Ⅰから赤魔導士
@numinu
第1話
ゴロゴロと室内に爆音が響く。
部屋の主は憂鬱な顔で音の発生源である自らの腹部を撫でまわした。
ここ数日、まともな食事にありつけていない。 井戸があって水もあり、周りには野草が生えて死にはしない。 だが、野草であっても満腹になるほど見つかるわけでもなく、野草を探すためにもエネルギーが必要なのであって、死なないための最低限の活動しか出来ていない。
そんな底辺の生活を営む彼の名前は【キャスター・フリード】。
キャスターは魔導を扱う者に与えられる称号で、ただの名前でいけばフリードだ。
その称号は容易に得られるものではなく、生まれ持った素質があったうえでそれを塗り替えるほどの弛まぬ努力、研鑽の果てに手にするものである。
その例に漏れず、フリードも師のもとで血反吐を吐くような日々を続け、やっと国に認められてキャスターの称号を与えられた。
本来であれば、キャスターは国に重用され、多額の給金、様々な特典を与えられ、その生涯は間違いなく安泰であり、貧困生活とは無縁である。
そんなキャスターであるフリードが、なぜ貧困生活なのか。 それは豊かな生活の代わりに課される【義務】を嫌って、国からの庇護を拒否したためだった。
一個人でありながら強力な力を身に着けたキャスターは、戦争という有事が発生した際に戦力として招集され、それを拒否することが許されない。 高いお金を払うんだから国の為に戦ってよね、ということだ。
戦争などというものが矢鱈と起こるわけがなく、多くのキャスターはその義務を受け入れる代わりに豊かな生活を手に入れていた。
だが、一部のキャスターは自らの力が戦争に使われることを嫌い、その義務を放棄、国からの庇護を受けず、【野良】として活動をする。
そんな彼ら彼女らの多くは、自らが追い求める魔導の研究に明け暮れるものだから、当然、金は無くなり貧困生活まっしぐらとなるのだ。
フリードもそんな貧困キャスターの一人であるが、彼はそれに輪をかけて更にひどい。
彼が用いる【赤魔導】と呼ばれるジャンルの魔導は、触媒を用いて魔導を行使するため、無から生み出すその他の魔導と違い、単純に触媒の金が必要なのだ。 使いたい赤魔導のレベルから必要となる触媒は当然違い、かかるお金もピンからキリ。 自ら調達することも可能だが、その調達に必要な戦闘手段にも触媒が必要であるのだから、恐ろしいほどの負のスパイラルだ。
赤魔導を扱うキャスターのほとんどが金のある貴族をパトロンに持ち、研究成果から得られるであろう権利や利益を雇い主に渡すことで、日々の糧や資金を得ているのだ。 個人資金では到底賄うことなど出来ない。
フリードもパトロンを得ることを一度は考えたが、彼の理想とする赤魔導は、まだ誰も目指したことが無い異端とも呼べるものであったため、その理想を公にしパトロンを探すことなど出来るはずもない。 発表したが最後、奇異の眼で見られることは確実で、最悪は排斥されるであろう。
そんなことから、フリードはソロでの活動を余儀なくされ、今に至る。
そんな彼、フリードの目指す赤魔導とはどんなものなのか。
赤魔導の特質とは、金がかかるということを除くと、触媒を用いることにある。 触媒を使うことで魔導を行使するために必要な魔力量は格段に節約でき、かつ、そこに魔力を込めれば、より強力な魔道を行使することが出来る。
現に国を代表する主戦力の多くが赤魔導を用いるキャスターである。
金がかかることを除けば、触媒というのは非常に有用でメリットも大きいが、その他にも無視できない問題があった。
それは触媒が【かさばる】ということである。
魔導を行使するために触媒を持ち歩かなければならず、継戦能力を得るためには持ち歩く量も大量になる。 そのため、赤魔導キャスターは必ず巨大なリュックのようなものを背負うことになり、完全なる行商人スタイルとなるのだ。
金がかかる、行商人スタイルが必要になる。
いかにその他の面で赤魔導が優れているといえど、フリードとしてはこの問題を無視することはできなかった。
この問題を解決するにはどうすればよいか…。
修行時代から何年も何年も問題解決のため、試行錯誤を繰り返す日々。
ある時は触媒を用いずに魔導を行使しようと試みて暴発し、師の衣服が吹き飛んだ。 また、ある時は触媒を節約しすぎたため暴発し、師の下着が吹き飛んだ。 被害を受けるのがいつも師の衣類であることに疑問は持ってはいたが、そんなことは考えても仕方が無いと放棄し、師に咎められるがままに任せる。
だが、ある時、フリードは日常にある日々で衝撃の光景を目にした。
コッコッコッ…と首を前後に振りながら、柵の中をうろうろと歩き回るニワトリ。 その足元にはいくつも卵がコロンと転がっている。 ニワトリの飼い主が卵を回収するが、翌日もコロンコロンと卵が転がっている。
一羽の母鳥から次々と生み出される卵。
震える指先をニワトリに向け、フリードは叫んだ。
「これだあああああああああああああ!」
思わずニワトリに向かって駆け出したフリードは、ニワトリに向かい「ありがとう!」と言い、彼女を小脇に抱えて走り出した。
後ろから「ニワトリ泥棒!」と呼ぶ声がするが気にしない。 世紀の大発見の前では些細なことだ。
偉大なニワトリとの出会い。
何がそこまでの衝撃を与えたのか。
身近なところにヒントはあり、大切なものはいつも近くにある。 偉大なる先人が残した言葉に、これほど感謝、感心した日は無い。
フリードは、卵を産み続ける母鳥を触媒と見立てた。
一つの触媒によって行使された赤魔導から次々と生み出される【次の赤魔導】こと卵。
触媒を一つ使って一つの魔導を行使するのではなく、彼に成り代わり魔導を行使するものを赤魔導によって導きだせばよい。
そうすれば、彼が持ち歩き用意するであろう触媒は、最初に行使する赤魔導のものだけで済み、一気に問題が解決する。
赤魔導によって魔導を扱うものを呼び出す。
後の【召喚魔導】が誕生した瞬間だった。
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