第10話 19歳の45キロメートルただ歩く冒険
19歳の時に、いつも一緒にいる友人Nちゃんに
「何か冒険したい!」と提案しました。
当時、『20歳で家出する計画』を実行することが人生の目標だったのですが、何もかもつまらなくて面白くなかった生活に刺激が欲しかったのかもしれません。
Nちゃんと相談した結果、当時通っていた短大からNちゃんの実家まで歩くということになりました。
Nちゃんは短大の寮から短大に通っていましたが、実家はそう遠くなく車で1時間半の距離でした。
寮の近くのJRの駅で待ち合わせ、二人は朝7時に出発しました。
リュックの中に、お弁当、水筒、リコーダーが入っている程度で、さほど重くもありません。
二人は、冒険家の気分で国道を歩きました。
途中、有名な峠があり大きなトラックが歩道のない登り坂の狭い国道をうなるような爆音で何台も行き過ぎました。
二人は一列になり、道路の端を歩きながらトラックのクラクションに耐えました。
そして、最難関だった峠の頂上でお弁当を食べて再び歩き始めました。
そこからは道路に歩道があったり少し広くなっていましたから、私はリコーダーでバッハのメヌエットを吹きながら歩き、冒険を楽しみました。
15時頃だったかな、二人は口数が減りました。
「疲れたね…。」
「足が少し痛いね…。」
「うん…。」
本当は、かなり疲れていて足の痛みはひどかったのです。
それなのに、
「でも、バーバラは頑張るよ。Nちゃんの家まで歩こうね。」
「うん! 私も大丈夫、歩こうね。」
と二人ともやめる気はありませんでした。
そんな会話をしていると、国道を走っていた車が一台私達の横に停まりました。
「君達、どこに行くのかね?良かったら乗っていきなさい。」
と初老の男性が声をかけてきました。助手席には奥さんらしき人が乗っています。
かなり疲れているように見えたのでしょう。
もしかしたら、足はびっこを引いていたのかもしれません。
「私達は△△へ行くところです。 私達は歩きたくてわざわざ歩いているのです。お気持ちだけいただきます。ありがとうございます。」
私たちは、そう答えました。
親切な人もいるもんだと二人で笑顔になり、元気が出て足取りが軽くなり、何となく足の痛みも軽くなったように感じました。
しかし、足の痛みが軽くなったのは気のせいだったと、しばらく歩くと気がつきました。
やはり、足は痛く足取りは重くなっていき二人とも無言で歩いていました。
すると、ププッと軽くクラクションの音がして、かわいらしい軽の車が横に停まりました。
「Cちゃん、乗って乗って! 朝も随分と街に近い辺りで見かけたよ。まさか歩いてここまで来たの?」とNちゃんの地元の友人が声をかけてきました。
Nちゃんの友人は朝、街まで買い物に出かける時に反対車線の隅を歩く私たちを見ていたのです。
そしたら、帰りにまた私たちがいたので驚いて車に乗るように勧めてくれました。
「私たちは歩きたくて歩いているの!だから大丈夫。声をかけてくれてありがとうね。」
そう言うとびっくりして、
「そうなんだ~。びっくりしたよ~。そんなことしてるんだ。頑張ってね。」
と言い、Nちゃんの地元へ帰って行きました。
私達は、声をかけてもらえたことが嬉しくてまた元気が出ました。
再び、足取り軽く歩き始めました。
けれども、少し歩くとまた足は痛く重くなりました。
行けども行けども田んぼと畑があり長い長い道が続いています。
二人とも、よほど疲れているように見えたのでしょう。
畑仕事をしているおじいさんが、
「あんたたち、どこに行くところ? バス停までは、かなりあるよ。」と声をかけてきました。
「私達は、歩いているんです。JRの○○駅からずっと歩いてここまで来ました。まだまだ、△△町まで歩くのです。」と答えると、
「ええー!そりゃあ、すごいこと!へえー!頑張ってね。」
と言われて二人は嬉しくなりました。
するとどうでしょう!
足の痛みがスウッと無くなるのです。
そして元気に歩けるのです。
私達はそのことに気がつき、人に会うたびに声をかけて、自分たちが歩いて来た話をしました。
不思議なことで、膝と足首はズキズキと痛み、足は腫れ靴は脱いで靴下のままびっこを引きながら歩いているのに、人に自分たちの話をするとスウッと痛みが無くなるのです。
19歳の女の子が二人で靴下のまま、手に靴を持ってリュックを背負って足を引きずりながら歩く姿は、人を驚かせるものだったでしょう。
それでも、二人とも「もう、やめよう。」とは言いませんでした。
日が暮れ始めました。
歩く途中に外で農作業をする人も無くなりました。
たまに人を見かけても、もう日暮れで他人に興味を持つこともなく家に帰って行きます。
話しかけても「ああ、そうなんですか。」と言われ忙しそうに畑仕事を終えて帰る人でした。
夜の8時頃だったでしょうか、真っ暗の中、Nちゃんのお父さんの車のヘッドライトが前方に見え、Nちゃんの妹と弟が手を振っているのが見えました。
なかなか帰って来ない私達を迎えに来て
「暗くなって来たから、今日のところはやめておきなさい。」と言われました。
正直、もう一歩も歩ける状態ではありませんでしたから、やめるようにに言われてホッとしました。
Nちゃんの家では、妹二人と弟で
「完歩!45キロメートル!おめでとう!」
という垂れ幕を作ってくれていました。(実際は45キロメートルも歩いていないと思います)
靴下を脱いで歩くとクッションの上を歩いているみたいにふわふわとするので足裏を見てみました。
足裏は全面に見事に水ぶくれができていて驚きました。
次の日、短大でびっこを引きながら歩いていると、いろいろと聞かれましたが、痛みが引くことはなかったです。
人は、しんどい時に認めてもらえると痛みを忘れられるという不思議な体験でした。
Nちゃんも私も心から楽しんだ思い出です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます