第45話 ファントムside



「ルシオラ様っ、ルシオラ様っ!」

「······何だ」

「ルシオラ様っ! 私がルシオラ様に敵対する人間を倒すと嬉しいですかっ? 嬉しいですかっ? とっても嬉しいですよねっ? 私っ、ルシオラ様の為なら何でもしますよっ!」


薫はふっくらとした頬を染め、はにかみながら椅子に座るルシオラへとふんわりと微笑む。

だがルシオラの表情は眉一つ動かさず、何を考えているのか全く読む事が出来ない。それ以前に先程から一方的に話しかける薫の方を全く見向きもせずに、黙々と目の前の本を読んでいる。


「私、嬉しかったんですっ···あの時からずっと···ずっと······ずっと私を助けてくれたあなたに会いたくて、これまで頑張って来ましたっ」

「······」


うきうきと話を続ける薫に対しルシオラは微動だにせず、無言で手に持っている本を読み続けている。氷の様に端正な顔立ちを一向に変える事なく、淡々と帰り際に書店で購入した本のページを読み進める。


「···何であの女連れて来たんだ?」

「何て言うか···と、言うより彼女が勝手にルシオについて来たらしいのよ」

「マジか」


勝手に付いてきた、との返答で玄也がマジかよと言わんばかりに大きな手でこめかみを抑え溜め息を吐く。彼女の存在によってファントム総帥ルシオラが極秘裏に潜伏しているマンションが、事実上末端の構成員にバレたと言う事になる。


「···極端な話だけどさ、あいつルシオ以外の言う事聞かないんじゃない?」

「あ···っ」


所詮薫はルシオラが一年程前、政府管轄の異能力研究所の一つを襲撃し、『異能力研究の実験材料』として研究所に捕らわれていた所を、ルシオラが直接救出した数十名の異能力者の内の一人に過ぎない。


だが薫にとってはルシオラは、自分を助け出してくれた『白馬の王子様』であり、研究所での幽閉生活が長かった薫に、生きる理由を与えてくれた神様をも同然の存在だ。


「実は考えたら、それが問題なの···」

「何でさ。ルシオ以外の命令聞かないのなら、あいつ大分制しやすいんじゃ···」

「彼女。ルシオが個人で追ってた異能力者と、一度盛大に揉めてる見たいなのよ···」

「そうか···それじゃ駄目だな」


実際の所、薫はルシオラ以外を全く見ていないらしいとの報告を受けている。

表面上はルシオラの目的の為に仲間に対しては、比較的友好に接しているらしいが、実際はルシオラ以外の存在自体同じ異能力者ですらどうでもいいと思っている様らしい。


事実薫のとばっちりを食らっているのは、ルミナ達やルシオラ個人が関心を持っている、ある一人の異能力者の少女。まさにルシオラへ盲目的に恋焦がれる薫の存在自体が、ルシオラの目的達成最大の障害になりうるかもしれないのだ。


「甘~いイチゴのケーキを焼いて···ルシオラ様のお部屋に可愛いお花をたくさん飾りますねっ!

ルシオラ様は私の王子様なんですっ、ルシオラ様が私を守ってくれる格好いい素敵な王子様なんですっ!

だから···だからずっと···私を見守ってくださいね、ルシオラ様」

「······」


薫は今だ一方的にルシオラに話しかけている。それでもルシオラは薫の話を無視して、読み終えた本を本棚に戻したと思えば、本を戻した本棚から別の本を取り出すと再び椅子に座り、無言で次の本に没頭し始めた。


「あんな自分本位な発言されまくって、よく引かねぇよな···」

「ルシオの事だから内心引いてるんじゃない? 彼。単純に感情表現が苦手なだけだし、あぁ見えて色々考えてるわよ」


組織末端の構成員に総帥の極秘潜伏先が発覚した以上、これから大変な事になりそうな予感がする。ルシオへの負担も考えながら三人は盛大に溜め息を吐いた。


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