第62話 瑠奈side
「何で······お兄ちゃんが······」
「······」
勇羅と瑠奈が現場へ駆け付けた時には、全てが終わっていた。三年教室廊下内で騒ぎを起こした泪は、泪の異常行動を止めた鋼太朗と京香に付き添われ、既に事務所へ帰宅していると聞いたからだ。そして泪を大勢の生徒の前で土下座をさせる、とんでもない狂行に走らせた元凶の一年E組千本妓寧々は、土下座騒動の最中、他の生徒からの通報を受け駆け付けた茉莉に、強制連行され今は職員室だ。
「学園内でも悪い意味で噂になってる先輩が、自分からやった事を簡単に自供するとは思わないけどね···」
雪彦は自分達ではお手上げと言う顔で、頭を横に振りながら溜め息を吐く。雪彦と駆け付けていた万里も複雑な表情で、今は運動部の部活動をする声だけが聞こえる、学園の運動場の方を黙って見ている。
「さっき先輩達からも千本妓さんの事、色々話を聞いたけど。彼女、最近は自分の家にも実家にも滅多に帰らないらしいって。ウチの学年でも彼女の良くない噂色々立ってるよ」
雪彦の話を聞いて運動場の方を見ていた万里も、勇羅達の方へ向きながら口を開く。
「一年の頃からネット歌い手ぱふっこの事ばかり言ってて、先輩達の方も彼女の言動とかが気味悪くて近寄り難いと言ってた。少しでもその歌い手の話題出すと、こちらはなにもしてないのに向こうが逆切れ起こして、勝手に一方的に自分達が折れるまで、悪態吐きながら突っ掛かって来るから恐いって」
以前。寧々と初めて会った時もぱふくんぱふくんと言ってたが、まさかあそこまで狂信的なファンだったとは。ネット上でも若いユーザーに人気のある歌い手ぱふっこには、ぱふっこ以外の歌い手に対してはあらかさまに批判的かつ、周囲の他の有名人に対しても、非常に攻撃的かつ過激なファンもいると耳にしていたが、彼女もまた過激なファンの内の一人だったよう。
「先生達も千本妓さんの家庭周りが複雑らしいからって、彼女の扱いに相当苦労してたみたいだよ。今回の泪先輩の件、千本妓さんのあの態度だと退学処分はほぼ決定かもね···」
宝條の校則自体は緩いが、いじめとも言える行為となるととてつもなく厳しい。寧々が泪に対して行った行為は一人物への迫害行為に値するものだと。周りの生徒達の噂話でも寧々の退学処分は免れないだろう。
「ねぇ······る、泪は? 泪は、どこ行ったの? き、今日、一緒に帰る···約束、して······」
誰かの震える様な声が聞こえ、声の聞こえた方へ振り向くと、瑠奈達の背後で呆然と立ち尽くしている一人の女生徒が居た。
「三間坂···?」
「ち、ちょっと···さっきの話。ど、どういう事なのよ? 何が···る、泪に、何かあったの···? ねぇ?」
瑠奈達だけでなく、三年教室周辺の異様な雰囲気に翠恋も動揺している。先ほどまであれだけの大騒ぎがあったのだ。来るはずの泪をどこかで待っていた筈の翠恋が気づいてもおかしくない。
「三間坂。一年E組の千本妓寧々って、知ってる?」
「千本妓寧々? そ、そいつが···どうしたのよ?」
「さっき起きた事、僕が説明するよ。口よりも現物見せた方が分かりやすいし」
現場を目撃していない瑠奈達に代わり、実際に確認した雪彦が翠恋に自分の端末を見せながら、三年教室廊下で起きた出来事一つ一つ詳しく、その事情を翠恋へと説明する。雪彦から騒動の内容を聞くにつれて、翠恋の表情はみるみる内に真っ青になっていった。
「な······そ、そん、な···っ」
「彼女は職員室で説教受けてる。今回、学園内で動画が配信された以上先生達も本人から聞き出す気満々だし、千本妓さんの問題もあるから僕達生徒が介入する···―ぶっっ!?」
雪彦の話を最後まで聞かず、いきなり翠恋は職員室の方向へ向かいだす。
火が付いたように走り出す翠恋に、ぶつかりそうになった雪彦は倒れそうになりながらもかろうじて避ける。
「ち、ちょっとっ!? 三間坂っ、あんたどこへっ!?」
慌てるような瑠奈の声に反応したのか、廊下を走り掛けていた翠恋は足を止める。
「そんなの決まってるわよ。千本妓って奴、私の口から直接問いただしてやるわ!! 謝罪動画だとかなんだか知らないけど、泪を酷い目に合わせて···あいつ許せない!」
「今、職員室で説教食らってる途中だよ! 私やあんたが行っても解決する訳じゃない!」
「何でも知ったかぶりしてる奴が、泪の本当の事情なんて全然知らない癖に! 私はそれが許せないの! これからそいつに会って、問い詰めてやるんだから!」
瑠奈の叫びに近い問いに対し、翠恋は顔だけ横を向き言うだけ言うと、今度こそ翠恋はそのまま職員室へと走り出した。
「···行っちゃった」
「先生達いるから大事にはならないと思うけど···」
泪の為に怒ってくれるのは嬉しい。泪の心の闇を知った瑠奈にも、泪の過去を知る鋼太朗にも、泪を救った水海兄妹や篠崎姉弟にも、泪は自身の痛みも悲しみも喜びすらも誰にも共有する事はない。泪は進んで他者と歩み寄ろうとしないから。
泪は昔も今も一人で戦っている。泪が誰と戦っているのか、まるで分からない。泪の戦っている敵は何処にいるのかさえも。
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