第2話 魔道士の女
スキルが「金」に関係する事だとは、この場にいる3名にとって予測できない事態であった。
場は静まり返っている。
そんな状況下でも口火を切ってくれたのは、やはり父である。
「スキルについては分かったけど名前は?」
この世界ではスキルだけでなく、名前に関しても牧師から教えられるのが習わしだ。
「失礼しました。名前は‥ゴールド・バールゲルトと出ています」
「良かったな倅!これからは、ゴールドと呼ぶからな」
「父さん。ゴールドって変な名前だなぁ」
少し変な雰囲気になってしまったが、話題を変えてくれた父のおかげで柔らかい空気へと戻っていった。
その後も3人で少し世間話をしてから教会を出て、家に向かって再び馬を走らせる。
しかし、馬を駆けていく最中の父の表情は柔らかいものとは言えない。
重たい空気の中で父がゆっくりと笑顔で語りかける。
「ゴールド。お前のスキルだと田舎じゃ役に立たないな」
「そうだね。結局、農業も料理にも関係ないスキルになっちゃった。でも畑仕事頑張るよ」
「その話なんだが、一回、都市へ出てみて欲しい。村に残ったらそのスキルを腐らせちまう」
「父さん、でも‥」
「母さんには、おれからも伝えるから大丈夫だ。それに息子が旅立つ日が来る事は覚悟してるさ」
父の優しさに触れ、少し涙が出そうになった。
実のところ自分のスキルを試してみたい気持ちはある。
いくら金を憎んでいようと興味がある事は確かなのだ。
家に着くと母が玄関をあけて飛んで出てくる。
「どんなスキルだったの?名前は?」
「夕食でも食べながら話そう」
父はいつもと変わらないように装って、母を家の中へ連れていく。
ゴールドもそれに続いて家に入ると豪華な料理が用意してあった。
魚のグリルと山菜サラダ、高級なパンと両親のために用意されているワイン、それとゴールドの大好物であるハンバーグが用意されていた。
母の喜びの感情は料理にも表れているのだ。
村から出て行くと決心を決めていたゴールドは、複雑な気持ちを抱えながら席に着く。
そんなゴールドは自然と暗い表情になっていた。
「大丈夫なの?気分悪い?」
「大丈夫だよ、母さん… 話を始めよう」
「そうだぞ!母さんも席に座って。コホン!… では、まず名前についてだが、ゴールド・バールゲルトって名前になった」
「カッコいい名前ねぇ」
母は先程までの心配など何処吹く風で、ウットリとした表情で何回も名前を繰り返して言っている。
「そして、スキルについてなんだが… 都市部で活躍するスキルを身につけていたよ、流石はおれの息子だ!ははは」
わざと笑っている父とは反対に、母は少しの沈黙を置いてからゆっくりと口を開けた。
「という事はゴールド、この村を出るの?」
「……そうしようと思う。一回でもいいから自分のスキルを試してみたい」
都市に出る不安は父が必至に息子を送り出そうとする姿勢を見て、この時には消えていた。
母の目をしっかりと見つめて話せている。
この真剣な目が母の心を動かしたようで、彼女の次の行動は周囲を驚かせた。
「、、、分かったわ。ちょっと待ってなさい」
急にテーブルからたつと奥の物置小屋の方へ走っていったったのだ。
そして数分後に息を切らしながら、駆け足で戻ってくる。
「これを持って行きなさい」
差し出された掌には、何か文字の書かれた紙切れがあった。
紙切れには『クレアへ』とあり、母宛の内容であることが分かる。下部分に住所も書いてあった。
「これ何?」
「私の昔の友人よ。魔導士としての腕はピカイチなはず。都市へ行くならこの人に頼りなさい」
「ありがとう母さん」
反対されるどころか自分の背中を押してくれる母に対して、感謝の気持ちで一杯になり涙が溢れる。
「何泣いてるんだゴールド。明日旅立つんだ。今日はゆっくり夕食を楽しもう」
父の一言でいつもの夕食時の雰囲気に戻り、最後の家族団欒を噛み締めた。
次の日の朝、家の前に父と母が出向いて、見送る準備をしてくれている。
両親の表情に悲壮感は全く無い。
でも、おれは知っている。
――昨日の夕食後に母が泣きながら父に、息子を止めてと言っていた事を
――そして父が、必死に母を説得していた事を
決意を決めたゴールドは、馬を走らせる。
「ゴールド!いつでも帰ってこいよ」
「たまには顔でも見せなさいよ~」
「ありがとう。絶対にまた戻ってくるから」
そう言って馬を駆けたおれは、後ろを振り向かなかった。
もう一度、両親の顔を見てしまうと村へ戻ってしまうと思ったからだ。
そのまましばらく馬を駆け続けた。
――前だけを見つめて
両親から離れて馬上から見る景色は一味違う。
視界に入りきらない草木はどこまでも続くように広がり、いつもは聞こえないような虫や風の音がよく聞こえる。
途中の川や大木の日陰で休憩を取りながら半日以上かけて、母クレアからもらった紙切れに書いてある住所、都市『ロットー』へと辿り着いた。
「こんなに長い間、馬に乗ったのは初めてだ。ケツが痛すぎる」
お尻をさすりながら『ロットー』玄関口である露店街で馬を止めると、馬から降りて歩き出す。
目的は母の友人である魔道士を探す事だが、なかなか見つからない。
貰った紙切れに書いてある住所へ向かっても、既に違う人物が住んでいたし、近隣住民に聞いてみても昔住んでいた人の事なんか分からないと一蹴されてしまった。
「どうしよう」
とうとう道端で座り込んで、目の前で行なわれている手品ショーを眺め始めている。
手品ショーと言っても道端で勝手に行なっているだけで観客もまばらだ。
チップもなかなか集まらないようである。
手品ショーを行なっている人物は、深くハットを被って顔を見せないようにしているが若い女のようだ。
ピンク色の髪をたなびかせながら、低い身長でも必死になって、遠くの人へアピールするよう背伸びをしている。
「あの人も頑張ってるな」
なぜかその人の事が気になって近づいて行き、声までかけてしまった。
「あの、すみません。お聞きしたい事があるのですが」
「ん?どうしたんだい?」
目を丸く開け、手を止めてニッコリとした笑顔で微笑んでくれた。
「母の友人を探してまして、この紙の住所に住んでいたと聞いているのですが」
紙切れをポケットから出して手品師へ見せると、手品師の目はその紙切れに釘付けになり、震えた声で続ける。
「あなた、クレアの息子なのかい?私がクレアの友人で、大魔道士のフォーレンよ」
「え?でも、あなたどう見ても20歳そこそこにしか見えないですけど」
「ふふふ。魔法で加齢を止めてるからね。そんな事より、私になんの用事?」
「実は手伝ってもらいたいことがあって。給料なら支払いますので」
「雇ってくれるの!? いや…いくらなら支払える?私を雇うとなると高いわよ」
急にニヤつきながら腕を組み出した。金額を吊り上げようとしているのだろう。
「月20万G(ゴールド)なら、雇われてあげてもいいわ」
「え?」
「やはり、若造のあなたには無理な話だったからしら」
異世界での金の価値の基準は勉強したつもりだが、円とほぼ同じ価値と考えて良いはずだ。
ということは大魔道士が要求してきた金額は新入社員程度の給料ということになる。
大魔道士という名前を聞いて法外な額を突きつけられると予想していたので、あまりの安さに思わず動揺してしまっただけなのだ。
20万Gという金額を聞き、少し可愛いと感じる。
ゴールドはニヤける顔を必死に我慢しながら金額を提示した。
「いいえ、月100万G出しましょう。ぜひお願いします」
「うそ!月100万Gくれるの?もしかして、卑猥な商売でもさせるつもりじゃないでしょうね」
自らの体を抱きしめながら後退りしている。
「違いますよ。親の友人に対してそんな変な事しません」
「じゃあ、どうやってお金を用意するのよ」
「おれのスキルで金を出します」
「ふぇ?」
大魔道士は予想していた答えより斜め上の返答が返ってきたために変な声が出てしまった。
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