平穏

涼月スズツキってさー、カレシとか居んの?」

 平和な賑わいを見せる学生食堂に突如投げかけられた質問ことば――とんでもない爆弾発言。

「ぶふッ!?」思わず口に入れていた牛乳を吹き出す少女A。「ゲホッ!! ゲホッ!! い、いきなり何言い出すんだよッ!?」

 少女A=さらさらとした黒髪/切れ長の黒瞳こくとう/エキゾチックな白い肌にきっちりと着こなしたブレザータイプの制服――元MPBの特甲児童にして、今やすっかり高校生活に馴染んだ涼月・ディートリッヒ・シュルツの現在の姿。

 制服のポケットからハンカチを取り出す/牛乳まみれになった口元とテーブルをせっせと拭う/その原因たる少女Bへとその真意を問いかける。「……で? なんで急にそんな話になったんだ? ヤナギ

 少女B=やや癖の入ったブラウンヘアー/ぱっちりとした鶯色うぐいすいろの瞳/健康的なスタイルの上から同じデザインの制服を着用――まさに今をときめく女子高生といった風情。

 困り顔を浮かべる涼月の事など全く気にも止めず菓子パンを齧る/隣で食事をとっていたもう一人の女子へと話を振る。「だって気になるじゃん。ね、冬月フユツキぃ?」

「まあそうだね。ミリオポリスをずっと守ってきたあの“特甲児童”が入学したんだ。気にならない人間なんか、きっと誰一人いないだろうさ」お手製のサンドイッチをつまみながら静かに頷く少女C。

 少女C=青みがかったロングの銀髪/冷ややかな灰色の双眸に小さな眼鏡/華奢で色白な身体に二人と同じ制服姿――まさに物静かな文学少女という言葉を形にしたような風体。

 興味深げな視線を涼月へと向ける=早く答えを教えてくれと強く訴えかけてくる。「それで、実際の所はどうなんだい?」

 好奇心溢れる四つの瞳に見つめられた涼月――追い詰められつつある状況をどうにかしようと一応の抵抗を試みる。「あー……どうしても言わなきゃダメか?」

「ダーメ♪」「だめだね」有無も言わさぬ即答=テロリストに銃で脅されるよりも百倍厄介な代物。

 どうするか悩む――しかしどうにもならない事を悟る。

「はぁ……いるよ」素直に白状する=下手に隠したり拒否してもどうせ無駄だと判断した結果。「同じ特甲児童のヤツ。あたし達と同い年だよ」

「へぇー。どんな子? 写真とかある?」「もしあるなら、是非とも見てみたいな」さらに話に踏み込んでくる二人=水を得た魚と言うよりも、獲物に食らいついた肉食魚の如き獰猛さ。

 涼月=仕方なくポケットから自身のスマートフォンを取り出す――かつて撮影した写真を呼び出すと、画面を二人に向けて差し出した。「ほら、こいつだよ」

 画面に映り込んだ少年=ふわっとした金髪/伏し目がちな薄緑色サニーグリーンの目/日に透けそうな白い頬――整った容貌や小柄な体躯と相まって、まるでガラス細工を連想させる。

「なにこの子!? すっごいカワイイじゃん!」キラキラと目を輝かせる柳=画面の中の少年を食い入るように見つめる。「この子がカレシなの? なんて名前?」

吹雪フブキってんだ。あたしと同じ、特甲児童だよ」

 そこで同じく画面を見つめていた冬月が不思議そうな声を上げた。「この子も涼月みたいに戦うのかい? MPBの広報チャンネルでは一度も見たことないけれど」

「こいつはバックアップ専門だったんだ。こいつが居てくれたから、あたしは思い通りに戦えてたんだよ」紛れもない本心を告げる――影から常に背中を守ってくれていた最愛の接続官に感謝の気持ちを述べる。

「へぇ……相棒でもあり恋人でもあるってワケ? ロマンチックでいいじゃん♪ ねえ、今度あたしたちに紹介してよ」うきうき声で喋る柳。

 その言葉に涼月は静かに首を振った。「いや……それはできねえんだ」

「……? それはどういうことだい?」再び不思議そうに首を傾げる冬月。

「前の事件でいろいろあってな。今はずっと昏睡状態で、まだ意識が戻ってねえんだよ」

 それを聞いた途端、二人の顔色が変わる――うっかり地雷を踏んでしまった事を悟る。

「ご、ごめん……あたし、そんな事全然知らなくて」柳=慌てて謝る/まさかそんな事になっているとは夢にも思わず。

「別に気にしてねえよ」涼月=パタパタと手を振る。「ある奴を約束してるんだ。いつになるかは分かんねぇけど、必ず吹雪を目覚めさせてくれるってな。だから心配はしてねえよ。あいつはいつか絶対に目覚める――あたしはそう信じてるんだ」

「……そっか」静かに頷く柳――その後ひどく真剣な口調で言った。「なんかさ、白雪姫みたいだよね。それって」

「白雪姫?」涼月=突拍子もない単語に思わず鸚鵡返しで聞き返す。

「だってさ、その子はずっと眠ってて、目覚めさせてくれるのをずっと待ってる訳でしょ? それって王子様のキスで目覚める白雪姫みたいじゃん」

「白雪姫なら逆じゃねえか。こいつは男だっつーの」呆れたように言う涼月。

「だーかーらー! それっぽいなーってちょっと思っただけだってば」と、不貞腐れたように柳。

「でも案外悪くない手なのかもしれない」やけに真面目な顔つきで語り始める冬月。「昏睡状態は何か大きな刺激がきっかけで目覚める事があると何処かで聞いたことがある。涼月がキスの一つでもしてあげれば、彼も驚いて目覚めるかもしれないよ」

「あのなぁ……」涼月=謝罪もそこそこに好き勝手な事を言い始める二人に思わず溜息を吐く/いい加減どこで止めさせるか迷う。「お前ら、あんま適当な事ばっか言ってんじゃねーよ」

「じゃあさ、今度一緒にお見舞いに行かせてよ。それならいいっしょ?」更に食い下がる柳――どうしても見てみたいと言わんばかり。

「いや、それはさすがに難しいんじゃないかな?」さすがに止めに入る柳。「昏睡中であっても吹雪くんはMPBの特甲児童だ。涼月だけならともかく、部外者の僕たちまで軽々しく会いに行ける訳じゃないだろう」

「だからそこをお願いしてるんじゃん。涼月ならあたしたちの分の許可も取れるでしょ?」訴えかけるような視線の柳。

 答えに詰まる=咄嗟に思考/許可が取れるかどうかもあるが、自分の彼氏を直に紹介するなんて恥ずかしい事になるとは夢にも思わず。

「……涼月。迷惑になるようなら無理だってはっきり断っていいんだよ?」やや気まずそうな顔で告げる冬月。

 しばらく考えこむ涼月――やがて大きくため息を着いた後、観念するように言った。

「はぁ……分かったよ。約束はできねえけど、見舞いが出来るかどうか聞いておいてやる」

「やった! 絶対だからね! 約束したかんね!」言質を獲得して興奮気味の柳=その直後スマートフォンに映っていた時間を見て、慌てて立ち上がった。「あ!? もう次の授業始まっちゃうじゃん! 二人とも、早く教室戻ろ!」

「ああ。そうしよう」そそくさと空き容器を片付ける冬月=そのまま席を立つと心配げに尋ねた。「でも涼月、本当によかったのかい?」

 頷く涼月。「あいつは一回言い出したら梃子でも動かないしな……ま、だめだった時は大人しく諦めてもらうさ」

「ふふ。そうだね」柔らかい笑みの冬月が言う。「それじゃあ僕も楽しみにさせてもらうよ。愛しの吹雪君に会えるようにね」言い終えるとそのまま柳の後を追いかけていく。

 どんどんと遠ざかっていく学友たちの背中――それをぼんやりと見送りながら涼月が一人呟いた。

「……とりあえずマリア先生にでも相談してみるか」


 ◇


 ミリオポリス第二十九区グリンツィング/閑静な住宅街の中に建つ学生用の安アパート。

 その一室ですぱすぱ煙草を吹かしながら、少女の手足を様々な機械でいじくり回す女。

「……それで? 今度その友達と一緒に吹雪くんのお見舞いに行きたいから、立ち入りの許可を出して欲しいって?」呆れたような声=どことなく嬉しさを含んだ調子。「なんというか、あなたがちゃんと高校生してるようで、私も安心したわ」

 女=アップにしたブロンド/長身に身に着けた白衣/咥え煙草が妙に似合う雰囲気/荒っぽさと上品さが同居したベテラン女医の風情。

 スタンガンそっくりの測定器を少女の手足のあちこちに押し当てる――弾き出された数値を熱心に電子カルテに書き込んでいく。

「あたしが一番驚いてるよ。マリア医師センセー」肩をすくめながら女に身を任せている少女=涼月。「そりゃ最初はちょっと不安だったけどさ、今ではどうにかこうにか上手くやってる」

彼女の回答に満足げな笑みを浮かべるマリア医師ことマリア・鬼濡キヌ・ローゼンバーグ。「でもいいじゃない。友達にカワイイ彼氏を自慢できるんだから。そんな機会これから滅多に無いわよ?――はい。じゃあ次は両手を上げて」数値を書き込みながらてきぱきと次の指示を出していく。

「別にそんなガラじゃないって……」ぶつぶつと文句を言いつつも、きちんと言われた通りにする涼月/おもむろに話題を変える。「……ところで、陽炎カゲロウの奴は今どうしてるんだ?」

 スタンガンに続いて今度は鉱物ハンマーそっくりの検査器具を関節周りに当てるマリア/コツコツと涼月の肩や間接周りにそれを当てていく。「あー。元気にやってるわよ。今は新しく入った子の教育やら中隊長とのあれこれで忙しいみたいだけど」

「……もう新しいヤツが入ってきたのか」

 瞠目する涼月=既に新しい特甲児童の補充がなされているとは夢にも思わず。

「そうよー。夕雲ユーグモって言うんだけどね、これがまた難しいなのよ」マリア=はぁ、とため息。「早々に入って来てくれたのはいいんだけど、気弱な子で何事にもおっかなびっくりな調子なのよね。この先どうなるのか、正直ちょっと心配だわ」

「そりゃ楽しみだ。なら今度様子でも見に行ってやろうかな」と涼月。

「……一応言っとくけど、あんた今はMPBの所属から外れてるってコト、忘れてないでしょうね?」分かってる?と言わんばかりの顔のマリア。「別に拒まれはしないと思うけど、あんまり新人の情報とか、こっち《MPB》の内部状況とか、大手を振って教えたりする訳にはいかないんだから」

「別にいいじゃん。どーせキャンペーン任務の一つもやれば死ぬほど恥ずかしい目に遭うんだし。ネットに画像とか映像とか出回ったりしてさ」けらけらと笑う涼月=まるで他人事。「しかしアイツ《陽炎》がキャンペーン任務やってるのを他人事で眺めていられるのは心地がいいぜ」

「またそんなこと言って……ほら。終わったわよ」呆れるマリア=握っていた道具とカルテを鞄に仕舞って立ち上がる。「義肢にも身体にも異常なし。健康的な生活を送ってるようで何よりだわ。これからもこの調子で過ごすこと。いいわね?」

「わーってるよ……ところで医師、もう一つ聞いてもいい?」

「何?」

夕霧ユウギリは今どうしてるか分かる?」

 質問と同時に訪れる僅かな沈黙。

 別々の道を歩むことになったMPBの特甲児童――その中でも最も過酷な道を選んだ1人/特甲猟兵として軍に所属し、今やどこか戦地に派兵されているであろう少女。

 しばらく黙っていたマリアが恐る恐ると言った感じで話し出す。「……そっちは生憎と私にも分からないわ。特甲猟兵は軍の管轄だし、特甲のメンテナンスや身体的ケアも軍の人間が請け負ってるの。大隊長や副長が調べれば分からない事はないんでしょうけど……ごめんなさい」

 嘘ではない=過去に受けた教育の成果/プロ仕込みの尋問技術/他人が嘘を言っているのか、本当のことを言っているのか素早く見抜く術。

 沈黙の意味=情報を隠す為ではなく、答える事ができない申し訳なさから生まれた空白/あえて情報を握り潰している訳ではないと分かった。

「いいよ。分からないんじゃどうしようもないし」肩をすくめる涼月――知らない事は話しようがないと早々に諦める。「それにしても、あれから半年か……なんかあっという間だったなぁ」

 解決された幾つもの事件――AP爆弾によるテロ事件/遊覧船爆破事件/仲間たちと共に乗り越えてきた数多の出来事。

 そして全てを乗り越えた先――全員が新たな道へと歩み出し、今もその道を歩み続けている。

「そうね。この半年でいろんな事が変わったわ」感慨深い声で答えるマリア。「でもそれは全てあなたたちが頑張ったからよ。あなたたちは文字通りこの街だけじゃなくて世界を救ったのよ。本当に、ありがとう」

「やめてよ医師。改めてそんなこと言われたら照れくさいって」困り顔で手を振る――〝そんな前の事はもう気にするなよ〟と言う気持ちの現れ。「それよりさ、吹雪の見舞いのこと頼んだよ」

「分かってるわ。福祉局と副長にはちゃんと許可を貰っておいてあげるから、それまではせいぜい友達に質問攻めにされてなさいな」

 向けられる優しい笑み――そこに含まれた様々な感情にこそばゆさを感じながら、涼月は小さく頷いた。


 ◇


 ミリオポリス第十一区ジンメリング――運河沿いに作られた旧市街地。

 並び立つ古風な家々/厳かな中央墓地/それとは逆にハイテクな趣を見せる総合病院と福祉局ビル――レトロな雰囲気とモダンな空気が織りなすモザイク模様。

 その中を歩く三人の少女=涼月&柳&冬月。

「いやー言い出しておいてアレだけどさ。まさかホントに紹介して貰えるなんてねぇ」浮かれ調子で話す柳――今から会うのが楽しみで仕方ないと言わんばかり。「やっぱり持つべきものは親友トモダチって感じぃ?」

「あのなぁ……お前が見舞いだけでもって言うから、あたしだって無理言ってこの許可証貰ってきたんだぜ?」呆れながらひらひらと入場許可証を見せつける涼月――やや疲れ気味といった顔。「本当は部外者は面会どころか、立ち入りだって禁止なんだからな?」

 もう一方の手には見舞い用の花束=どんな花がいいか三人で話し合いながら決めた一品。

「感謝してるよ。涼月」横からフォローを入れる冬月――二人の間を取り持ちながら話を進める。「それで、僕らは一体どこに向かってるんだい?」

「もーちょい先。あの通りの向こうに福祉局の医療施設があるんだ。そこに向かってる」

 言っている間に見えてくる――病院と研究所が合体したようなガラス張りの施設。

 それを指さしながら涼月が言った。「あれだよ。あの中で吹雪が眠ってるんだ」

「ワオ! あれってまさに、白雪姫が眠るガラスの棺ってやつじゃない?」

 お誂え向きの外見にますます上機嫌になる柳=目的地に向かって足早に駆けていく。「ねぇねぇ! 喋ってないで早くいこーよ!」

「そんなに慌てなくたって、アイツは逃げやしねえよ」まるで小さな子供のようにはしゃぐ友人に肩を竦める涼月=不意にぽつりと呟く。「……でもまあ、はじめて出来た〝普通の友達〟ってやつをあいつに紹介できるのは悪い気分じゃねーな」

 特甲児童として今まで生きてきた自分たち――もう二度と一般人とそんな風に関わり合う事はないと考えていた時期もあった。だがそうではなかった。

 諦めなければ/真っ直ぐ前へと進み続ければ――いつかは正しい場所に辿り着けるのだと、改めて実感することが出来た。

 隣でそれ聞いていた冬月が微笑みながら言った。「涼月がそう思ってくれたなら、僕たちもお願いした甲斐があったよ。……本当は迷惑だったんじゃないかって、少し心配だったんだ」

 そんな事はない――思わずそう返したくなる/だが恥ずかしさで言えず。

「許可貰うのは少し面倒臭かったよ」ひどく捻くれた言葉。「……だけど、その価値はあったと思ってる」

 我ながら何とも面倒な答え=礼を言うどころか、まるで皮肉か嫌味にしか聞こえない一言。

 だが真意は伝わったようだった――少し安堵したような表情になった冬月が呟いた。「……そうか。それなら良かったよ」

 不意に遠くから声。「二人とも何してんの! 早くしないと先に入っちゃうよ!」既に建物の入り口まで辿り着いてしまっている柳=未だ通りをのんびり歩いている二人に向かって大声で呼びかけている。

「だからお前一人じゃ中に入れねーだろーが!」いつも通り悪態を返す涼月=そして改めて隣を歩く親友へと向かって言った。「しゃあない。あたしらも少し急ぐとするか」

「うん。そうしよう」

 彼女の言葉にもう一人の親友も頷くと、お互いにその歩みを強めた。


 ◇


 治療室/研究室――どちらでもある部屋=涼月にとっては既に見慣れた光景。

 部屋を取り囲むように置かれた精密機械/テーブルの上の見舞い品/中央にポツンと置かれたベッド――そこで眠り続ける一人の少年。

 吹雪フブキ・ペーター・シュライヒャー=MPBの元接続官コーラスにして涼月の最愛の恋人。

「――よう。また会いに来たぜ。吹雪」ゆっくりと彼に歩み寄って行く涼月。「元気にしてたか? って言っても、お前は相変わらずみたいだけどよ」

 慣れた手つきでテーブルの花瓶から古い花を取り出す――代わりに新たしく持ってきた花束を活ける。

 そのまま幾つか言葉をかけた後、少し神妙な顔で彼女が告げた。

「なぁ吹雪、今日はお前に紹介したい奴がいるんだ……ほら、入れよ」

 彼女の言葉に従って入り口の扉が開く――中から柳と冬月が現れる。

「やあ。はじめまして。吹雪くん」静かにベッドの脇までやって来る冬月。「僕は冬月・エリザベート・ベルガー。涼月がいま通ってる学校のクラスメートさ。それでこっちが……」

「ちっーす。あたしは柳・カタリーナ・ゲーテ。この冬月と同じで、涼月のクラスメートやってまーす♪」逆に軽い足取りで悠々と近づいてくる柳。「うーん! 画像で見た時も可愛かったけど、やっぱり実物は可愛いさが違うわぁ♪ こうして見ると、ホントにおとぎ話のお姫様って感じぃ!」そのまま眠る少年の頬を軽くつつく/まるで愛くるしい小動物を触るような仕草。

 見かねた涼月が小声で注意――恋人で遊ぶ親友に忠告する。「おい。あんま横でうるさくすんなよ」

「分かってるってばぁー」柳=涼月の注意などまるで聞きもせず。「それにしても、こんな可愛い子がカレシだなんて、涼月がうらやましーわー。あたしなんてさー……」

「ふふふ。柳はどんなヒトと付き合ってもあんまり長続きしないからね」冬月=澄まし顔での痛烈な揶揄。

「う、うるさいし! そんなことないし! ただちょっと行き違いになっちゃう事が多いだけだし……」

 どうやら本人も気にしているらしい=後ろに行くにつれて言葉がどんどん弱くなっていく柳。

「まあそれはさておきだ」

 適当なところで冬月が会話を締める――いよいよ本題に入る。

「実はね、私たちが今日来た理由は君にあるんだ。吹雪くん。ああでも勘違いしないで欲しい。別に何かやましい目的がある訳じゃないよ? ただ、君が知らない涼月のことを、色々教えてあげられたらと思ってね」

 少し悪戯っぽい笑みを浮かべる冬月――まるでとっておきの情報をこっそり打ち明けるかのように。「僕が言うのもなんだが、彼女は他人に何かを説明したり、語り聞かせたりするのは得意じゃない。自分が今どんな風に過ごしてるか、君にもあまり話していないんじゃないかな?」

「な!? ……そ、そんなことねえよ!」狼狽える涼月――返ってくる筈のない同意を恋人へと求める。「なぁ、吹雪?!」

 当然の如く答えは無い――昏々と眠り続ける吹雪。

 慌てふためく彼女を見ながら冬月が言葉を続ける。「どうだかね。僕の予想だけど、君が彼に話せた近況なんて、せいぜい言葉にして三つ四つ程度なんじゃないかい?」

「う、うぅ……」図星を付かれた涼月=まるで叱られた犬ように大人しくなる。

「やっぱりね。これは話し甲斐がありそうだ」

「それじゃあ、思わず彼も起き出すかもしれないような涼月の思い出話をたっぷりと話していこうじゃないか」


 ◇


 少女たちによって交わされる会話=濃密な思い出話。

 明るい出来事/暗い出来事――甘味も辛酸も全て含んだ半年間の回顧録。

 それを冬月が出来るだけ事細やかに話していく――眠り続ける少年に僅かでも伝わるように。

「……さて、私たちから話せるのはこんな所か。吹雪くんには気に入ってもらえたかな?」

 たっぷり小一時間ほど話した後、ふぅ、と一息付きながら冬月が言った。

「とーぜんっしょ」胸を張って言い切る柳。「特に転校してきた最初の日の話なんかマジ傑作じゃん? 『ヤー!ピクリーン!』って叫びながら近寄ってくるキモい男子を片っ端からブッ飛ばしちゃうなんてさー。あたしお腹抱えて笑っちゃったよ」ケラケラとおかしそうに笑う。

「……しょうがねーだろ。あんな死ぬほど恥ずかしい恰好、仕事でもねーのにしろって言われたら誰だってそうするっつーの」仏頂面で答える涼月。

「違いない」鷹揚に頷く冬月。「そう言えば、吹雪くんはどうだったのかな? あの恰好を見て何か言ってたかい?」

「あー……どうだったっけな。直接聞いたことねぇから、あたしにも分からねえや」

 そっけない答え=あの時期は多くの事件や出来事が同時に重なり過ぎて、当時の記憶すら曖昧に。

「それこそ目が覚めた時にでも改めて聞いてみるさ」

「そうだね。じゃあそれは目が覚めたときのお楽しみにしておこうか」

 そこまで言い切ってから、二人が唐突に椅子から立ち上がった。

「少し喉が渇いてきた。僕たちは飲み物を買ってくるついでに少し席を外すよ。涼月も二人だけで話したいだろう?」

「ああ。悪いな」

 彼女はそれを見送り、それが居なくなったのを確認してから改めて眠れる恋人へと話しかけた。

「あいつらどうだった? 陽炎や夕霧とはちょっと違う奴らだけど、あたしにとっては初めて学校で出来た友達なんだ。さっきも言ったけどよ、あたしさ、学校に入ってすぐは結構浮いてたんだ。よく居るだろ? 転校した先で上手くクラスに馴染めない奴。あたしも最初はあんな感じだった。だけど、そんな時にあいつらが話しかけてくれたんだ。あたしにとっては恩人みたいな奴らだよ」

「……なあ吹雪、あたしはいつか必ずお前が目覚めるって信じてる。だからさ、お前も目覚めたらあたしと一緒に……」

 そう言いかけた時、突如けたたましいサイレンの音が部屋中に鳴り響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る