短編

renovo

普通の人のふり(純文学)

 いったい何が正しいのか正しくないのか。そんなことを考えていた。気温はやけに涼しく、そして快晴だ。

 ベランダの窓の外に出て、煙草を吸う。今日は休日。一人暮らしの俺にすることはない。大学院に通って二年近くになる。いったい何のために生きていたのか今更振り返る。

 あの日、親友が自殺した。

 俺はそのことを気にもとめなかった。

 それが闇の力だと思う。

 過剰な自意識はきっと科学に向いているだろうと思い、ここまでやってきたが、どうやらダメみたいだ。

 どこか闇の力を崇拝し、他人を馬鹿にしてきた節があった。

 博士課程に進もうと思ったが、それもやめた。

 それで就活の時期を逃してしまい、どうやら就職するのは来年になりそうだ。

 太陽は俺を照らす。神なんか信じていない。信じているのは科学だ。


 研究室で他人を目にする。

「おはようございます」

「おはよー」

 前の席に座る先輩が俺にそう声をかける。

「ねえ、この間さ、後輩がうちの研究室来たんだけど、こんなとこじゃ研究したくないって言ったの」

「へえ、そうなんですか」と俺は返事をした。

「なんだか世の中舐めてるよねー。うちらはさ、研究やりに大学院来てるわけで、遊びに来てるんじゃないんだよ」

「そうですねー」

 俺はこの大学院に半ば遊びに来ているようなものだ。

「桜木さんっていたじゃないですか?」と俺は言った。

「ああ、去年退学した人?」

「あの人何やってるんですかね?」

「さぁー。バイトでもしてるんじゃないの? 就活なんかしてなかったし」

「僕はああ、なりたくないですね」

「それねー」

 そんな話を俺はしていた。そしてなんとなく意味がわからなくなった。頭は混乱する。一体いつまで普通の人のふりをすればいいのだろうか。

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