第66話

「祈りというのは」

声を落とし、ミケの目を見ながら言う。

「一種のエネルギー、つまり力だと認識しているが、それで間違いないか?」

「はい」

ミケはにこやかに

「原理としては念話と同じです。あくまでも力ですので距離が離れるほど障害物や大気の状態で減衰します」

と説明を始めた。

「効果としては魔力の上乗せですから、個人に向かえば魔力が増して出来ることが増え、運が良くなったように感じるでしょうし、抽象的な存在への祈りは拡散して大地に吸収され、魔力として循環します」

「例えば、ここから浜にいるラミアに祈った場合、魔力の大きいものが祈ればラミアに届くが、そうでない場合は届かないという認識で良いか」

「その通りです。ユーイチが祈れば届きますが、ジュリエットでは届きません。魔力がユーイチの百分の一もないからです」

「なんとなくわかった。そこでだ、タマ」

振り返ると、待ってましたとばかりにタマがにやりとする。

「なぁに?」

「お前なら理解できると思うが、祈りの力を集めておいて、エルベレスやラミアが必要な時に力を引き出せるような仕掛けを作りたい」

「それって、魔力の電池を作るってこと?」

「一発で理解するとは流石だな」

タマの頭を撫でると嬉しそうにする。

この世界に電池は流通していないから、他の女たちにはタマが何を言っているのか理解できないだろう。

「各都市に神殿を築いて、それを避雷針のようにして都市の祈りを集め、どこかに作った電池にその力を溜めておく。そして、たとえばラミアなら浜辺の神殿からその力を引き出せるようにする。洞窟内に引き出すための仕掛けを作ってもいいな。そういう感じで作れるだろうか?」

「ちょっと魔法的に複雑な仕掛けが必要だから、力を集めるまではすぐ出来るけど、使えるようになるにはちょっと時間かかるよ。それでもいい?」

「ああ、本来なら建築物としてギルドに発注すべきなんだろうが、構造そのものを理解できないだろうからな。タマに任せて良いか?」

「うん、神殿そのものは明日の朝には作っとくけど、問題は農村部だよ」

「農村部か・・・毎週都市の神殿へ行くのは大変だな、確かに」

「うん」

「なら、祈りの受信装置としての神像を神殿で配布して、神殿へ祈りを転移させることはできないだろうか」

「それなら出来ると思う」

タマはほっとした顔で

「ミケ像・タマ像・エルベレス像・ラミア像お好きなものをどうぞっていうのがいいかもね」

と冗談めかして言った。

全員を崇拝する必要はない。それでいいだろう。

「そのアイデアで行こう。力の転移が魔法の上掛けで出来るのなら、像そのものはギルドに発注するっていうのも手だな」

「ま、その辺も任せてよ」

「わかった。タマに一任する」

一任されたことがよほど嬉しいのか、タマは猫のように頭を擦り付けて来る。

「ゾフィー」

「はい」

「ゾフィーの農場の優先目標を甜菜からの砂糖作りとする」

「わかりました。栽培1年目の甜菜を使って試みます」

「お前自身はあまり無理をしないようにな」

「はい」

小豆が栽培できることは報告で上がっているので、砂糖を作ることが出来れば餡も自然と出来るようになるだろう。

「エリカ」

「はい」

「お前は学生の意見を聞きながら、麦を原料とした持ち運び容易な携行糧食の開発にかかれ。行動が数か月に及んだ時、干し肉と腸詰だけの連食では辛い」

「わかりました」

「次は、ラミア」

「な、なに?」

「お前の洞窟の周辺の海には海藻類が豊富にあるよな」

「あるけど、あんなもの何に使うの?」

「ラミアとその娘たちには寒天作りを担ってもらいたい。寒天は料理・製菓材料になるだけでなく、科学を発展させるためには必須の物なんだ。まあ、当面は冒険者のための携行甘味品の開発のために使う予定だが」

「なんだかわからないけど、漁師たちが見向きもしない海の草なんかで役に立てるならやってみる。作り方の指導は誰か寄越してね」

「オレオレオレ、オレ行くよ」

タマが名乗り出た。まあ、これも任せておいて問題ないだろう。

ゾフィーとラミアの作業がうまくいけば、羊羹の開発にもつながる。

帝都名物として帝国饅頭や帝国羊羹を開発させるのも良いかもしれない。


 ここまで話せば聡いミケには俺が何のために女を集めて話をしているのか理解できただろう。

冒険者を使った帝国の版図拡大という目標に合致させるために、政治経済宗教の目的を定め、女たちを配置している。

彼女らは妻や妾や侍女という立場の違いはあるが、皆俺のために働く戦友でもあるのだ。

「神殿への祈りが根付けば、共同療育の場の宗教版のようなものになるだろう。男女社会階層関係なく集まる場になるから、宣伝や広報を打つならギルドより効率が良くなる」

今はギルドに頼っている文字を読めない者への情報伝達が早くなるし、識字率を上げることが出来れば新聞のような媒体も発生するだろう。

また、各都市ごと善行の報告を奨励し、褒賞を行うのも良い。

民衆が迷わず報告を上げられるような場所にゲリラは棲息できない。

「神殿には怪我や病気などが原因で仕事が出来なくなっている者を集め、祈りや神像の配布など心身に負担にならない神殿業務をさせて報酬を支払えば貧困率は下がるだろう。ただし、神殿で働く者に政治へ介入できるような権力は持たせないよう注意する必要がある」

「もし、ユーイチに歯向かうようなことを神殿でしたら、それ相応の報いを神罰として受けることになるでしょうね」

ミケが静かに言う。ミケはいつも俺を中心に世界を捉えているので、俺を害するような動きには容赦ないだろう。

「それと、聖なる日の祈りは午前中に済ませるものとし、午後は広場等での娯楽、芸術活動などを推奨する。これにより普段の労働外の賃金を得るもよし、屋台等の店舗を出すのもよしとする。ただし当日中に撤収すること」

文化を発展させることは宣撫、すなわち他国の民衆の心を取り込むのに役立つ。

屋台を出させるのは占領地域の拡大に商人が対応できるよう訓練する意味がある。

「今まで顔を合わすことがなかった住民も、神殿で祈るとなると毎週そこで顔を合わせ、話をするようになるだろう。そうして出来上がったコミュニティーに異分子が混ざればすぐにわかるようになる」

メルミアに目を向けるとメルミアは軽く頷いた。

何を言おうとしているか理解しているという事だ。

「今こそこそと他国を巻き込んで何やら陰謀を巡らせている連中がいるようだが、そうした動きも白日に晒されることになるだろう」

今はメルミアから差し出された兵力と、ヴァイオレットの仕切る裏社会の両面で洗い出しをしているが、各地の民衆の力を使えれば精度の高い情報をより早く獲得できるようになるであろう。









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