第90話 瑠奈side
ファントム総帥ルシオラ達を始めとした、構成員達は支部の後始末に追われていた。
玖苑充側へと寝返ったファントム国内支部の異能力者は、ルシオラ達が思っていた以上に多かった。特に国内の外部からファントムへと入団した者は、ほぼ全員が充側に付いて行ったと言う。
充側にも付かず異能力者狩りの難を逃れ、支部に残っていた者達もルシオラの現在の方針に、不信を抱いている者も何割かはいたが、離反した充が国内政府の異能力研究機関と繋がりを持ち、自分達の側へ引き抜いた異能力者達を、近い内に異能力研究の被験体として、国内の異能力研究所へ引き渡す事実をルシオラが直接告げると、彼への不信もあっという間に沈静化した。
異能力研究の実験材料として研究所へ連れ戻される事よりも、同じ異能力者が異能力者を裏切ると言う事実が、彼らにとって余程衝撃が大きかったに間違いない。玄也とルミナは急いで国外支部の同志達に連絡を取り、玖苑充と言う異能力者に警戒するよう呼び掛けている。
国内政府議員秘書と言う表社会で広い顔を持ち、裏社会でも狡猾かつ巧みな手腕で至る場所へ、手を回し続ける充よりも先に多くの同志達に呼び掛け、ファントムの腕選りの異能力者達が充の側へ回る事だけは、阻止しなければならないからだ。更に今のファントム国内支部全体が、玖苑充の巧みな手回しのおかげで、謀反者が多数に及んでいるらしく、戦力となる構成員にも国内に手練れの能力者を回せる人数が、圧倒的に不足しているが故に、最早時間の猶予がなかった。その作業には薫も手伝っている。
結局泪は何かあれば呼んでくれと短く告げると、そのまま支部で予め用意されていただろう、自室へ引っ込んで行ってしまった。ファントムへ秘密裏に連れてきた瑠奈を、充から守る為にクリストフに連れられルシオラが滞在している支部へやって来た瑠奈の方も、軟禁先のマンションへ戻るのは現状無理だと判断し、支部の個室へ案内され身体を休めていた。
ルシオラのマンションに残してきた角煮がとにかく気になって、仕方がなく一度マンションへ戻れないか聞いてみた。それならばクリストフがマンションへ戻り、角煮を連れてきてくれる事になったと聞いて一先ず安心した。
『瑠奈ちゃん、起きてる? ルシオがあなたに話があるそうよ』
最低限の家具しか置いていない部屋で、瑠奈が一人くつろいでいると、呼び出し音と同時にヴィルヘルミナの声が聞こえた。ルミナに呼び出しを受けた瑠奈は急いでドアを開けると、予想通り部屋の前で立っているルミナだ。
「ルシオラさんが?」
「あなたと直接話がしたいんですって。あなたにも色々と聞きたい事があるみたい」
ルミナは何か困ったような表情で、大きくため息を吐く。
「ここの異能力者の人達の半分以上が充の所に行って、今この支部の中もかなり忙しい筈です。データの整理の方は大丈夫ですか?」
「情報整理の方は薫に任せてるわ。充の件もあるから彼女も積極的に、周りの面倒やら見てくれて、こっちも色々助かるわ。あの娘、ルシオに研究所から助け出された面子の中でも、ルシオの事一際慕ってたから、今回の件は相当憤慨しちゃって···」
「薫さんらしいです」
ルミナとお互いの顔を見合わせながら苦笑する。薫も積極的にファントムの一員として、ルシオラ達に協力している。ファントムを裏切った充や異能力者狩りに協力している愛姫、同じ異能力者として尚更彼らが許せないのだろう。
「ファントム構成員の半分近くは、政府によって異能力研究を進める為、異能力研究所の実験台にされてきたわ。異能力者と言うだけで世間から虐げられて、どこかで政府に抵抗していると言う異能力者集団ファントムの噂を聞いて、外部から入って来た構成員達とも、考えが合わなかったのはルシオも十分承知していたし。
特にここの国内の外部構成員は、上手い条件の側へ付いた方と良いと思ったのか、皆が充の方に付いて行ったから、尚更ルシオの考えと合わなかったのもね···。異能力者であり政府にも認識されている充が、何を考えてファントムに取り入ろうとしたのかは現状分からない。ただ彼自身が異能力者でありながら、同じ異能力者を研究材料としてしか見ていない事だけは確かね。
···それにルシオ、あなたと会ってから結構変わったのよ。私も玄也も付き合いが長いから分かるのよ。早く行ってあげて」
悪戯っぽい笑みと一緒に、ウィンクを見せたルミナに急かされた瑠奈は、奥の方に存在ルシオラの部屋へ向かうべく廊下を歩く。
―ファントム支部・ルシオラの部屋。
「私です。真宮瑠奈です」
『鍵は開いている』
瑠奈はルシオラの部屋に招かれた。ドア越しから開いていると言われ、「失礼します」と一言告げスライド式のドアを開けると、ルシオラはゆったりとした回転式の椅子に座っており、机のノートパソコンでデータの整理を行っていた。
ファントムへ来て初めて見たルシオラの部屋は、必要なものを除き無駄な家具はなく、泪の部屋と似た雰囲気の部屋だ。瑠奈の姿を横目で確認したルシオラはキーボードの作業を止め、座りながら椅子ごと瑠奈の方へ身体を向けた。
「···私やファントムと関わって君も色々あったが、今は落ち着いたか?」
「······此処に来てから、今まで知らなかった事を沢山知りました」
「···そうか。私も君と会ってから色々な体験をした」
ルミナはルシオラは変わったと言っていたが、相変わらず瑠奈が見る限りでは、ルシオラの表情は読めない。変わったと言えば声色が幾分優しくなっていることか。
「君がこの部屋に来る前に赤石泪と話をした。彼の言う通り、まだ君は元の日常に戻る事が出来る。これ以上異能力者同士との争いに君が関わる必要はない」
「···もう戻れませんよ。異能力者狩りの人達に目を付けられた以上、自分の力が原因で私の周りの人達を、異能力の争いのいざこざに巻き込みたくありません」
自分は元の生活には戻れないと、瑠奈は自虐的に答えてしまう。異能力者同士の争いや裏社会に泪が大きく関わっている事と、本格的に異能力者狩り集団に目を付けられた事。とうとう瑠奈も先へと踏み込み始めている。このまま元の学生生活に戻ったとしても、家族や友達までも危険に晒してしまうのだから。
それに知り合いの逢前響が、異能力者狩り集団に入っていたのが驚いた。何故普通の学生である彼が、異能力者狩りに手を染める事になったのだろうか。響には弟の裏での素性を知らずに、日常生活を送っている姉の奏がいる以上、互いの素性を表立って琳達にも明かす事はないが、能力を隠しながら生活している琳達の事も心配する必要は十分にある。
「ファントムを立ち上げた経緯を説明していなかったな」
それは気になる。たった数年で世界中に異能力者同士によるネットワークを拡げ、国内政府はおろか世界中の機関から、危険組織として認定される迄に至っている。
「でも、そんなに簡単に···。異能力研究所や異能力者同士の争いとは、基本無関係の私に話してもいいんですか?」
「後戻り出来ないと最初に話したのは君の方だ。構わない」
自分が後戻り出来ないとの発言に、瑠奈は怪訝な表情になる。だが瑠奈自身が後戻り出来ない身の上なら、話を聞く価値はある。
「······わかりました、聞かせてください」
ルシオラは頭を少し附せながら、机のパソコンの方へ向きやや長い沈黙の後、再び瑠奈の方へ向くとルシオラは口を開き始める。
「玄也とルミナ、クリストフは立ち上げ···当時私達が被験体として監禁されていた、研究所を脱出した時からの同志だ。それに最初は数十人程度の異能力者集団に過ぎなかったからな」
ファントムの構成員の半分近くは、異能力研究所の被験体と聞いたのだが、実際彼らからそれを口に出されると自然に空気が重くなる。ファントムを立ち上げる時に、ルシオラはルミナ達と一緒に脱出したのか。
「そ、その······研究所を脱出したきっかけは?」
「······同族殺しだ」
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