第19話『水際中の戦い』一
戦闘が落ち着き……集団の隊列が組みなおされた頃。湖が動き出し、湖の周りを洗い流した。
普通ならばその程度で地面に落ちた血が消える筈は無いのだが……それらは全て消えている。更には戦闘の痕跡までも一つ残らず消えており、平和な湖の風景となった。
その少しあとに敵後続の五百が湖の入り口へ到達し、その先頭が進入を開始。
「スケルタルナイトか……あの鎧は見覚えがある。奴らの強さは生前に培った剣術の強さと同等だ、と言われている。装備から見るに恐らく、前線の砦で殺された兵士の成れの果てだろう。ダンジョンを除き通常、死後現世に強い執着のある剣士や騎士がああなると言われている――――が、この数だ、恐らく指揮官は――リッチ」
ギルド長アドルフがそう言ったのと同じぐらい。真っ黒なローブで顔まで隠したリッチであろう者が、僅かに足を地面から浮かせ、湖の入り口に現れた。僅かに見え隠れするその顔を土気色で、一切の生気が感じられない。
「ダンジョン外にいる普通のリッチは不老不死になるために自分からアンデットに堕ちた術師で、そいつの機嫌が良ければ対話も可能だ。――が、魔王軍のリッチは対話に一切応じない。一説によると魔王に作られたとも言われている……。なんにせよ、エルダーリッチじゃなくて良かった。とはいえ……あのリッチの纏っている雰囲気、エルダーリッチ一歩手前だ」
スケルタルナイトの先頭が湖周りの中腹、俺や他の冒険者が隠れいてる場所を通過。先頭のスケルタルナイトは隊列を見つけたのか、カタカタと骨を鳴らした。
……かと思えば、リッチが腕を振り、スケルタルナイトが走り出す。そして湖の入り口、最後方に居るスケルタルナイトに囲まれている赤い影――いや、赤い骨が複数現れた。
「……赤い骨はスケルタルメイジ。……奴らはとにかく柔らかい。単体で歩いていれば農夫ですら倒せる骨なのだが……その分、威力の高い魔法を使ってくる。魔法の威力だけなら、リッチにも迫る勢いだ。真っ先に叩かなくては隊列が全滅するだろう。スケルタルメイジがこの前を通ったら……とうとう出番だ」
森の中に隠れいてる冒険者の総数はおよそ三十。五百の敵とまともに戦闘をすれば、敗北するのは当然の流れ。
その自分達の出番というのに、俺を含む全員――ニコラ以外の全員が身を固くした。スケルタルナイトの先頭が隊列と衝突しようとすると同時、リッチはブツブツと魔法を唱えだし、そこで湖が動く。
再び湖が動き、スケルタルナイト、リッチ、スケルタルメイジを飲み込んだ。不意を突かれたのか、その範囲に居たスケルタルナイトの殆どは湖に引きずり込まれたようだ。
……が、リッチやスケルタルメイジには薄い膜のようなものが張られており、湖の攻撃を凌ぎ切っている。
「そう上手くは行かないもんだ――――行くぞッ!!」
『『『うぉおおおおおッ!!』』』
森から突然現れた一団に驚いた顔をしているリッチを無視し、冒険者の集団はスケルタルメイジに踊りかかる。後続のスケルタルナイトが、カタカタと骨を鳴らしながら向かってくるが、固めのクッキー程の強度しか無いスケルタルメイジは瞬く間に全滅した。
リッチが手を横に振ると後続のスケルタルナイトは二手に分かれ、半分が湖の中へ、半分が俺たちの方に。湖からの飲み込み攻撃から逃れていたスケルタルナイトは、既に隊列との交戦を始めている。
少し後ろから付いてきていた冒険者の術師とレラの水魔法が、スケルタルナイトの数を減らす。が――
「人魚達の魔法支援はまだか!?」
人魚達の支援が無い。冒険者の誰かが叫び、皆の視線が……それこそ、リッチの視線すらも一瞬だけ湖へと向いた。
――幾つかの剣が突き刺された人魚の死体が、二つ浮かんでいた。
「――――なっ!?」
「クソッ!! 奴らは骨だ!! 呼吸なんざ必要無い! 湖の中は今、人魚達に利があるだけの戦場になってる筈だ!! 援護は期待出来ない! 戦え!!」
「チクショウ!!」
ギルド長の言葉に、各々が敵へと向き直った。半数は今こちらへと向かって来ているスケルタルナイト、半数は指揮官であるリッチに。
「……あれ?」
リッチ側を攻めていた誰かが、疑問の声を上げた。その声にスケルタルナイトの方を見ていた俺も振り返り見たのだが――居ない。
「リッチが、居ないぞぉ!」
辺りを見回した冒険者組、リッチの姿は……すぐに見つかる。俺のすぐ横でパキャッ、と何かが割れる音が聞こえてきたのだ。
そこを見た全員は、リッチの姿を見つける事が出来た。
――今の音で頭蓋骨が割れたのか、痙攣するのみとなっていたリッチ。そしてその頭部を掴み、引きずっているニコラ。
こちらに向かって来ていたスケルタルナイトが、立ち止まっている。
「……ニコラ、それは?」
「リッチだよ。ヨウ君、サクっとここ刺しちゃって」
「……分かった」
パキャッ、再度同じ様な音が聞こえた。リッチの頭部からは固まった血と同時に、骨の破片が突き出している。
ニコラの指はそれを貫いているようだ。
ニコラに言われた通りの場所を突き刺してみれば……肉を貫く感触と同時に、僅かに固い物を割ったような気がした。それはリッチの体内にあった魔石だったらしく、リッチはその動きを完全に停止させる。
「ふっっ!」
ニコラがそれを適当な木へと思い切り投げたかと思えば、垂直に飛んでいったリッチは木よりも耐久が無かったのか……弾けた。俺は一歩ニコラへと近づき、他の全員は一歩離れる。
「よくやったな」
「えへへ」
ニコラの頭を撫でた俺は……手に赤黒い血が付いているのを別に置いておいて、ニコラのはにかむ顔を可愛いと思った。
――そこでようやく、スケルタルナイトが再起動する。
先ほどまでと違い一切の統率力を感じさせられないスケルタルナイトはそこから半数が湖に、残りの半数がこちこらへと向かってきた。リュポフのよく通る声が聞こえてくる。
「隊列を進めろ!! 交戦中である冒険者の援護をするんだ!!」
先の隙に、相手をしていたスケルタルナイトを全て屠ったのか、隊列が前へと前進してきた。スケルタルナイトが眼前となった俺の直ぐ隣に立っていたニコラは、力強く手を横に振るう。
手に付着していた赤黒い血がスケルタルナイトへと飛び、少ない数ではあるがその衝撃で怯ませ、立ち止まらせる事に成功した。
ニコラはクレイモアを抜き放ち、スケルタルナイトに薙ぎ払いを放つ。範囲に居たスケルタルナイトがバラバラに吹き飛んだ。
ニコラはそのまま突進し、スケルタルナイト多数相手に無双をしてる。
「相変わらず譲ちゃんは――ッ! 頭がいくつか突き抜けてるなッッ!!」
俺の隣でスケルタルナイトを蹴り飛ばした腕自慢の戦士が、それに追撃をして止めを刺していく。
「突き抜けたのはッ! リッチの頭蓋骨だろッッ!!」
目の前にあるニコラという暴風に巻き込まれたのか、既にボロボロなスケルタルナイトの手首を切り飛ばした。その次に僅かに骨の隙間から見えている魔石に突きを放ち、割っていく。
スケルタルナイトはそれで動きを止め、崩れ去る。
後方からはレラを含めた術師達の魔法や魔術が飛び、スケルタルナイトは確実に数を減らしていく。殆どをニコラが倒し、その残りを冒険者組や追いついてきた隊列が掃討する形となり……そう長い時間掛からず戦闘は終了した。
――そう、地上では。
「チッ、浮かんでる人魚の数が増えてやがる」
「地上まで来てくれれば、加勢出来るのにな……」
苛立たしげな顔で言った腕自慢の戦士に対し、俺はそう言葉を返した。
「……助けに行って欲しい……? ボクはこの水、たぶん平気だからさ……飲むつもりは無いけど」
俺の耳元で「ボクは普通の人間じゃないから」と……隣に来ていたニコラは若干嫌そうではあるが、そう囁いた。
――行ってくれ!! と反射的に言おうとしたが、水中戦の危険を考え言葉を口に出さずに少し考え込む。俺が何を考えているのか分かったのか、ニコラは小さく苦笑いを浮かべると口を開いた。
「大丈夫。ボクの命に関わる危険は一切無いよ」
レラは何時の間にかフード付きマントの裾を強く握りしめており、湖の方を見ている。俺はレラに一瞬だけ視線を向けた後、ニコラへと向き直った。
「……そうか。出来れば、行ってくれるか……?」
「ん、分かった。えっと……ボクのフード付きマントと水着、出してくれるかな……?」
「あ、ああ」
本当は色々と言いたい事はあった。
――が、ニコラの参戦が少し早ければその分助かる人魚は増える。俺は余計な事を言わずに白のスクール水着を取り出し、ニコラへと渡した。
それを素早く受け取ったニコラは、森の他人に見られない位置へと走っていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます