第69話
「わぁ、すごいのです!」
大ハマグリが作ったジオラマは着色もされて大変よくできていた。
森林等の植生があるところは緑、そうでないところは茶色で、これは海藻等の粉末を
水系は青で道路は赤、これは鉱石の粉末だろう。
「上ってもええけど、ギザギザんところで怪我せんよう気ぃつけや」
貝殻の成分で作っているから壊れないと聞いて早速ギルリルがジオラマの上に乗り
「陛下、陛下と私、ここを飛んだんですよ~」
と大はしゃぎだ。
竜の上の感動を再体験しているのだろう。精密な縮尺模型である。
「遊撃隊帰来しました」
メルミアから借りていた遊撃隊のエルフ達が部屋に入って来た。
ギルリルはジオラマから降りると、ささっと俺の後ろへ隠れた。
「ご苦労、ここまで来い」
「はい」
近付いてきたエルフはジオラマを見て目を見開いていたが、方角を一致させた精密な地形の模型に、すぐにこれを使った報告を求めていることに気が付いたようだ。
ギルリルのように上に乗っかったりはせず、周囲を見回っていたが、模型の南側に立つと入り江を指差した。
ぼうっと入り江の部分が赤く光る。
生活魔法の灯りを応用したポインターだ。
なかなかやるなと思っていたら、目の前にヴァイオレットとミケが転移で現れた。
今朝のミケは上機嫌で、遊撃隊の報告を聞くと言っただけで、第3小隊を後宮に転移させただけでなく、自らヴァイオレットを呼びに張り切って転移して行った。
「お待たせいたしました、わが君」
ヴァイオレットはちょうど寝起きだったのだろう、とりあえず飛んできましたという感じで、ベースメイクもしていない所謂スッピン、髪の毛も長く垂らしたままだ。
「いや、ちょうど良いタイミングだった。まずは一緒に遊撃隊の報告を聞け」
「御意」
「よし、報告をはじめろ」
「はい、まずは外国船によって運ばれ、この地点に揚陸された荷物は、この街道を経由して、ここに運び込まれています」
「ん? そこは鉱山じゃないよな」
「はい、採石場です。採石場のこの位置に洞窟状の穴が開いています」
「竜の目からも隠せるように作った掩蔽壕だろうな」
竜を使役しているのは先の戦いを観戦していた連中から聞いて知っているだろう。
荷物は洞窟の中に隠しておけば上空からファイアフライに焼かれることはない。
「その採石場の警備は?」
「兵は私兵ですが態勢はかなり厳重です。歩哨がここと、ここと、ここに配置されているほか、30分に一度巡察が3経路で回っています」
「ほう、それはそれは」
「監視間に採石場からの荷物の搬出はありませんでした」
「うん」
「報告は以上です」
「ご苦労だった。メルミアに帰還報告しに行く前に、ここの地下に作った温泉施設で遊んで行け。ギルリル、温泉への案内と、飲み物と食事、それから新作の制服の試作品を着替えとして運べ」
「はいです。どうぞこちらへ」
ギルリルは先頭に立って遊撃隊員たちを案内して行った。
侍女たちは仲が良いので、特に示さなくても協力し合うだろう。
「さて、ヴァイオレット、俺達だけだ」
「はい」
「まずはその採石場について知っていることを教えてもらおう」
「採石場を支配しているのはハンス、商人ギルドの親方です」
「んん? 商人ギルド?」
「この領地の代官はカシーノ男爵で、表向きは領地内活動での功績により採石場をハンスに下賜したことになっていますが」
「うん」
「もともとカシーノは山賊の頭領で、ハンスはその右腕です」
「ほう」
「国内の騒乱が激しかったころ、山賊はかなりの勢力でした。当時の帝王陛下が爵位を与えて抱き込んだというのが実態です」
「そうなのか」
「領地内では代官という陛下の威を借りてやりたい放題、地方独立とまで
「ほう、鉱山ではなく採石場をか」
「鉱石は重要な産物なので、自発的に働くドワーフやエルフの男奴隷をあてがっています。採石場はあくまで労働で磨り潰すだけが目的ですので」
「なるほどな」
「一見それとわからないよう、採石労働は鉱山の倍以上の賃金が支払われていますが、その賃金は全て採石場に食料や娯楽品、売春婦や麻薬を運び込むハンスの懐に消えていくという仕組みです」
「麻薬?」
「はい。阿片です」
「阿片か」
曖昧だが学生の頃習った記憶では、茶の輸入に大量の銀が流出するのに困った大英帝国が東インド会社に阿片を製造させ、阿片の対価として茶と銀を吸い上げるようになり、それが阿片戦争につながっていったはずだ。
「ダウン系で現実逃避させて、精神面からも削っていくわけか。事故や病気だけでなく、金に困らせて犯罪を起こさせて処断するというやり方か」
「そうですね」
「ミケ、帝国内で麻薬を製造させているところはあるか?」
「ありません。原料なら自生はしていますが」
まあ魔法での治療ができるこの世界では医療用麻薬は不要なのかもしれない。
「そうなると、ハンスと外国船は繋がっていると見た方がいいな」
「はい」
「ヴァイオレット、ハンスは代官の屋敷に出入りしているよな」
「はい、月に2度ですが、それはもう堂々と」
「その際に荷物を運び込んでいるか?」
「もちろんです」
「ここからは憶測でしかないが、外国からおそらくは奴隷と鉱物を対価に仕入れた物品のうち、贅沢品にあたるものはカシーノが地位固めのために使っているのではないか」
「そうですね」
ミケが頷いた。
「後宮内の実用的でない装飾過多の調度品はカシーノが納めたものです」
「そうだったのか」
「カシーノは毎月やって来ては前陛下と密談して、様々な荷物を運び込んだ奴隷の女ごと置いて帰りました。その女たちは優先的に殺されましたので、もう残ってはいませんが」
「それで」
ヴァイオレットは納得したという顔で
「残虐非道なと言われる割には、うちから納入した奴隷の減りが毎月5名ほどしかなかったのが不思議と言えば不思議でした。他の奴隷は心はともかく身体はピンピンしていたので」
「前陛下とカシーノは非道さで気が合ったのでしょう」
奴隷の減りが少なかったのは放置していたら死んでいた奴隷をミケが蘇生させていたからである。
「ミケ」
「はい」
「カシーノが次にやって来るのは?」
「今のところ予定はありません。警戒しているのか贅沢品の入荷待ちなのかは分かりませんが」
「ヴァイオレット、ここからは表の仕事だ。カシーノの領地に関する詳細があれば後で提出してくれ」
「御意」
「俺はぶらりと領地の視察にでも行ってみるよ」
そう言ってミケを見ると、ミケは思案顔で
「堂々と行きますか?」
「ああ、王宮内に明日視察に行く旨通達してくれ。同行者は皇后と侍女だ。前後は娘の乗った馬車で護衛な」
「わかりました」
「まあ、ここで伏撃を仕掛けけてくるほど間抜けではないと思うが、竜娘3人には出発1時間前に経路沿いに偵察飛行をさせろ」
「はい、そのように取り計らいます」
「ヴァイオレットも経路沿いの手の者に報せておいてくれ」
「わかりました。水飲み場や飼葉に毒が混入ないよう、目を光らさせておきますわ」
「あと、大ハマグリ」
「へっ?」
文字通り貝になっていた大ハマグリは貝殻を持ち上げて顔を出した。
「夜になるまでその中に入れてくれ。たっぷりご褒美を上げよう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます