第8話 危険な賭け

 


 オークション会場は静まり返っていた。

 単なる女の奴隷に2000万Gも掛けた馬鹿がいるからだ。



 人間と魔獣のハーフなどの希少種ならまだ理解できる余地も残すが、単なる二十歳中頃の女性に掛ける金額ではない。



 しかも、その馬鹿がなんと奴隷商会という大組織のボス『ジーン・バッカス』なのだから余計に信じられないだろう。




 ここは本当に現実なのだろうか、まさか夢ではあるまい。

 不思議な表情を浮かべ、会場にいる人物全員が一斉に一方向を向いているのは荘厳な景色だ。



 まるで有名な画家が描いた一場面のように、中列後段に座るバッカスに向かって綺麗なシンメトリーを描いている。



 無論、この景色を形作っているのは観客だけではない。

 本来ならオークションを取り仕切るはずのピエロさえ、バッカスの方を見たまま固まっている。




「進行役!聞こえているのか、2000万G出すと言っているのだ。早くオークションを進行させてくれ」

「あっ… 2000万、頂きました。他に値を吊り上げる方は、いま… せんよね?」




 バッカスの冷たい声に急かされるように進行を続けるピエロだが、もはや手を挙げる者などいないと思っているのだろう。

 競売相手がいるか確認しながら、終了の鐘を鳴らそうとしていた。




 実際に、バッカスの言葉の意味も早く終了の鐘を鳴らせという意味だ。





 この場にいる全員が、この馬鹿げた競売が終わる。

 そう思っていた



 ―――しかし







 〈ガタッ〉

 観客席の後方から物音が響いた。

 会場にいる誰も気づかないような小さな音。



 だが、その小さな音を引き起こした人物はオークション史上稀に見る事件を引き起こす。






 次の瞬間






「ピエロ待ってくれ!競争相手の女と話がしたい。オークションを中断してくれ」





 若い男の声が、ピエロの動きを止めたのだ。

 その声の主はゴールド。




 このままでは埒があかないと咄嗟に考えついた解決手段が交渉というわけだ。



 しかし、競売途中に交渉、こんな事は奴隷オークションを始めた頃まで遡っても記録に無い。



 認められるかどうかすら疑問である。

 ゴールドは危険な賭けに出たのだ。




 勿論、会場はまた静まり返る。

 ピエロも混乱して動けず声も出せない様子だ。




「今しかない」



 会場全体が混乱している

 その様子を見たゴールドは、さらなる賭けに出た。



 なんと進行役から許可不許可の判断がされる前に、バッカスの席に向かって歩き出したのだ。

 恐らく判断を待っていたら、十中八九オークションの中断など認められないだろう。



 前世で大企業に勤めていたゴールドは知っていた。



 大組織は必ず前例に乗っ取って行動する。責任から逃れる理由作りのためだ。

 恐らく今回も前例が無い事を理由に断られる可能性が高い。



 なら、判断が出る前にこちらから動くまでだ。




 ―――交渉さえできればあるいは

 そんな淡い期待を抱いていた。






 一方で会場の異様な雰囲気を感じ取った依頼人は、心配そうな表情を見せてフォーレンに話しかけている。



「お姉ちゃん、大丈夫なの?」

「…ゴールドは正しい事をした。このまま争っても、こちらが必ず負ける」



 フォーレンは悔しそうな顔をしながら、血が出るほど唇を噛んでいた。




「負けるの?お兄ちゃん、オークションなら必ず勝つって」

「確かに金ならあるんだけどね。でも、それだけだと負けるのよ、今回の相手は」


「そんな…なんで」



 まだ小さな幼子にフォーレンの言葉の意味は、理解できなかった。

 いや、ゴールドすらも『必ず負ける理由』を詳細には理解していない。




 だが、ゴールドは自身の直感を信じて行動に出たのだ。

 後は自分を信じるしかない。

 覚悟を決めたゴールドは、目的のバッカスの元へと無事に辿りついていた。




 対するバッカスは冷淡な口調でゴールドを迎え入れる。



「マナー違反だぞ」

「すみません。ただ、あなた様のお耳に入れておきたい話がございまして」



 冷淡な口調に対しても笑顔を忘れず、相手の興味を引く。

 これは交渉の基本だ。


 ゴールドは思ってもみなかった。

 まさか、前世での交渉術を異世界で活用する日がくるなんて



 それもオークション会場で



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