第68話

 雨上がりの午後、俺達は冒険者学校の野外訓練場にいた。


 メルミアに念話で確認をとったところ、今日は野外を使う予定はないという事なので魔法威力を気にしなくていい場所を選定した。

訓練場にいるのは俺とミケとギルリル、そして念話を傍受してやってきたエルベレスだ。

訓練場は草原だが、後方の学校側を除く3方を森に囲まれている。

放った魔法が暴走しても森で吸収される仕組みだ。

 そもそも普通の冒険者が魔法を放つのは緊急事態であることが多いので、なけなしの魔力での魔法精度を高めるために設けられた訓練場は魔法が暴走することを前提に作られている。

もちろん学生がここを使用するときには、魔物を出現させたり魔力補充の可能なタマがいることが大前提であることは言うまでもない。

 急に温度が上がって来たせいか、森には靄が立ち込めているが、500mほどの奥行きの草原は視度良好で、ミケに立ててもらった人型の鉄的も300m先にはっきりと見える。かなり小さいが。

『エルベレス』

『はい』

『実はさっき、ギルリルとキスをした』

『そうですか』

隣に立っているエルベレスに念話というのもおかしな話だが、言葉にするとギルリルをいじる結果になってしまうので、ミケには傍受されているのを承知の上で念話で話している。

王に対する念話が聞こえないギルリルにはエルベレスが無言で遠くの森を眺めているように見えているだろう。

『あれ?』

『はい?』

『エルベレスは怒るかと思ったんだが』

『どうして? 無理矢理したわけではないのでしょう』

『どうぞとは言われた』

『ならば問題ないのでは?』

『まあ、魔力量を1桁上げる為でに口から魔力を吹き込んだのだが』

『なら、尚更問題ないじゃないですか』

『そうなのか』

『魔力量は魔力が尽きる恐怖と戦いながら、魔法を使い続けて上げて行くものですから、時間もかかるし心の負担も相当なものです。優一が魔力を吹き込んだのは、ギルリルの為を思ってのことでしょう』

エルベレスは見た目こそ若いが、実年齢はミケとそう変わらない。

精霊王として君臨して来た期間も長いので魔法にも通暁している。

上辺の言葉で簡単に釣られる奴ではなかった・・・

もっとも釣られたら釣られたで当然傍受しているミケが介入してくるだろうが。

「ギルリル」

「はいです」

「まずは攻撃魔法から行ってみよう」

「おおっ」

気を取り直してミケから教えてもらっている魔法の使い方をそのままギルリルで試すことにした。

「まずは直射からだ。あそこに見える人型の標的に向かって、まっすぐ氷のつぶてをぶつけるイメージをしてみろ」

魔法は魔力を使ったイメージの再現である。

「はいです」

刹那、ギルリルから黒いものが射出され、鉄的の1つが倒れ、1秒後にカンという音が聞こえてきた。

「すごいぞギルリル、即座にものにしたな」

「あう、これでは冗談で、誰かをやっつけてやるなんて思えないです」

「はは」

「私もやってみていいですか?」

「いいよエルベレス、やってごらん」

特にステータスは確認しないがエルベレスなら出来るだろうし、できなかったら魔法名にチェックを入れてやればいいだけだ。

「行きます」

エルベレスからは明らかにギルリルよりも大きな質量の氷が飛んで行き、標的を倒すのではなく吹き飛ばした。

「すごいな」

ギルリルが小銃ライフルだとしたらエルベレスは加濃砲キャノンだ。

「わぉ」

ギルリルが驚いている、というより喜んでいる。

「さすがなのです! 次は何やるですか?」

「曲射行ってみよう。さっき倒した標的だが、地面のくぼみに伏せているという設定で、火の玉を上空まで持って行って、上空からひょいと落とす感じでやってみろ」

「はいです」

今度はソフトボール大の火の玉が標的上空へ飛んで行き、バレーボールのネットからフェイントをかけるような感じで標的に火の玉が落ち、標的が燃え出した。

「いいぞ、上手いな」

「私もやっていいですか?」

「うん、想像つくけどやってごらん」

「行きます」

エルベレスからはバスケットボール大の火の玉が飛んで行ったが、最初から放物線を描き、勢いを落とさすに当たったためか燃え上がるのではなく、地面ごと標的が吹き上がった。

ギルリルのが燃焼なら、エルベレスのは爆轟だ。

擲弾グレネード榴弾砲ハウザーほどの違いがある。

「うわぁおう」

ギルリルが妙な雄叫び上げた。

自分よりすごい技であることに驚くとともに本心から喜んでいるのが分かる。

「お前ら母娘だよな」

「はい」

エルベレスが何をいまさら、と言う感じでちらりとこちらを見た。

「ギルリル、お前も大きくなったらこんな威力で使えるようになるんだぞ」

「わふぅ」

やはり喜んでいる。

「お前の妹をいっぱい作って、王宮で魔法部隊を編制するのもいいな」

「100年くらい頑張ればできそうですね」

エルベレスがしれっと言う。

(誰が産むんだかわかってるんだよな・・・)

「もっともっとやってみたいです」

「じゃあ、ここと標的の中間に土の壁を作ってみてくれ」

「はいです」

ぽこっと土の壁が現れた。

「私もやってみますね」

エルベレスがそう言うや否や、巨大な城壁が出現した。

「うひゃっ」

「わはは」

「ユーイチ、これくらいで」

ミケが止めに入る。

「あ、もう魔力が」

「はい」

ステータスを見るとギルリルの魔力が半分ほどになっていた。

エルベレスの方を覗いてみるとあまり変化がない。

「ギルリルの魔力はもう1桁増やした方がよさそうだな」

「そうですね。威力は魔法慣れすれば上げられますから、まずは持続して使えるようにしてあげてください」

「わかった」

ギルリルのステータスを開き、魔力量を更に1桁増加させる。

ミケは多分同じ画面を見ているので、どう変更しているかわかるのだろうが、エルベレスは裏ステータスまでは見られないのだろう、?という表情をしている。

「さてと、あとは魔力を増やせば終わりだな。ギルリル、キスをするぞ」

「どうぞなのです」

ギルリルは俺を見上げて目を閉じた。

「つい習慣というか、無意識にあちこち身体を触ってしまうかもしれないので、嫌だったら言ってくれ」

「嫌じゃないですよ」

ギルリルは目を開き

「私は確かに後宮の中では一番若いですけど、宿直にも付きますし、何されているかくらいわかるです。くすぐったいけど、嫌じゃないですよ」

そう言うと、再び目を閉じた。





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