第6話 バニーガールの耳としっぽ

 30年以上前。19歳の頃です。

 アルバイト情報誌で夜の手頃な仕事発見しました。


 バニーガール募集中

 17時から0時の間で5時間

 身長160cm以上

 黒の12cm以上のハイヒール要

 時給1500円


 ピアニスト募集中

 19時から22時30分まで30分おきに休憩30分

  4回演奏

 日給6000円


 同じ店での募集でした。(全国チェーン店で会員制クラブ〇〇〇イヤクラブという高級感あふれるレストランバーです。当時より店舗は随分減りましたが、まだやっています。)

 

 私は悩みましたがピアノを人前で間違わずに弾くなんて、自分の実力ではどんな簡単な曲でも無理だろうと思いバニーガールをすることにしました。


 健全なある意味お嬢様的な環境にいた私には、とんでもなく勇気のいることでした。


 親から逃げるため家出の資金がいるのです。

 

 「私は死んでいるから何でもできる」と心の中で繰り返し、自分を奮い立たせ中心部にある駅の公衆電話からお店に電話しました。


 結果的には、バニーガールは5時間の募集だったので、

ピアニストより稼げてよかったのです。


 面接のためにお店に初めて行った日、別世界へ入った気がしました。

 

 午後4時頃に行ったのでまだ店内も明るく、テレビドラマの撮影シーンを見に来た子どもが大人の雰囲気の高級感あふれるセットをキョロキョロみる感じです。


 こんなところで本当に働けるのだろうか?と不安で一杯でした。

 

 店長と面接をしているといつの間にか日が暮れ、店内には大人っぽいブラウン色の明かりが灯り、お店の中はシックな音楽が流れバニーガールのお姉さん達が出勤してきました。


 とても美しくスタイルが抜群の別世界のバニーガールという生き物だと思いました。


 下半身が大きい上、十人並の顔の自分は場違いだと思い採用されないかもしれないと心配しました。 


 面接でそんな心配をしなくても化粧をすればいいと言われ、スタイルもよく見ると皆個性的でした。


 バニー仮装のマジックにかかり皆素敵になれるのだとわかり、ホッとして試着してみました。


 バニーガールっていうのは単にウサギの仮装です。

 がしかし、初めての私には、ほぼ裸に思えました。


 このウサギの仮装をしてレストランバーでウエイトレスをするのだと思うとドキドキしました。

 

 バニーガールの耳はくるりと前にカーブを描き倒れています。カチューシャのように頭に付けます。


 とても可愛いのです。首には蝶ネクタイ。


 肩は丸だしで、オッパイが半分くらい見えそうなハート型の胸のラインとハイレグの股のライン、ヒップは半分くらい出てるけど黒の網タイツを履きました。


 お色気たっぷりの可愛いウサギです。

 胸の谷間にはボールペンとライターを入れておきます。


 お尻の上、腰辺りに丸いふかふかのしっぽを大きなホック4つで取り付けます。


 バニーガールの格好をして控え室の姿見で見ると、思わず自分で「可愛い!」と言ってしまうくらいよく似合っていました。(お尻が大き目のバニーガールです)


 立ち姿勢の型があって、足を交差して立ち、片手を腰にあて、もう片方の手を腰にあてた手の上に置きます。


 バニーガールは、お客様と話す時は、基本の姿勢が中腰で片足は床でもう片方は立て膝をします。

 

 レストランバーですのでお客様のお料理や飲み物の注文を受けたり、水割りのお代わりを作ったり、タバコを持ったお客様にさっと近づき胸の谷間に挟んでいるライターで火を点けて差し上げたり、暇な時にはお客様とお話したり

というお仕事でした。


 お客様のお席には一緒に座ってはいけないルールがあり、立て膝でお客様の側で話すのも5分程度でした。


 でも暇なときは、お客様と30分くらいは色々と楽しく話していました。


 当時、私はクルクルとよく働き、アルバイトの中では一人だけ時給を100円多く貰っていました。(自慢)


 クルクルとよく動くのだけど、思わぬ失敗も多かったと思います。


 ある日、控え室でバニーガールの準備をしフロアに出て行きました。


 お客様は、まだ入っていませんでした。


 バニーガールのリーダーをしている(バニーガールの正社員)お姉さんが、私を指差し爆笑しています。


  何?


 「み…笑っ…み…み…笑っ…み…笑っ。」


 ちっとも意味がわかりません。


 すると、別の正社員のバニーお姉さんも笑いながら、

「うふふ、みみ、耳が後ろ向きになっているから直しておいで。」

と教えてくれました。


 私ってば、前向きに倒れるようにつける耳を後ろ向きに倒れるように付けていたのですよ。


 鏡で見ても真正面からでは、サテンの生地には光沢があり耳が前に倒れているか後ろに倒れているかわかりにくかったです。


 バニーガールのしっぽにも困っていました。

 

 大きなホック4つで付けてある丸くてふかふかのしっぽは、接客の後で立ち上がる時にテーブルの角や椅子に引っかかり、バリッと取れてしまうことがあります。


 丸いしっぽはよく転がり、どうかしたら5~6mくらい店内を転がります。


 自分の身体の一部が取れてしまったら、人は焦り、追いかけてしまうのですよ。


 しっぽのないバニーガールは間抜けた感じです。


 黙っていれば良いのに、つい「あ~~~!」と言いながら、取れた自分のしっぽを追いかけてお客様の注目を浴びるのです。


 各テーブルの横を転がり、

「おっ、しっぽが来たぞ。」とか「おいおい…大丈夫か。」

とかお客様は楽しそうに見ていたような気がします。


 しっぽをお客様に拾っていただき手渡されると、自分の分身を返されているようでとても恥ずかしかったです。


 懐かしい思い出です。



 




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