第83話 瑠奈&クリストフside



ファントムへ反旗を翻し、更に異能力者達までも手中に取り込んだ玖苑充。充の影響を受けていない同志達を集める為、小走りで待機室の方向へ向かう薫を見送りながら、クリストフは自分のすぐ後ろで、腕を組み考え込んでいる瑠奈の方へ振り向く。向けられている視線に気付いた瑠奈は頭を上げ、クリストフの方を見る。


「これからどうするの?」

「一先ず僕の部屋へ武器を取りにいってから、ルシオ達を探そう」

「武器?」


瑠奈から反射的に武器と聞かれ、クリストフは困った表情をする。


「僕の異能力は戦闘向きじゃないんだ。能力の系統は違うけど、異能力者同士のぶつかり合いをやろうとすると、実質念動力でしか対抗するしかないし、肉弾戦をしなけりゃどうにもならないのは君と同じ」


クリストフの能力系統を聞いて、瑠奈はあっさり納得する。持っている異能力が攻撃系統でないなら、基本は念動力で戦うしかないのだ。念動力で競り負けてしまうのなら、自分の身で戦う方法を身につけるしかない。


「異能力が戦闘向きじゃないなら、身体を鍛えるしかないだろ。それならいっそのこと対異能力者戦に、異能力者狩りにも対抗出来るようにって、長年外国で傭兵やってた玄也にみっちり基礎仕込まれたよ」


異能力者を狩る異能力者狩りに備える為、異能力以外の手段で戦う術を学ぶ。能力に頼る事が出来ないのなら、身を守る術を自分の力で身に付ける他ない。社会から迫害された異能力者にとって、異能力以外の身を守る手段を学ぶ機会とは、貴重な経験なのかもしれない。



「······! 後ろ!」

「何···後ろ? え、う、うわっ!?」



―!



クリストフの声を聞いて、瑠奈は間一髪の所で突然背後から襲って来た突きをかわした。ギリギリの間合いで攻撃は避けたが、攻撃を避けた衝撃で瑠奈の薄紫色の髪の毛が二、三本。はらりはらりと床に落とされる。



「!!」



瑠奈へと向かって突きを繰り出した青年は、二歩三歩後退りその場へ立ち尽くす。水色の長い髪を後ろに一纏めにした、黒いライダースーツ姿の青年に瑠奈は見覚えが合った。



「あ、逢前······先輩?」

「君は···あの時の」



呆然とお互いの顔を見つめる瑠奈と響を交互に見ながら、クリストフは怪訝そうな表情で瑠奈に声を掛ける。


「逢前? あいつ瑠奈の知り合い?」


一際目立つ色をした長髪の青年は、間違いなく見知った顔だ。東皇寺学園の騒動で色々と、瑠奈や宝條学園探偵部に協力してくれた三年の逢前響だった。彼はあの騒動の後、学期末試験が終わり次第、別の学校へと転入すると言っていた筈。何よりも彼は神在総合病院で、看護学部の研修生として勤務している逢前奏の弟だ。何故その彼が異能力者狩り組織に居る。それよりも姉の奏は彼が、異能力者狩りをしている事を知っているのか?


「どうして···君がこんな所に」


見知った顔を見て呆然としている瑠奈だが、響の方も目を丸くし何度か瞬きを繰り返しながらも瑠奈を見ていた。思いがけない知り合いとの再会に停止している響を余所に、響の近くにいた長身の男―浅枝時緒が響に声を掛ける。



「おい、どうした? あの小娘。響の知り合いか?」

「······」



響は戸惑いながらも頭だけを時緒の方を向け無言で頷く。響の肯定の頷きに対して、時緒が瑠奈の方へ向きニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。


「···久々に殺りがいのありそうな女だ」


瑠奈に狙いを定めたのか前へ歩き出そうとした時緒に、響は即座に手を横に広げる。予想外の響の行動に時緒は表情を僅かに歪めながらも歩みを止める。


「クリフ! 此所に居たのか!」

「無事だったのね!」


響達が現れた逆の通路から玄也とヴィルヘルミナが、走って駆け付けてくる。ルミナは両腕にクリストフ愛用のトンファー二丁を抱えている。ルミナが自分の武器を持って来てくれた事で、クリストフは僅かに安心したかの表情でホッと息を吐く。


響は時緒の進路を妨害する形で、片手を横に上げたまま口を開く。



「時緒は風使いの女と磁力使いの男の方を頼む。······あの異能力者二人は僕が殺(や)る」



普段は時緒の戦闘行為へは絶対に介入しないのに、珍しく横槍を入れ更に響らしからぬ低く冷たい声に時緒は何かを感じたのか、少しの沈黙の後に溜め息を吐きながら、瑠奈達へ近付くのを断念する。


「わかったよ。ただし······自分で言ったからには、必ず二人共殺れ」


時緒が響の後ろへ退いたことで再び無言で頷く響。時緒と入れ替わるようにして、響が再び近付いて来た事でいつの間にか、ルミナから愛用のトンファーを受け取ったクリストフも、武器を両手に戦闘体制を取る。


「あの時の決着、付けさせて貰うから」

「その前にその娘。後ろに退かせた方が良いよ」

「···でも異能力者だから殺るんだろ」


響としても知り合いだろう真宮瑠奈の方は、極力巻き込みたくないらしいが、異能力者狩り組織の中でも悪名高い浅枝時緒が居る以上一切の油断は出来ない。玄也やルミナだけでなくクリストフ自身も浅枝時緒と言う男の、異能力者に対する歪んだ殺人を知っているからだ。


「またあんたと戦えるとはな」

「あの時は余計な邪魔が入ったが、今度は本気の殺し合いだ」


響達から少し離れた場所で玄也とルミナが戦闘態勢を取りながら、時緒も既に愛用のサバイバルナイフを取り出し、二人の方へ向かって戦闘の構えに入る。


「瑠奈、君は下がって。ただしこの場所からは絶対に離れるな」


一般人同然で戦闘経験皆無の瑠奈を、今一人にする訳には行かない。かといってこの場から彼女を逃がしても、支部に侵入し今も徘徊している異能力者狩りに殺されるか、下手すれば充派の同志にも捕まる危険性も高かった。



「正直君が······。あんたが異能力者だなんて、思いたくなかった」



瑠奈はクリストフの言われた通りに後方へ下がり、クリフと響の戦闘を見守っている。響の言葉は自分自身に言い聞かせている様に思った。


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