第91話

「これは・・・すごいな」

南部の国境は渓谷と聞いていたので、グランドキャニオンのようなものを想像していたのだが、実際には川が侵食して出来た渓谷ではなく、火山に挟まれた隘路あいろであった。

火山は噴煙こそ上がっていないものの、ところどころに白い水蒸気のようなものが立ち上り、活動を休止していないことと火山ガスに警戒が必要なことがわかる。

「お前、火山まで作っていたんだな」

感動気味にタマに話を向ける。

交通路が一本しかなく、大森林と火山が間に横たわっていれば南北の文化がそこで途切れていても不思議ではない。

「火山はダミーだよ」

タマがにやりとした。

ダミーを置くという事は隠したい対象があるという事だ。

「もしかして、本当に噴き出しているのは魔力か」

「そゆこと」

魔力を噴煙に偽装しているのなら、瘴気のように垂れこめてというタマの嘆きは文字通り火山周辺から森の方にまで広く垂れこめていたのだろう。それを使って獣人を作ってしまったので今はすっきり晴れているが。

タマもミケと同様地脈から直接魔力を吸い上げているので、が見えないのはタマがこの地にいるからだ。

『ユーイチ、今そちらへ行って大丈夫?』

ミケから念話が来た。同行している人間に姿を見せても大丈夫どうか判断してくれという意味だ。

『大丈夫だよ』

そう返答すると、間髪を入れずにタマの右隣に転移で現れた。

「め、女神様が2人・・・」

オルニダスが驚くのも無理はない。

タマが変身魔法を使っていないので、2人の容貌は同一である。

違うところと言えば、タマが機能的で野暮ったい女学生の制服である水兵セーラー服を着ているのに対し、ミケは扇子を持ってたたずんでいるのが似合いそうな薄紫のドレスを着ていることくらいである。

かもし出す雰囲気の違いなどは俺のように付き合いが長くないとわからないだろう。

「情報が筒抜けになっています」

ミケが真剣な顔で言う。

念話での報告で済ませなかったのも、ユーイチといつものように問いかけてこないのも、オルニダスたちとの会話を意図しているからであることがわかる。

「そうか」

ミケの意図が分かっている以上、話を膨らませる必要はない。

「そこのあなた」

ミケがオルニダスを真っ直ぐに見る。

「ははっ」

「部下に魔法使いが居るでしょ」

「はい、そこに」

「流しているわよ、全ての情報を氏族に」

「なんと」

「ち、違います」

魔法使いの女は否定する。まあ、肯定はしないわな・・・

「無駄よ、あなたの念話、全部筒抜けなの」

多分ミケはロザリッテにつけた目で感知したのだろうが、舞台裏まで教えてやる必要はなかろう。

オルニダスにとって女神と普段から挙動不審な魔法使いと、どちらを信用するかは言うまでもない。

オルニダスは振り向きざまに剣を引き抜くと、女を貫いた。

ただ、心臓等即死の部位ではなかったらしく、女の悲鳴が響いたところでタマが掌をひらひらと振った。

女の姿は立ち消え、血の滴る剣を持ったオルニダスが呆然としている。

「アンデッドか?」

「うん」

魂の残る新鮮な死体はタマの絶好の実験材料だ。こういう所は魔王らしい。

「で」

ミケは俺の方に振り向いた。

「氏族連中は昨日の時点で10万の兵を徴兵して南部を討伐することを決めています」

「そうか」

「議会は各村からの差出人数で大揉めになっていますが、30日以内には行動開始が出来るだろうと氏族連中は見積もっています」

「うん」

「それとは別に、港にいる海軍兵1万5千を陸上兵力に変えて急派するそうです。他には囚人2千名に斧を持たせて働かせるそうです。これらはどちらも3日以内に森林で行動開始可能らしいです」

「なるほど」

こちらの意図が筒抜けという事は間違いない。

こちらが森林内での遅滞と南部との境界での決戦を企図していることと、遅滞は獣人たちが行うことまでは漏洩しているだろう。

1万5千の先遣せんけん部隊は森林での要点である丘を制圧しつつ獣人を可能な限り減殺、その掩護下に囚人部隊が道路沿いの樹木を伐採して主力への側面からの奇襲を防止する。

万に満たない守備兵に対し10万を動員するということは反乱部隊の制圧だけでなく南部への侵攻を意味している。

この機会にタマの影響を徹底的に排除するつもりなのであろう。

「ふふふ」

思わず笑いが出る。

敵が打って来た手は戦術的には正しい。

ただし獣人という戦力とアリス達の隠れた戦力を読めていないのと、何より地形改変など朝飯前であるタマの存在を軽視しているのが致命的だ。

「ミケ、タマ、まあ主にタマにだが、氏族連中が本気で戦いを挑んできたぞ」

「だねー」

タマは特に気負った様子はない。

ミケは少し首を傾げ

「タマ」

「なぁに?」

「あなたの力なら、今すぐにでもあの連中を殲滅せんめつできるでしょう」

「言わないでよ。あんなでも一応育てた愛着があるんだよ」

「そっか」

ミケはそれで納得したようだ。

戦う必要のない相手と敢えて戦う俺のやり方を見ているからだろう。

「タマ、それは戦いで滅ぼしてやりたいという意味でいいんだな」

重要なことなので聞いておく。

「どうせなら帝国のもてる力をここに集めるか?」

「いいの?」

「あくまでも俺は皇帝だから、帝国の利益になるよう誘導するが」

「うん」

「なら、今から構想を練る。ミケ、大ハマグリと映電、そして遊撃隊長を連れて来てくれ」

「はい」

「タマ、獣人たちの能力について詳しくレクチャーしてくれ」

「はいよ」

「オルニダス、お前たちはここに指揮所天幕を設営し、日没時に集合せよ。構想を示達したつする」

「ははっ」

「アリス、周囲の警戒を」

「わかりました」

「ギルリル、タマの話を横になって聞きたい。膝枕してくれ」

「はい、あなた」








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