第10話 儚い希望
オークション会場内に、目立つほどの大きな声で騒いでいる2人の姿があった。
1人は若い男性。もう1人は幼い女児である。
2人は手を握りながら満面の笑顔で語らっていた。
「お兄ちゃん!本当にありがとう。お金は絶対に返すからね」
「お金の事は気にしないで。そうだ、夕食がまだだったよね。お母さんも連れて4人でレストランに行かないかな?おれが金を払うからさ」
「うん!行こう行こう」
おれはやったんだ。
依頼を達成する事が出来たんだ。
喜びのあまり声を裏返しながら会話をしていたゴールドの目には、感涙の涙が溢れている。
「お兄ちゃん、どうして泣いてるの?」
「これは嬉し泣きだよ」
まるで、どこかのB級映画の安っぽいラストシーンを2人で作っていた。
しかし、その感動的なシーンとは不釣り合いな表情を浮かべながら腕を組んで座っている女性がいる。
フォーレンだ。
喜んでいる2人を見ながらさらに顔を歪ませる。
「2人ともまだ終わっていないぞ、正式にあの母親が引き渡されるまで気を抜くな」
「フォーレンさん…心配のしすぎですよ」
「そうだよお姉ちゃん!」
この時はまだ2人の表情は喜びに満ちていた。
そうこの時はまだ…
「そういえば、いつ引き渡されるんですか?」
「外の受付まで行って金額を払えば、すぐにでも交換してくれたはずだ。急ごう」
「そうですね!今すぐ向かいましょう」
ゴールドの足取りは軽い。まるで羽が生えたような感覚である。
外へ向かう途中、自らの席から少し離れると、ふと奴隷商会代表バッカスに礼を言うついでに金銭の授受について話しておきたいと感じた。
あの女性がまともな人物だったからこそおれ達は今、幸せなんだ。
それに後々、行う予定の奴隷解放事業の際にも力を借りると思う。今のうちに顔を覚えてもらおうか。
将来のことまで考慮に入れているゴールドは歩くのを止めてバッカスの方へ走り出した。
「ごめん、フォーレンさん!バッカスさんに一言お礼に言ってくるから女の子連れて先に受付に行ってて」
「分かったわ、ほら行きましょ」
「うん!お姉ちゃん」
フォーレンは苦い顔をしていたが、女性2人、お互いに手を取り合ってゆっくりと外に向かっていく。
(よし。おれもお礼を言ったらすぐに外へ向かうか)
心を弾ませながら、先程まで交渉していたバッカスの元へ向かう。
ーーーだが
彼女は最早、その場にはいなかったのだ。
(あれ?トイレかな)
「すみません、こちらに座っていた女性はどちらに向かわれたか分かりますか?」
早く受付の所へ行って依頼人と母親を合わせてあげたい。
その一心からゴールドは、バッカスの席付近に座っていた老人に彼女の事を尋ねた。
声をかけられた老人は、ゴールドの姿を見てひどく驚いたようだ。
目を見開いて口をパクパクと動かしている。
突然話しかけられてびっくりしたのか?
ーーーいや違う
明らかに異常な程、驚いている
不可解な老人の反応ではあったがすぐに、なぜ驚嘆していたのかが分かった。
「お主… なぜまだここにおるんじゃ!さっさと受付に行け!行かんと…」
突然、会場内に響き渡るほどの大きさで声を張り上げる。
老人とは思えない程の迫力だ。
いや、感心している場合ではない。
この言葉の意味はなんだ?
なぜ早く受付に行けと?おれが質問したのはバッカスさんの行き場所なのに…
「あ…もしかして」
ゴールドは老人に一言の礼も無しに、突然外の受け付けまで駆けていく。
フォーレンさんが『必ず負ける』と言っていた理由が分かった気がした。
もし仮にゴールドが予測した『必ず負ける』理由が本当なら、確かにこちらは何をやっても目的を達成する事はできないだろう。
オークションに勝ったとしてもだ。
みるみるうちに歓喜の表情から苦悩の表情に変わってゆく。
外の受付までたどり着いた頃には、先程まで喜んでいたとは思えない程歪んだ表情に変わっていた。
だが、まだ心の何処かでは自分の予測が、馬鹿げたモノであると必死に思い込むようにしている。
―――しかし
人生は厳しいものだ。
ゴールドの予想を裏付けるように受付の方から聞き慣れた女性の怒号が聞こえていた。
「なんで今すぐ交換が出来ないんだ!金ならすぐに払う」
「いや~、誠にすいません。こちらの手続きの不手際で後30分少々待って頂く事になります」
怒号の主はフォーレンである。
怒りのあまり受付にいる男の胸ぐらを掴んでいた。
対する男は悪びれる様子も無く、ただ淡々とマニュアルを読んでいるかのような抑揚で説明している。
怒りを隠しきれていないフォーレンにゴールドは、とぼとぼと歩きながら近づき声をかけた。
「フォーレンさん、バッカスが消えていました」
「やはり…そうか…」
フォーレンは後ろを振り向かずに返答する。
少し涙を浮かべているのだろうか、しばらくは顔をこちらに向けてはくれなかった。
「お姉ちゃん、お兄ちゃん!何でそんなに急いでるの? 30分待とうよ」
何も知らない依頼人はまだ陽気な気分でいるようだ。
目を輝かせながら話す言葉は、明るくハキハキとしている。
「ははは。そうだな待とうか」
元気の無い言葉をかけてから、3人は30分間を近くのベンチで過ごした。
まるで地獄のような時間である。
フォーレンとゴールドは一言も話さず、目を合わさず、ただひたすらに地面を見つめていた。
そうしているうちに30分を過ぎたよう、で再び抑揚の無い声が受付の方から聞こえる。
「えぇ、ゴールド様ですね。大変お待たせいたしました。こちらの垂れ幕を開けますと96番がいますので、その前に3000万Gをお願い致します」
まさにマニュアル通りといったような丁寧なお辞儀をしていた。
顔を地面ギリギリにまで近づけるお辞儀。
「おいゴールド、今だぞ」
「分かってます」
ゴールドはおもむろに両手を上げてスキルを発動する。
勿論、受付が深くお辞儀をしている間に発動していた。
〈ガガガガガガ〉
金貨が、何も無い空間からザクザクと流れ出る。
「ほら。3000万Gだ」
「確認いたしました。では、どうぞ」
受付は大金を見慣れているのだろうか。
異常な金貨の量を目にしても何も動じずに丁寧に再度お辞儀までしていた。
そんな丁寧な対応とは対照的に、依頼人の女児はすぐさま母親に会おうと垂れ幕を上げる。
「ママ!迎えに来たよ」
希望に満ちた顔や声は、幸せの絶頂というわけだろう。
何、無理もない。
期待していたのは感動の親子の再開なのだから。
だが先に走る女児を見て、フォーレンとゴールドはすぐさま止めようと体を前に出した。
「待ってくれ!先におれらが入るから」
「確認は私達に任せて」
〈ガッ!〉
しかし、無情にも2人の体は受付の男に止められてしまう。
「お二人さん、親子の感動の再会に水を差しちゃダメですよ」
「「…」」
受付のこの時の口調は先程までの丁寧で抑揚の無いものではなかった。
いや、丁寧ではあったがその表情は悪魔が笑うかの如く人を馬鹿にしたような表情である。
それに対して、フォーレンとゴールドは言葉を発しなかった。
というよりも、怒りのあまり声を出せずに2人とも鬼の形相で受付を睨んでいたのである。
3人が垂れ幕の外で睨み合っている間に女児は垂れ幕内へと入っていた。
そして、その中には期待していたモノとは全く違う絶望が待ち受けていたのだ。
「ママ?…」
垂れ幕の中は暗い。
暗闇の中に薄っすらと女性らしき人物が足を抱えて座り込んでいるのが辛うじて分かるくらいだ。
そう。まだ、絶望を理解していない。
女児は近くに置いてあったランタンに気づき、その灯りを頼りにしてゆっくりと絶望へと近づいていく。
「ママ助けに来たよ。ほら私を見て」
女児のその言葉に反応した女はゆっくりと女児の方へと顔を上げる。
そして、女児は理解するのだ。
「あ………れ…? ママ…じゃない」
確かにオークション時に出品されている96番は依頼人の母親だった。
しかし、今依頼人の目の前にいるのは母ではない。
「あぁぁあ、あぁ、た、たひゅ、けて」
目の前にいるのは美しい銀色の長髪を有している女性であった。
ただ、普通とは違う。
先程から目の焦点があっておらず、よく見てみると歯が何本か折れている。
「きゃあぁぁああ」
女児は突然の出来事に気が動転してしまい、叫び声と共に手にしていたランタンを放り投げた。
〈ガチャン!〉
女児の悲鳴とランタンが割れる音、それは垂れ幕の外にも十分聞こえる程の音だ。
勿論、フォーレンやゴールドの耳にも入っていた。
「受付…どけよ」
ゴールドの眼は怒りに満ちていた。
あまりの殺気に一瞬ひるんだ受付を2人は見逃すわけがない。
腕を振りほどき、垂れ幕内へと入っていく。
「フォーレンさん、暗くて何にも見えない。魔法で何とかならないですか」
「分かったわ!ファイアエレメント」
〈ボッ〉
フォーレンの掌から輝く、優しい炎の灯火は垂れ幕内全体を照らし出す。
―――そう、絶望までも
その灯火は泣きじゃくる女児とボロボロの体を引きずりながらこちらに近づく哀れな女、を照らし出していた。
おれらは、してやられたのだ。
バッカスという女に、オークションで競り落とした96番の中身を変えられた。
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