そこにいた彼女

「おはよ」

 隣で眠る彼女に朝起きると声をかける。

「おはよう」

 彼女は眠い目をこすりながらそう言った。

「仕事だっけ?」

 俺は適当な言葉を放った。

「うん」

 無意識に彼女が返事をした。

 だんだん心が嘘をつくようになった。そして僕の心は満たされていく。コップに注がれた水のようだ。彼女を手に入れるために作り上げた計画は上手くいった。

「朝ごはん何がいい?」と彼女は言う。

「なんでもいいよ」

「なんでもって何よー」

 もしかしたら彼女に目に僕は魅力的に映るのかもしれないな。道化を演じ、馬鹿なふりをし、普通の人間をし、彼女を飼いならす僕がいる。

「目玉焼きとごはんとみそ汁でいい?」

「おいしそうじゃん」

 僕は彼女にいることで安心を保っている。彼女には何度も好きと言ったけど、好きという感情を一度も抱いたことはないのだ。

「ねえ」

 彼女は僕にそう問いかけた。

「なんだよ」

「キスしない?」

「いいよ」

 キッチンまで行ってわざわざ唇を重ねた。僕は彼女を抱きしめた。この嘘の世界で、僕の作り上げた嘘の世界で彼女も僕も生きている。

「私のこと好き?」

「好き」

 すごく落ち着くのだ。恋愛、愛も執着にしか僕には思えない。全てが馬鹿馬鹿しいと思っている。僕がこうしているのは過敏な不安な神経を鎮めるためだった。僕の脳内はとめどなく思考を巡らせるのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る