第45話
この世界において娼婦や愛人などは特に侮蔑の対象にはならない。
例え不特定多数を相手にして父親の分からない子供が出来たとしても、産み育てるのならそれは称賛される行為だ。
3歳になるまで子供は女たちによって共同養育されるものという「常識」もあるため、赤子を1人で抱えて途方に暮れるなどという事もない。
王族、貴族、職人ギルド等のコミュニティーごとに存在する共同養育の場の中では正妻も妾も娼婦も関係なく過ごす。下働きをする奴隷は奴隷商人から提供される。
奴隷商人は裏社会側の人間であるが、王宮でもどこでも出入りが出来るのは子供の養育に役立っているという社会的な評価があるからである。
ヴァイオレットとつるんでいても誰も問題にしないのは、特殊娼館を運営する裏社会の顔役という正体は母親たちにも割と知られていて、特殊性癖と欲望に忠実であるだけの奴隷商人という共通認識があるからである。
ちなみに老人は子育てに関する知恵袋として尊敬の対象となっている。
3歳以上の子の保育も共同養育の場は請け負っているからである。
また、誰の子かわからない場合、子供の3歳の誕生日にあわせ、好きな男に父親になってという逆プロポーズも特に珍しくはない。
男にとって「父親」は出世に必要な要件となるほど、男らしさを表す憧れのステータスであるから、相手が好きな女であれば断る男はまずいないのだそうだ。
「子供作ってから物を言え」という侮蔑の言葉が男にはあるほどだ。
ただ、金欲しさだけで性行為をして赤子を堕胎させるような行為は軽蔑される。
子供は将来の労働力であり、兵力でもあるからだ。
そういう意味では元の世界より子供を重視した社会構造であるとも言える。
「お父様!」
だから娘たちに「お父様」と囲まれると、周囲の男から尊敬を集めることになる。
きっちりと鎧を着こなし槍を持った美少女たちが魔物だとは普通思わない。
「娘たちよ、この子らとその家族を守ることは俺を守ることに等しい。任せたぞ」
「はい、身命に代えましても」
命ある限り、娘が俺の期待に応えようとするという事は戦場で体験している。
そして俺が娘を大切に思っているという事は娘たちに伝わっている。
だからこの言葉はとても重い。
教会もどきの建物から親元へ引率するジュリエット、そしてジュリエットと子供各人の護衛に着く娘たち一人一人を軽く抱き締める。
「陛下、それでは」
ジュリエットは軽く頭を下げてから歩き出した。
タマが転移させてきたヴァイオレットの手下たちは「すげ~」とか言いながら眺めている。同じ顔の美少女たちの数もそうであるが、言葉の重さは分からなくても、雰囲気の尋常でない様子は伝わるようである。
(娘たちの数はこんなものじゃないけどね・・・)
「さてと」
隣に来たヴァイオレットの腹心らしき美形の青年に町長が隠していた裏組織の名簿を手渡す。
「この国に入り込んだ外国人、特に裏組織の連中は全て消してかまわん」
「御意」
建物の接収は言うまでもなく、町長を処分させたことでヴァイオレットにはこの町を牛耳れと命じたも同じだ。特にあれこれ指示する必要はない。
「女どもは問題ないか?」
元辺境伯領から攫ってきた平民の女たちは地下牢生活が長かったので衰弱しているのではないかという意味である。
「そのあたりはノウハウがありますのでお任せを、ただ」
「ただ?」
「なかなか心を折れない者がおります」
「ほう?」
「貴族の女ならそれも一興ですが・・・」
「その者はここにいるのか?」
「あそこにおります」
青年が指差した先には他の女と隔離されるように一人、木の下に座らされている女がいる。
「連れてこい」
「はっ」
青年が目で合図をすると、近くにいた男が走り、女の首輪につなげた鎖をリードのようにして引っ張って来た。
女は見た感じ10代後半で背が高く、手足を見るとそこそこ筋肉がついている。
ミケがスッと前に出る。殺気を感じたという事だ。
竜娘たちも感じたのか、指向性のある威圧スキルを発動した。
だが、3人同時は過剰発動だったらしい。女は額を地面に擦り付けて震え出した。
「生きたまま竜に内臓を食われたくなければ、正直に話すがいい」
青年がえげつねーという表情をするが、いつも腹ペコの映電に食わせようかと思ったのは事実である。
「お前は何者だ?」
「こ、この世界に転移して来た」
(んん?)
「転移だと?」
「日本という世界から来た」
「ミケ、こいつ例の暗殺者か?」
「いえ、こちらの世界の者です。普通に50年生きられる魔力を持っています」
少なくとも禁忌魔法で呼ばれた者ではないという事だ。
ただ、そうなると身に帯びた殺気が不可解だ。
「そんなことより元の場所に帰して。なんで牢に入れられなきゃいけないのよ」
どうも俺の事をここにいるヴァイオレットの手下の親玉か何かだと勘違いしているようだ。
正直あまり相手をしたくない。
「何を勘違いしているのか知らんが、お前たちを生かしておくつもりなどない」
「え?」
(まあ、この際説明だけはしておこう・・・)
「お前の領主は反逆者だ。その罪により血族はもとより領地・領民すべての痕跡を消した。帰るところなどない。お前たちは単にヴァイオレットの希望により生かされているにすぎん。生き続けたければせいぜいよく働くことだ」
「領主とかそんなの、関係ないじゃない」
関係ないとは、実に元の世界の住人らしい考え方だ。
こちらの世界では負けた側の領民は領主の残存戦力と見做し、血族などの粛清と併せて掃討してから自領の領民を移住させるのが常識なのだ。
生かしておくと反逆の火種になるので掃討が基本であるが、自領の領民が足りない場合などには女子供を殺さずに捕らえる場合もある。
その場合、捕らえた者は奴隷として領主の私有財産に編入する。
奴隷は労働力であり、人口増加をもたらす宝であり、売買可能な商品でもある。
エルフを奴隷から解放するにあたり、対価としてエルフよりも能率の高い魔物を与えたのはその為である。
魔物だろうが精霊だろうが人外の者は差別や酷い取り扱いを受けるが、生産や生殖等の能力部分は人間を襲わない限り正当に評価される。
あっさりとエルフが解放されたのも魔物には食事を与える必要も睡眠や休憩をとらせる必要もなく能力を発揮させ続けられるからで、元の世界の感覚で言えば工員を引き抜かれる代わりに24時間稼働するコンピュータ管理された工場を与えられたようなものだからである。
奴隷制度は俺が帝王になる前からこの国に根付いている。
奴隷の面倒を見るのは所有者としてメンテナンスをするという意味合いであり、
奴隷に人権などない。
奴隷が許しを得ずに発言したり、ましてや体制批判などもってのほかなのである。
「危険だな」
「そうですね」
奴隷の印を入れられて威圧を受けた状態でこれだけ発言できるというのは大したものであるが、いくら本人にとっては「正義」であっても国にとって危険な思想を吹聴させるわけにはいかない。
危険な思想は民衆を通して国の土台を腐食する。
「向こう側に入れ替わった奴は特定できるか?」
「そういうのはタマが得意です」
「わかった、あとでタマに命じて入れ替えさせよう。おい」
青年を呼び付けた。
「この女は毒になる。連れ帰るぞ」
「御意」
青年も手を焼いていたのだろう。
一思いに殺す方が簡単だが、だからこそ手間のかかる入れ替えを行う。
正義とか倫理ではなく、タマを退屈させないために。
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