ってたんだが」


「あーはい。りつねぇもやるんですけど、ソフトが手に入らなくて、来週から配信されるダウンロード版の方を買う予定です」


 ああ、そういえばダウンロード版も出るとか聞いたな。サービス開始と同時に始められるのはパッケージ版だけだったけど。


「へぇ……。ところでホーンラビットの討伐って何羽だっけ?」


「えっと、三十羽ですね。あと二十九羽です」


「じゃあボチボチ狩るか」


「あっ! 二人でどっちが多く狩れるか勝負しません? 丁度二人とも同じ武器ですし」


 いや、索敵持ちなんだからお前が勝つに決まってんだろ。


「えー、何ですかその目」


「まぁ勝負はどうでもいいとして、二手に分かれた方が効率は良さそうだしな」


「そうですね。というわけで今から勝負スタートでっ! 二人合わせて三十羽狩ったら通知来ると思うんで、それまで狩りまくりましょう!」


 そして俺たちはそれぞれで狩りを始めた。

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