第89話 瑠奈side



全ての異能力者を排除するのが目的の、異能力者狩り組織の中に異能力者がいると、瑠奈が口に出した質問に、倒れた女の側にいたルミナも、何かを思い出したかのように立て続けに口を開く。


「···確かに変だわ。異能力者狩り組織の排除対象なら、世界中の異能力者と異能力者に協力する人間全てが入っているのよ。異能力者狩り組織ならば、異能力者であるその娘も、確実に排除対象になる筈でしょう?」


瑠奈達の質問が余りにも癪に障ったのか、男は腕の中に守るべき存在がいる事も忘れ、異能力者狩りの者達へ当たり前の疑問を放った異能力者の少女達へ激昂する。


「ふざけるな忌まわしき異物共!! 俺達の美しく清らかな姫を、貴様ら薄汚い異物共と一緒にするな。俺達の姫はこの世界では特別である存在だからだ! 俺達の姫は世界中の人間に選ばれた、ただ一人の絶対なる存在。【世界に選ばれし清らかなる聖女】だからだ!!」

「な、何なのよそれ!? そいつは世界に選ばれた【聖女】だから、何しても異能力者でも許されるって言うの!?」

「そいつが異能力者でも【聖女】だから、世界中から特別扱いされて、それ以外の異能力者の僕達が世界中の機関に迫害されなきゃいけないなんて、絶対おかしい!!」


男の理不尽な返答に対し薫とクリストフが、男以上の勢いを付けながら激昂する。本来の世界の認識では、異能力者と言う存在は迫害され唾棄されるべき存在。しかし目の前の彼女は異能力者でありながら、男達に【聖女】と呼ばれ守られている。


「それは異能力者狩り集団全ての意志···と、判断して良いのだな」

「そうだ。姫は世界で唯一ただ一人の【清らかなる聖女】!! 世界の全ての人間に選ばれた清らかなる永遠の乙女。俺達は世界でただ一人の【聖女】である、愛姫を守る為に存在する!」


世界に選ばれた聖女とは一体何なのだ?

彼らが呼ぶ【聖女】と言う存在は、異能力者でありながら特別扱いされ、異能力者やサイキッカーは異物扱いされ世界から研究対象として、酷い時は人間以下の扱いを受け異能力者達は迫害される。


排除するべき対象の異能力者だと理解していても、【聖女】故に彼女を危険な存在として排除も出来ず、逆に守らなければいけない【聖女】とは異能力者。いや、人間よりも異質な存在なのではないのだろうか。


親衛隊の男達を躊躇いもなく始末し、それまで黙っていた泪が口を開く。



「······今、【聖女】の話題などどうでもいい事です。貴方がたにとって異能力者が忌まわしき異物なら、何故僕だけに説得を行おうとしたのですか?」



目の前に存在する『赤石泪』は、今まで瑠奈が接した【赤石泪】とは完全に別人だった。誰にでも分け隔てなく接していた泪も、時折寂しそうな顔を見せる泪も、瑠奈を突き放すように冷たく接していた泪も、今何処にもいない。


誰にも興味を示さない淡々とした声色を放つ『赤石泪』は、【赤石泪】を知る瑠奈の目から、指示された命令をこなすだけの無機質な機械のように見えた。


「ひ、姫が望んだ事だ!! 姫が貴様を望むから、貴様ごとき忌々しい異物を仕方なく···!」

「······【ガルーダ】が欲しいんでしょう」


ガルーダとはなんだ? クリストフ達も顔を見合わせ、それは何だと言わんばかりの表情をしている。


「ガルーダ?」

「···『ガルーダを手に入れれば完全な聖女になれる』。奴等が何度も繰り返し言っていましたもの。

【箱庭】の戦闘員や暁のサイキッカーよりも、更に強力な生体兵器を作る為に、今の奴等はガルーダを手に入れるのに躍起になっていますからね。宇都宮自慢の箱庭育ちの優秀な工作員であれ、飼い主の命令にすら呆気なく歯向かうようでは、奴等も【ただの兵器】だけでは物足りないのでしょう」


箱庭やら生体兵器やら次々と理解不能な単語が飛び出し、瑠奈の頭の中はますます混乱していく。異能力研究所や暁の状況を平然と語る泪に対し、逆に男の表情には余裕がなくなっていく。

男の腕に強く抱き締められている儚げな少女は、緊迫した空間と男の苛立った怒鳴り声も合わさって、ますます脅えていく。あの不安定な状態では、いつまた彼女の能力が暴発してもおかしくない状況だ。



「く、くそっ。覚えていろ!! 次こそは···次こそは貴様らのような薄汚い異物共など、全員纏めて始末してやる!!」



愛姫の様子を見て最早自分達の方に余裕がないと悟ると、腕の中にいる愛姫を壊れ物を扱うよう、丁寧に彼女をゆっくりと横抱きにし、残りの者達と共に全員が引き上げて行った。


瑠奈を始めその場にいた一行は無言で逃走する彼らを見送っている。



「···低脳の悪役見たいな台詞吐いてら。薫じゃあるまいし」

「何よっ、私をあいつら見たいな下品なのと一緒にしないで。見た目が良くても中身があれじゃ近づきたくもないわ」

「お前が言うかっ」



クリストフと薫が不毛な言い合いを始める中、ルミナと玄也はそんな二人のやり取りを見て、お互いに顔を見合わせた後、大きなため息を吐いた。今のところ何もないと安堵した瑠奈だが、それ以上に泪が他に何を知るのかが気になり、恐る恐る泪の方を向くが―。


「ぁ······」

「後は任せます。ファントム末端の僕にこれ以上出来る事はありません」


泪は瑠奈を見ようとしない。いや、始めから瑠奈を認識していないようにしている。



「待て」



この場を立ち去ろうとする泪を、ルシオラは強い口調で引き留める。


「何故君はガルーダの事を知っている。君にはまだ色々、聞かねばならない事が山ほどある」

「この場では話せません」

「···真宮瑠奈が居るからか?」


瑠奈が居るから話さない、とのルシオラの遠回しな質問に対し泪が沈黙する。ルシオラの指摘は当たっていたようだ。

泪は自分の知られたくない所は瑠奈の前では話さない。何度か二人で一緒に帰った時も、泪は決して自分の事を話そうとしなかった。同じく昔の泪を知る鋼太朗がいれば何とか話してくれるだろうと思ったが、結局鋼太朗の前でも話さずに、遠回しにはぐらかされるだけだった。


「異能力者狩りと関わってしまった以上、最早彼女も無関係ではない。異能力者狩り全体に彼女の存在が知れ渡れば、彼女も日常に戻れなくなる」


異能力者狩り組織に泪とも面識があった響が居た。泪も既に響を目撃していたのだから、響も泪の顔を見ている筈。


「そうだっ。あ、逢前先輩が······異能力者狩りを···っ」

「······知っていました。彼が家族に隠して、裏で異能力者を狩っている事も」


やはり泪は以前から知っていた。響が異能力者狩り組織に所属している事を知っていて、あえて彼の素性を黙っていたのだ。恐らく下手をすれば、響の方も泪が異能力者だと言う事も知っている。


「···逢前君の方は、奏さんがいる限り問題ないでしょう。本人も自分の手を汚して日常を踏み外している自覚があるようです」


響には姉の奏がいる。奏とは自分や琳達とも面識がある、自分の素性を隠している事は響側からは決して口を開かないと言う事か。


「君達が知っている響と言う男もそうだが、他の異能力者狩りの連中を易々と見逃す事は出来ない。私達は組織を守る為に奴等と何度も戦って来た。充がファントムを離反した現状、異能力者狩り集団がまたいつ我々に牙を剥くか不確定なのだ」

「異能力者狩り集団・ブレイカーは宇都宮一族と手を結んでいます。宇都宮一族は己の征服欲を満たす為ならば、利用できるものは異能力者だろうが何でも利用します。宇都宮一族が異能力者狩り集団と手を結んだ以上、ファントムも相応の覚悟が必要です」


以前から何度も話題に出てくる宇都宮一族。彼らは私欲の為に一族が忌み嫌う異能力者や、異能力者狩り集団とも関わるのか。一つだけ引っ掛かるのは、この場で宇都宮の事を話す泪はやけに、宇都宮一族の肩を持っているように思える。宇都宮一族の肩を持つ泪の無機質な表情は、瑠奈にはまるで泪は宇都宮一族を恐れているように見えた。



「では、ガルーダの件はどう説明する。宇都宮一族管轄下の異能力研究所に君は―」

「······僕が話せるのはこれだけです。失礼します」



泪は今度こそ振り返ることなく、元来た方向へと歩いて行ってしまった。


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