第92話 瑠奈side



「さっき、お兄ちゃんと何を話していたんですか」


ルシオラはこの部屋で泪と何らかの話をしていたらしいが、瑠奈がもう少し早く来ていれば泪に会えたのだ。


「···赤石泪か。この件はいずれ君に、話さなければいけないと思っていた」


泪の件で自分に話さなければいけない出来事とは何だろう。先ほど話してくれたゲームの件とは、別の話の可能性があるかもしれない。


「今後のファントムの活動の方針で色々と話したのだが、彼自身に何の問題はない。君が無事に日常を過ごしている限り、赤石泪はファントムを謀反する事はないだろう。······だが彼は、心身共に宇都宮一族の支配下に置かれている」


泪は瑠奈が無事でいる限りファントムを裏切らない。だけど泪は宇都宮一族の支配下に? 宇都宮が泪の過去に深く関係していると。


「宇都宮一族の支配下に置かれている?」


泪が宇都宮一族に支配されていると、瑠奈は訳がわからないといった顔をしながらも、反射的におうむ返しで答えてしまう。



「···赤石泪が過去にどのような経験をしたのかは、君も知っているな。極端な話、彼は常に己が不利になるように道を置き換えている。周りが彼をどのように正しい所へ誘導しようが、彼は自分の道を元に戻すを許さない所か、自分自身が常に不利になるようにし、巧みに相手を誘導していく。私達の知らない内に彼は自らの都合の良いように周りが動くよう、いとも容易く道を書き換えてしまうのだ。


事実赤石泪にとって、我々の語ったファントムの現状など何の意味も持たない。赤石泪自身の本来の目的を果たすまで、泪は常に先読みを繰り返し周りの道を書き換えながら前へ進み続ける。一転迷いのない泪の行く先を変える事は、今の泪にとってありがた迷惑でしかない。だが彼のその先に待っているのは、永遠に底の知れない破滅だろう」


「ぁ······」



ルシオラの話を聞き、瑠奈は頭の中でこれまでの記憶をなぞり返す。勇羅達と出会う以前、瑠奈と再会する前の泪の学生時代。


暁学園に通っていた泪はいじめを受けていた、そのいじめは普通のいじめとは考えられない程、酷く壮絶なもの。暁学園での凄惨ないじめが原因で泪は深く心を閉ざし、自分がこの世から死ぬことで救われたい願望を抱いている。極端な話、泪は今も暁や宇都宮一族に支配されている。それも深層心理の根深い場所まで。


「宇都宮一族は他に何をやってるんですか。暁研究所といい宇都宮夕妬といい、やってる事が何でも在りすぎで無茶苦茶過ぎます」


泪の現在の状態がどうなっているのか知りたいが、まずは宇都宮一族だ。前に泪の過去を知りたいと言うことで、琳や勇羅達と一緒に暁村の事を調べていた時、麗二や京香が話していた事も気になる。


麗二の話だと宇都宮一族の宇都宮小夜と言う女が、暁学園の生徒会長であり、彼女が今も一族総出で学園を牛耳っていること。何より暁村の存在そのものが、宇都宮一族の鍵を握っているに違いない。


「宇都宮一族については、我々にも今だに把握しきれていない情報が多すぎる。まず泪に関わる事から話していこうか。宇都宮一族が世界の全てを手に入れる為、手始めに奴らが何を求めたのか。答え自体は単純『宇都宮一族の命令通りに動く都合の良い兵器』だ。奴らは一族の命令に忠実な兵器を育成する為に、国内のあらゆる公的施設を買収し、その全てを宇都宮本家管轄に置き、幾つも運営している。


買収した施設は何らかの事情で行き場を失った者や、身寄りのない孤児達の引き受け先となっている施設が中心だ。表向きは行き場を失ったもの達を受け入れ、子ども達を保護する施設とされているが、その裏で奴らは施設で正式に引き取った者達を、宇都宮一族に従う忠実な駒として扱う、戦闘員や工作員として育成している」


勇羅の言葉を借りるとすると、これではまるで受け入れ施設の名を語った、悪の工作員育成所見たいではないか。これは宇都宮一族の話が、ますます気味の悪い事になってきた。


「そして暁村の中に作られた、『都合の良い兵器』を育成する私設の一つが『箱庭』。箱庭の存在は宇都宮本家の一族と、一部の暁異能力研究所職員の者しか知らない極秘中の私設。暁村の箱庭は宇都宮直属の工作員養成の他に、『強力な生体兵器を人為的に強化・調整する』、異能力者養成所としての顔も存在していた」

「!」


瑠奈の表情が一気に険しくなる。泪が自ら語っていた兵器とは、『自分達の命令に忠実に従うだけの兵器』。


「ま、まさか···」

「宇都宮一族の存在は、裏社会では事実かなり名の知れている一族だ。奴らは国内の政府全体を掌握する為に、様々な手段を用いていて、その手段の一環として裏社会のコネを利用するのが、最も手っ取り早いと考えたのだろう」


それが先ほどのジョーカーと言う、裏世界で行われている非合法の殺人ゲームと言う訳か。



「ジョーカーの運営には、宇都宮一族も大きく関わっている。そしてジョーカーの参加者とは、運営によって国内外の人間無差別に選別される。その参加者の選別自体も異能力者だろうが、裏の世界と何の関係のない普通の人間でも構わない。極論、誰が死のうが問わない正真正銘の殺人ゲームだ。ゲームのルールはさっき君に話した通り、期間内に運営の出されたクリア条件を果たさなければ死ぬ。


勿論、そのルールにさえ異能力者も非異能力者も関係ない。誰が生き伸びるか誰が死ぬかが掛かっている。このゲームそのものが泪にとって格好の死に場所として、最も最適であると判断したのか、持ち前の頭脳とサイキッカーとしての強大な念動力を生かし、徹底的にこの殺人ゲームを利用した。


だがゲームへ参加する内に彼の破滅型の性質が、宇都宮一族以外の運営に見抜かれたのだろうな。泪は参加の度に、幾度となくゲームに参加した者達を全て殺害していった。過去の参加者者側や運営側から、良くも悪くも有名となってしまった彼は、数ヶ月以上前から運営直々に参加停止処分を受けている」



泪は裏の世界のゲームすらも、自身の本来の目的を果たす為だけに、自身が宇都宮一族の駒であるアドバンテージをフルに活用したのか。ルシオラはジョーカーによって同族殺しに苦しみ、そして泪はもう···―。



「宇都宮一族によって精神(こころ)を歪められた彼は、死に場所を求めている。自分を生の苦しみから解放してくれる者を探している。今の私達がどのような手段を使おうとも、彼は【死ぬ事】を止める事はないだろう」

「·········はい」



宇都宮や暁の者達に心身を歪められた泪は、自ら死のうとしている。誰も泪の本当の望みを叶えてくれないなら、安易に望みを叶える事が出来る戦場の中でしかない。自分は決して救われないと確信している泪に、迷いがないのはこういう事だったのか。


「ここから本題に入る。······正直に言おう。赤石泪を死への願望を止められるのは君だけだ。彼の望みを本当に止めたいなら君の持つ異能力が必要だ。だがその能力自体、君自身に掛かるリスクが余りにも大きすぎる···」

「そ、それって···」


遠回しなのだが瑠奈は感付いた。ルシオラが言っているのは、瑠奈の持つ異能力でもある精神干渉(サイコダイブ)能力。自分へのリスクが大きすぎると言う事は、ルシオラが以前の精神汚染の件を知っているからだろう。



「君の精神干渉の能力を使い、彼の精神世界の深層心理内に君が直接潜り込み、彼の深層心理に現在も存在している、破滅願望・自己否定の価値観を、君の力で直接破壊する。ただし。彼の価値観の破壊に失敗すれば··········彼も君も壊れる」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る