第60話 宝條三年生side



―同時刻・第一校舎三階三年教室棟廊下。


本日の授業が終わるチャイムがなった後。帰宅したり部活や会議へ向かう為、教室の外へ出た生徒や教師達は唖然としている。一歩教室の外から出た廊下では、あまりにも異様な光景が繰り広げられていた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい―」


授業が終わり一早く教室を出た泪は、教室のすぐ前で待っていた寧々と会い、あの後寧々に言われるがまま、教室を出た三年の生徒達に無表情で土下座を繰り返していた。泪に土下座をされたクラスメイト達はおろか、その光景を見ていた周りの三年の生徒達は、普段決して見る事のない穏やかな優等生の姿に顔を青ざめ引いている。


「すごいよ···ぱふくん凄いよ。ぱふくんの言う通りだね···。やっぱり、ぱふくんは偉い···ぱふくんは凄い···泪っ、ぱふくんは凄いね···ぱふくん···僕、やったよぱふくん···ぱふくんはやっぱり···世界のぱふくんだね···ぱふくんは、ぱふくんはほんと凄いっ」


寧々は大好きな歌い手の名を何度も呼びながら頬を染め、泪が生徒の前で土下座をする光景を携帯で録画している。動画は現在も寧々のツイッターで流している。大好きなぱふっこは今も寧々を応援してくれている。これは寧々の大好きな歌い手ぱふっこが、世界で有名になるチャンスなのだ。大好きなぱふっこが有名になるなら寧々はなんだって出来る。


「な···っ!! お、おい!? 何やってんだ泪!! 止めろっ!!」


何やら廊下が騒がしいと異常な光景を目撃した鋼太朗と京香は、今も淡々と土下座を繰り返している泪の腕を掴み動きを止める。鋼太朗に腕を掴まれ彼の近くへ引き寄せられた泪は、無表情のままピクリとも動かない。


「ちょっとこれどういう事なの!? 説明して!」


鋼太朗達が泪の土下座を止めた事で、寧々は一気に不機嫌になる。鋼太朗に羽交い締めにされた泪は今も無表情のまま。


「やめてよ。なんでだよ···どうして泪を止めるの? これは泪が悪いんだよ? 僕とぱふくんは全然悪くないよ···お前らはぱふくんと僕達の邪魔しないでよ」


不貞腐れた表情で鋼太朗達を睨み付ける寧々に、京香は全く怯む事なく啖呵を切る。


「誰が何の邪魔をしてるって? ふざけんじゃないわよ! 何の非もない相手を公衆の面前で、無理矢理土下座させる奴が何処に居る!?」

「やっぱり、僕は水海の事なんか大嫌いだ。気持ち悪いし···ブスだし···ムカつくし···ウザいし···気持ち悪いし···自分勝手だし···」


寧々の理不尽かつ挑発じみた嫌味にも、京香は全く動じる事なく冷淡に反撃する。


「えぇ、嫌いで結構。私も周りがどうでもよくて、自分しか見えてない人には好かれたくない」


京香と寧々。二人が一触即発の殴り合いにもなりかねない、険悪な睨み合いを続ける中、鋼太朗は今だに反応のない泪に声を掛け続ける。


「泪、お前は何も悪くない。お前はもう謝る必要なんか―」


泪が鋼太朗の呼びかけに反応しかけている事に気付いた寧々は、睨みつけてくる京香を無視し泪に声を掛け続けている鋼太朗を無理矢理引き離そうとする。


「駄目だ駄目だ駄目なんだっ!! 泪が悪いんだっ!! 泪が悪いんだ!! 泪が全部悪いんだよっ!!

泪はこの学園のみんなに謝らなくちゃいけないんだよ!! ぱふくんが、僕の大好きなぱふくんが言ってた!!

泪はこの世界にいらない人間だから!! 泪は生きてちゃいけない人間だから、世界中のみんなに謝って、ぱふくんもみんなっ。世界中のみんなも泪が凄く悪い人間だから、世界中のみんなに謝らなくちゃいけないんだって!!

泪は世界中のみんなに謝らなくちゃいけないんだっ!! 泪はぱふくんの言う通りにしてっ!!」


「いっ、痛ぇ! つかお前の言ってる事、訳わかんねぇよ! 大体今、泪を追い詰めてるのはお前の方だろうがっ!!」


寧々の全く理解出来ない言葉を頑として否定する鋼太朗。京香も黙って寧々を睨み付ける。


「鋼太朗君。早く泪君保健室へ」

「駄目っ! 駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だぁっ!! 泪を連れてかないでぇ!!」


異常なまでの廊下での大騒ぎに三年生だけでなく、二年生や一年の生徒達までもが集まって来る。その生徒の集団の中に雪彦と万里も居た。


「京香お姉さまっ! 泪先輩に四堂先輩。こ、これは···」

「雪彦君。丁度いい所に」


「駄目だっ!! 駄目だ駄目だ駄目だあああっ!! 行っちゃ駄目なんだあああっ!!

泪はみんなに!! ぱふくんと世界中のみんなに謝らなくちゃ駄目なんだよっ!!」


寧々は叫び錯乱しながら、必死に鋼太朗達を止めようとするが、泪を止めるなと大袈裟に騒ぎ立てているのは寧々一人だけで、周りは後輩達からの信頼の厚い京香達に賛同する生徒達が多数。


しかし寧々が騒げば騒ぐ程、寧々は酷い興奮状態に陥り泪を連れていこうとする、鋼太朗に追い縋りますます寧々は暴れていく。余りの大騒動に遂に茉莉までが駆け付けてきた。



「騒がしいわね~。これは一体何の騒ぎ?」

「ま、真宮先生っ。じ、実は···」

「うるせぇ!! 何で来たんだよ!? 何でてめぇが来たんだよ!? 何で来たんだよ!! ウザいよババア!! お前は邪魔なんだよクソババアっ!!

あ、あ、あ、あ、る、る、泪っ! 腐った大人達の言う事は絶対に聞かないでっ!! 僕とっ、僕とぱふくんだけが泪の味方なんだよ!!」


「···千本妓さん。すぐ職員室行きましょうか?」



寧々の様子を見て、直ぐに状況を察した茉莉は冷ややかな声で寧々の腕を掴む。茉莉の拘束から逃れようと必死に暴れるが、茉莉の腕を掴む力は保険教諭担当の女性と思えない程強く、普段から運動していない寧々の力では全くびくともしない。


「くそっ、放せっ!! 放せよっ!! ちくしょうちくしょうちくしょう!! 放せ放せ放せ放せ放せ放せ放せぇっ!!」

「四堂君、水海さん。赤石君を家まで送ってあげてね~」


常に体育をサボっている寧々では、茉莉の驚異の腕力に敵う筈が無く、寧々は茉莉に腕を掴まれ引き摺られなら呆気なく連行されていった。



「······」

「行くぞ、水海。すぐに和真さん達にも連絡取ってくれ」

「分かった」


「放せっ!! 放せ放せ放せよ色ボケババア!! 僕はお前らには従わない! 腐った大人には絶対に従わない!! 従わないっ! 従わないんだああぁっ!! 泪もっ!! 泪も腐った大人なんか絶対に信じちゃ駄目だっ!

僕と、僕とぱふくんだけを信じてっ!! 僕はっ!! 僕はっ僕はっ僕は僕は僕は僕は僕は僕はあああぁぁぁぁぁっ!!」

「貴方の話はじっくりと職員室で聞いてあげるわよ~」



茉莉の口調はいつもの感じだが、声は艶と同時に無慈悲な冷徹さも混じっており完全に怒ってる。泪に行った行為自体が迫害をも同然なのだから。


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