第18話『人魚を見る者は何者ぞ』三
「問題ねぇ、人魚の譲ちゃんは間違いなく立派な戦力だ。ほんじゃオーク戦に引き続き、合同パーティーと行こうぜ」
「ああ、ニコラには真っ先に指揮官を狙ってもらう予定だから、最初は俺だけになるけど……いいか?」
「当然だ。むしろ他の敵を無視して指揮官に特攻出来る譲ちゃんを俺達やあんたと肩を並べて仲良しこよしじゃあ、戦力の無駄が過ぎるぜ」
「その通りだな……ニコラ、頼めるか?」
「ん、全力で倒して全力で帰ってくるよ」
ゲームとは違う、始めての命を懸けた戦争。だというのに俺は……その戦争の空気に高揚していた。
ちょっとしたやり取り、肩を並べて戦う事の出来る戦友。そしてニコラという大きな安全要素にして、不利を跳ね返すことの出来る勝ちに繋がる要素。
「そういえば腕自慢。お前の名前は何だ?」
「おっと、言ってなかったか? ……だがわりぃな、戦いの前に名前を伝えるのはどうも死期が近づく気がしてな。自己紹介は町まで逃げ切ってからにしようぜ」
「違いない。俺も死人の名前なんて覚えたくないからな」
「ハッ! 言ってろ」
そんな話をしていたら……湖の入り口に魔王軍の先頭が入ってきた。
「入ってきた。全員黙れ」
ギルド長アドルフが声を潜めながら、全員に聞こえる声量でそう言った。先頭で入ってきたのは青黒い狼に乗ったコボルト、ゴブリン。
「ワーグライダー、呼ぶところによっては魔狼騎兵とも言われている。機動力と鼻が利く……。お前らがここで盛ってなければ、作戦は失敗してたところだったな」
ギルド長アドルフが言った通り、森の中は正直に言って余り長く居たいとは思えない臭いに満ちていた。だが、今回の場合はそれが功を奏したと言える。
それに続いて入ってきたのは、鬼の顔を持つ狼。そしてそれに乗ったコボルト、ゴブリン。
今度は近くに居る者にしか聞こえない声量で呟くよう、アドルフが言う。
「マフティスか……まさか、自分より下の種族を背に乗せるとはな。奴らはワーグよりも鼻は利かないが、そのぶん力と頭で勝ってやがる。騎手を殺しても油断するなよ? なんせ、騎手よりも乗り物の方が頭が良いんだからな」
それらに続いて入ってきたのは、巨大な熊に乗った筋肉質な巨体。一目で危険生物だと分かるのだが……特徴的なのは、乗っている熊と似た鼻を持っている事だ。
手にはモーニングスターを持っている。それを見た瞬間、アドルフがニヤリと笑った。
「ツイてる。グリズリーに乗ってるのはバグベアーだ。俺が向こうの偉い立場なら、何故お前が指揮官をやっている? と言ってやるくらいには頭が良くない。ただし気をつけろ。奴の皮は硬く、一撃の威力はまともに喰らえば四肢が吹き飛ぶ。それと一応言葉が通じるので、滅多に居ないが……魔族として人里の何処かで生活している者も居ると聞く」
バグベアーの指揮官の後にワーグライダー、マフティスライダーが続く。ワーグなどは出来る限りこの森から距離を取ろうと、湖ギリギリを移動している。
――やっぱり臭いのか、と思いつつ俺は顔を顰めた。
先頭のワーグライダーが集団を見つけたのか吠え出し、駆ける。
バグベアーの怒声が森に響く。
「狩レェ! ヤツラノナカニ! 手錬ガイルゾ! 逃ゲ切ラレル前ニ! 倒スノダァ!!」
モーニングスターを掲げ、反対の手で乗っているグリズリーを叩いたかと思えば……ドッシドッシ、と音を立てながらグリズリーが無理やり走り出した。当然――目の前でまだ詰まっている、ワーグライダーやマフティスライダーを蹴散らしながら。
ギルド長アドルフが頭を押さえながら本当に小声で「あそこまで馬鹿なのか……」、とバグベアーの評価を下方修正したのを感じた。
ワーグ、マフティスのライダー共が集団と接触した瞬間――湖が動く。
――文字通り湖が唸り、周りを行軍していた魔王軍を飲み込んだ。湖はそのまま魔物らを掴んだかのように深く、暗い水の底へと引きずり込んでゆく。
当然、全てでは無い。なんとか踏ん張った者、主にマフティスが残っていた。
――が、続いて湖からは水の流星……いや、水の槍が降り注ぎ、その殆どを殺した。湖の直ぐ近くでギリギリ踏みとどまっていたある者は湖から突き出されたトライデントによって突き刺され、またある者はその足を掴まれ湖の底に。
青い顔をした腕自慢の戦士が、その喧騒に掻き消されるかどうかの声で呟いた。
「……ああ、戦いの前で良かったぜ……後だったらってぇ思うと、縮こまって何も出来ねぇとこだった」
目の前では湖の周りを赤く染め上げる虐殺が行われていた。だと言うのに……不思議と湖の水は赤く染まっていないという事が、恐怖を加速させる。
入りきっていなかった魔物のライダー達はその入り口で立ち止まっていたが――魔王軍の運が悪かったのは、ここからだ。
「止マルナッ!! 進メェ! 今スグ殺セェ!! 【命令ダ】!」
無理やりに前に出ていたバグベアーは、なんとか人魚達の猛攻を耐え忍んでいる。そして言葉の最後に【命令ダ】、この一言を付け足した結果は明らかだった。
入り口で恐怖で立ち止まっていた者らは嫌だ嫌だと首を振り、涙を流しながらも湖へと向かって動き出し……その各々が持っている剣で湖を切り裂き始めたのだ。当然……魔法やトライデントにやられ、確実に数を減らしていく。
集団に向かっていたバグベアーも同様で、湖への攻撃を開始した。バグベアーが乗っていたグリズリーは既に死んでいる。
「ば、馬鹿過ぎる」
誰が言ったのか――が、それは森の中で待機していた者の総意の言葉でもあった。殆どのライダー達が殺しつくされた頃……バグベアーにも水の槍が突き刺さり、次に数え切れない程のトライデンドが突き刺さる。
「グゾォォォオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
それでもなお倒れず、湖に向かって一心不乱にモーニングスターを振り下ろすバグベアーの耐久力は本物だ。もし、このバグベアーにコボルト並みの知性があったのなら……湖の入り口に居たライダー達は迂回し、また別の場所で交戦したかもしれない。
さらには、死傷者もかなりの数が出た筈だ。
「グゾッ! グゾッ! グゾッ! グ――――」
最後の一人、ただ一人……血まみれで湖にモーニングスターを振り下ろし続けていたバグベアーの目に、トライデントが突き刺された。それが脳へ到達したのかバグベアーは完全に沈黙し、湖へと沈んでいく。
「……指揮官としちゃアレだったかもしれねぇがよ、バグベアーが兵士だったら……間違いなく、強力な兵士だったぜ…………」
バグベアーの最後を見ていた腕自慢の戦士はそう言いながら、僅かに目に涙を溜めていた。それに沈黙で答える森の中……そこには既に、バグベアーを馬鹿にするような空気は一切存在していなかった。
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