第14話
1
「あのう」
広場に展開された露店を見ているとメルミアが戸惑ったように
「なんか・・・やたら見られています」
露店の商人や、商人の視線で気付いた客や通行人の男が振り返ってまでメルミアを凝視している。
「メルミア、お前、ここにいたとき結構知られていたのか?」
「いいえ、文字通り奴隷ですから館から出ることはありませんでした」
まあ、例え知られていたとしても外観から受ける印象は全くの別人だが。
「それならきっと、お前があまりにも美人だからみんな見とれているんだよ」
「美人なんて、そんな」
これだけで顔を真っ赤にするメルミアはチョロいと言えよう。
「しかし、まあ、ここの領民は他人を慮って視線を隠すような教養は身につけていないようだな」
こんな美少女を連れやがって羨ましいという視線を優一に向けてくるのならわかるが、物欲しそうな視線をメルミア本人に向けてくるのはいただけない。
木立の中に見つけたベンチに座ると右にミケ、左にメルミアがごく自然に座る。
女性の座る場所にハンカチを広げるような気障な真似はできないが、2人とも特に気にしてはいないようだ。
「あの」
メルミアが覗き込むようにして
「あなたはミケさんのどんなところがお好きですか?」
「どうした、いきなり」
「私にもできることがあれば真似ようと思いまして」
「そうだな、聞けば何でも教えてくれるし、何かしたいと思ったことには色々考えてサポートしてくれることかな」
「え? でもご夫婦なんですよね」
「ああ、元々俺はこの世界の住人じゃないから、ここでは夫婦はそういうものだと言われてもわからない」
「そうなんですか」
「13のときにひどいいじめに遭ってね。それ以来アニメとゲームの世界に引きこもっていたんだ。そのゲームの世界の中でユーザーイベントを企画していたらリアルな企画会社の社長にスカウトされてね」
「ごめんなさい、言葉の意味が分からないです」
「ああ、この世界の概念にはない言葉だから気にしないで、ただ聞いていてくれる?」
「はい」
「その頃アニメやゲームでモフキャラというのが流行しててね。その社長のところでモフキャラを使ったイベント企画を担当することになったんだけど」
「はい」
「企画の仕方も調整の仕方も書類の書き方すらも教えてくれないから。社内の全データを探して全国のモフキャラと1人1人調整して、官公庁に補助金やらなにやら調整するんだけど、昼間は会議やら官公庁との折衝で終わってしまって。自分の仕事は翌日の朝までに仕上げて、の繰り返しだったんだ」
「はい」
「それはそれで面白かったから、もし元の世界にミケがいたら、きっとこっちの世界に来たいとは思わなかっただろうな」
「そうなんですね」
メルミアは少し考えてからぽつりと言った。
「ミケさんがすごい存在だっていうことだけはわかりました」
「うん、ミケは掛け替えのない俺の半身だよ」
そう言って引き寄せるとミケは無表情のまましなだれかかった。
こういう表情の時は結界を貼りつつ周囲を警戒しているので、自分の体がどういう態勢にあるのかは多分気にしていない。
「ユーイチ」
優一を呼ぶとき普段のミケなら顔を真っすぐに向けてくるが、今は正面を凝視したまま、やはり警戒モードだ。
「もとの世界に渡れる日が来たら、何をしますか?」
「何をしますかって、ミケたちと遊びまわるよ」
もともと友達や彼女などといったものはネットの中以外に存在していない。
「そうだ、みんなでファミレス行こう」
「ファミレス、ですか?」
「この世界で言えば大衆食堂。前の帝王と行ったことないの?」
「前のお方はこの世界で様々な実験をするため、ひたすらお一人で買い物をなさっていました。どんどん方向が残虐なものになっていましたが、それにももう飽きられていたようで」
「ああ、あれか・・・しかしお金はどうしてたんだろう」
「お金はこの世界で採れる鉱石や宝石を持っていくと昔入れ替わった者の子・孫などが向こうで通用する兌換紙幣と交換してくれます」
「そういう仕組みだったのか」
「はい」
「ん、待てよ、向こうに入れ替わった者がいるということは、こちらにも」
「はい、おります」
「それって誰か分かる?」
「あれ、お気付きではなかったのですか? 帝国内に領地を持ち、好き勝手なことを出来る存在」
「そういうことか」
「はい、もっともこちらでも寿命はありますので今の領主にその魂があるかどうかまではわかりません」
つまりこれから取り潰してやろうと画策している辺境伯は、入れ替わったものであるため<エルフとの戦いに勝った>功労者という名目で前帝王から爵位と領地を賜ったということだろう。そのためにエルフは好戦的な人間の敵という情報操作がされ、それがいつの間にか奴隷として何をされても当然の存在、となってきたのだろう。
「まあ、大変だったな、メルミア」
「はい?」
いきなり話を振られたメルミアはきょとんとしている。
2
「お、姉ちゃん戦士か」
大繁盛の酒屋で、相席になった髭だらけの冒険者風の男がメルミアを見て嬉しそうに言った。
大繁盛の酒屋はカウンターや少人数席などというものはなく、全て6人掛けの相席で、同じパーティーなら同じ席に座るといった不文律も存在しないそうで、誰かが席を立つとそこに遠慮なく誰かが座ってくる。
「これはすごいな」
周囲の棚に飾られているのは明らかに元の世界の酒たちであり、この世界の原料を使っていないためかミケは何も言わない。
「大商人様は、初めてですよね」
どうやらこの店員もステータスを見ることが出来るらしい。
「手を上げて飲み物を注文してもらえればいいです。つまみは飲み物についてきます。つまみは飲み物によって変わります。何を注文しても一杯1銭でその都度引き換えでお払いください」
「わかった」
つまり飲み物の注文だけで食い物は勝手についてきて、その都度1銭ずつ払えばいいということだ。回転率はいいだろうが儲けようという気はさらさらないらしい。
「俺は生ビール、ミケは?」
「赤の葡萄酒を」
「メルミアは?」
「では、シードルを」
「うけたまわり~」
店員は嬉しそうにそう言って離れていった。
「あんたらも一旗上げに来たのかい?」
先ほどの髭の男が聞いてきた。
「ん? なにかあるのか?」
「聞いてるだろ、ここの領主が悪逆の帝王を討つために兵隊を集めてるんだぜ」
「あ、じゃあ、館で行われているのって」
「おう、貴族たちから騎士を募るらしいな」
「ほう、それは勇ましいな」
「勇ましい? はっ」
男は馬鹿にしたというより、単におかしくて笑ったらしく
「大商人様は戦いをご存知ねえから仕方ねえ。騎士ってのは俺たち兵隊を戦わせるだけで普段は剣なんざ抜かねえのよ。奴らが槍だの剣だの使う時は相手に貴族たる騎士がいるときだけでさ」
「そうなんだ」
「それに馬だろ。徒歩の集団に混ざっていても目立つだけで狙われるから鎧もどんどん重くなって、今じゃ乗り降りも独りじゃ出来ねえらしいぜ」
まあ、それでは嘲笑われても仕方ないような気がする。
実質の戦力はその騎士の配下となる、ここで飲み食いしている連中ということか。
「ところでその悪逆の帝王っていうのは?」
(俺のことだけどね)
「ん? そんなの知るか」
髭の男はずばりと
「正義の戦いという名目にさえなれば戦わせた騎士に払うのは名誉だけでいいからな。騎士の配下なんざどうせ使い捨てなんだし、安上がりでいいってわけだ」
「それで貴方はその使い捨ての配下に?」
「ああ、もうこの年で冒険者やってても見入りねえからな。せめて妻と娘がこれから暮らしていけるだけの給金と戦利品をせしめてくるだけだ」
「一つ伺ってもよろしいですか?」
ミケが遠慮がちに質問をする。
「その悪逆な帝王を討つという情報は、どこに行けば手に入りますか?」
「おう、奥さんはギルドってご存知かい?」
どうもこの世界では見た目よりもステータスで判断されるらしい。
ステータスが見えなければミケのことを奥さんなどと呼ばないだろう。
「職業組合ですよね」
「おう、服屋でもパン屋でもなんでもいいからギルドの親方に聞いてみな。みんな知ってるぜ。まあ、親方くらいにならないと何か公示されたって読めねえしな」
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