幻無

神無月

第1話 1.first



汚れた洗い物をしながら今日はどうしようか。と考える。

「お疲れさまでーす」とアルバイトの声が背後から聞こえた

「はーいおつかれー」と振り返りながら俺は笑顔でアルバイトを見送った




仕事を終え外に出ると日はすっかり落ちていて辺りは真っ暗だ

目一杯伸びをしてから俺は自分の車であるホンダのオデッセイに乗り込み家に帰る道をゆっくりと進み始めた


世良政宗が働いているアルコバレーノは町では少し有名なベーカリーだ

カフェも併設されており主婦たちにとても重宝されている

その店でオーナーとして働いているのが世良政宗だ

23歳で世良はアルコバレーノをオープンさせ2年たった今ではベーカリー誌にも載るぐらいの繁盛店にまで成長させた


世良は真っ暗な道をオデッセイのライトで照らしながら車を走らせる

助手席に置いたバッグの中からマルメンを取り出すと一本くわえ火をつけた

吐き出した白い煙が夜の黒によく映える。煙を見ながらそんなことを考えているともう自宅がすぐそこだということに気づいた

タバコを灰皿で揉み消し駐車した


世良政宗は2階建てのアパートに住んでいる

階段をあがった一番奥が世良の部屋だ

車の鍵をかけ階段を登り部屋の前につくと、鍵を取りだし開錠する

だがしかし開錠された手応えが感じられなかった

世良は1つため息をつき、「あいつまた...」と呟きながらドアを開けた

ドアを開けると部屋の明かりが煌々と光っていた

一瞬外との明暗の差に目を細めたがすぐに戻った

靴を脱ぎリビングダイニングへと続く廊下を進んでいくとテレビの音が聞こえてきた

ここでも世良はまた1つため息を漏らしたあとにドアを開けた


「おーおかえりー」

さもこれが普通だと言わんばかりにリビング中央に置いてある白の革ソファーに横たわりながらTVを見ている榛名葵がこちらに振り向き笑っている

「おっそいなーほんと。なにやってたの?待ちくたびれたんだけど」

イタズラをする子供のような笑顔で榛名葵が言った

「いや、それは俺の台詞だから。なにやってんだよ人ん家でお前は」

幾度となく繰り返してきたであろう返答を今日も世良は言った

「いつものことじゃんあたしがお前がいないときにお前の家にいることなんて」

なにを分かりきった事を言ってるんだとばかりに榛名葵は答えた


俺は着ていたジャケットを脱ぎ部屋着に着替えた

こいつ、榛名葵が俺のいない間に勝手に家にいるのはもう慣れてしまった

小学生のときからの腐れ縁である榛名葵とは当時から仲がいいほうであった

また、親同士も同級生ということもあり頻繁に遊んでいたんだと思う

中学に入ってからもそれは変わることはなかった

家が近いというわけではなかったが毎日のように一緒に帰っていたのをふと思い出した

家にもしょっちゅう来ては晩飯まで食べて帰っていく

母親が特に榛名を気に入っていて、また、榛名も俺の母親を好いていた

そんなことでほぼ毎日のように榛名は家にいた

それもある出来事を境に無くなったわけだが


飲み物を取りにキッチンに向かう俺に気づいたのかソファーから声が飛んできた

「今日はオムライスな気分だなぁ」

声の主はもちろん榛名しかいない

「なんで俺が作るの前提みたいな言い方なんだよお前はいつもいつも」

冷蔵庫から取り出したビールを開け一口飲んでから俺は言った

「客が来てんだからおもてなしだろーがよ。てかなに一人でうまそうに酒飲んでんの?あたしにもくれるのが普通だろ」

俺がビールを飲んでいるのを見た榛名はそういうとソファーから飛び降りて俺の横に来た

そして俺が持っていたビールを奪うと喉を鳴らしながら飲んでいく

「あー美味しい。やっぱ仕事の後のビールは特別うまいな」

と満足そうに言ってビールを持ちまたソファーに戻っていった

俺は盗られたビールを取り戻そうとは端から考えてもいなかったので冷蔵庫から新しいビールを取りだし飲んでから言った

「てかお前今日仕事だったのか。仕事終わりで直接来たのか?暇人だな愛かわらず」

「そう。仕事。暇ではない。マサがきっと寂しがってるだろうなと思ったから優しいあたしは来てやったんだ感謝しろ。そしてあわよくば晩御飯を頂ければと思ってたんだ」

「あ。そう。お前いつもそれな。俺は寂しがってもいねーしお前のおかんでもないんだけど?」

ビールを持って榛名が座っているソファーに腰かけた

「うっさいなーほんとにお前は。あたしがきて嬉しいくせに」

俺のふとももの上に自分の足を放り投げながら榛名が言う

ふんと鼻をならし俺はまたキッチンに向かった

無論、夕飯を作るためである

「オムライス作るの?もちろんわかってるよね?」

俺は玉ねぎを切りながら答えた

「玉ねぎ多めよく炒める、鶏肉じゃなくてウインナー、チーズ乗せ、卵は包まないで米の上に乗せる、ケチャップは特製ので必ず名前を書く。だろ?」

「さすが。よろしい!」

榛名はよく分かっているといった顔をしてこちらに向かってきた

アイランドキッチンになっている反対側に腰を落とす

「もう何年作らされてきたと思ってんだ。もはやこのオムライスしかつくれねーよ」

中学の頃から、夜家に母親がいないときは何故か俺が夕飯を作り二人で食べるようになっていた。

そのときに大抵注文される料理がこのオムライスだった

最初に榛名にオムライスが食べたいと言われて作ったものだ

冷蔵庫の中にあったもので作ったため鶏肉ではなくウインナーだった名残が今でも残っている


ビールを飲みながらにやけた顔で榛名はこちらを見ている

おもむろに立ち上がりキッチンの中に入ってきた

「なに?手伝ってくれんの?」

絶対にそんなことはないだろうと確信があったがいたずらに俺は聴いた

「は?手伝うわけないじゃん。早く作って」

考えていた通りの返答がきたので思わずふっと笑ってしまった


オムライスが出来上がりサラダとスープも食事のバランスを考え作った

それらをダイニングテーブルに並べ向かい合う形で榛名と座った

いつもこうだと言わんばかりに

いただきます。といいオムライスを食べる。もちろん(あおい)と名前が書いてある

一口食べて顔を輝かせた

「まぁまぁだな」

といつも通り素直ではない答えだった

スプーンが忙しなく動いているのが本当の感想だと俺は知っているためあえてはいはいと受け流す

俺も食べようと思いケチャップに手を伸ばした

すると榛名にケチャップをとられてしまった。榛名のオムライスには既にケチャップはかかっているのに何故とる必要があるのか

「あたしがマサのやつにかいてあげるよ」

ここでもまたあのいたずらっ子みたいな顔になっていた

有無を云わさず俺のオムライスを奪っていくとニヤニヤしながらケチャップで書いている

「完成!これは力作だ!ありがたく食べてよね」

そう言いながら榛名がオムライスを押し出してきた

そこにはハートの中にマサと書いてある可愛らしいオムライスがあった

「どう?どう?うまいでしょ?あたしが書いたんだからいつものより100倍は美味しいよ絶対」

というと満足したのか食べることに集中しはじめた

俺はしばらくそのオムライスを眺めたあとキッチンにビールを取りに立った

そのままキッチンでビールを飲み平然を装うよう努めた





自分が落ち着いていられるように

決してこちらの考えがバレぬように

バレてしまえば全てが終わる




この感情はなにがあってもバレてはいけない



タバコを一本取りだし換気扇の下で火をつけた

美味しそうにオムライスを食べている榛名を見つめながら思う



俺は嘘と秘密で作られている




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