愛も絆も、綺麗なのは絵物語の中だけの話
愛。絆。縁。
そう言った心の繋がりと言う物は綺麗に聞こえるけれど、実際に綺麗なのは絵物語の中だけの話であって、実際にそんな物は存在しない。
少なくとも、王族、貴族の間にそんな物は存在しないと、信じている女がいた。
長く王族に仕えている身ながら、名前で呼ばれる事は滅多にない。
そもそも王城にずっといる訳でもないので、王族の誰も名前なんて知らないだろうし、今更興味もないだろう。
そう言った意味でも、女は絆だの友情だのと信じる事は出来なかった。毎月貰える国内の平均月収より少し高額な給料だけが、せめてもの信頼の証だった。
故に、そんな程度の信頼だったからこそ、こんな事が出来てしまえた。国によっては、死で以て償えとされる大罪だ。
なのに彼女は、出来てしまえた。
右だ左だ上だ下だ。何代経ってもいがみ合ってる貴族にも、両者の軋轢を知りながら放置している王族にも、いい加減にしろと辟易していたから、出来てしまえた。
だからと言って楽しいわけではなく、何も変わらなかった事にも呆れて物も言えず、結局、最後に気付いたのも貴族の誰でも王族の誰でもない第三者。赤の他人であった事にも、何も感じる事はなかった。
「おまえだネ? 随分と面白い事をしてくれたじゃあないカ」
まぁ、唯一の驚きは、想像もしていなかった大物がしゃしゃり出て来た事くらい。
まさか世界で五本の指に入る【外道】の魔術師が出て来るだなんて。しかも、もう十年以上前に犯した罪を、一点の間違いなく暴かれるだなんて思ってもみなかった。
「一時の気の迷いにしてハ、随分と大それた事をスル。何カ怨みでもあったのかネ」
「……私怨も私情もありません。強いて言うなれば、単なる逆恨みです」
「逆恨み……逆恨みガ要因の事件事故ナド、幾らデモあろうが……ココまで馬鹿げた事ヲした奴を、そう多くは知らないネェ。ソレで、満足出来たかネ?」
「満足も不満もありません。成し遂げた後も成し遂げる前も、私はこうして、彼らに絶望しているだけなのですから」
「そうかイ。そりゃあ、
そんな彼の言葉を皮切りに、ゾロゾロと人が現れ始める。
王族の右腕たるライト家。
そして王族の左腕たるレフィカ家。
両当主の顔を並んで拝める機会など、そうはない。が、だからと言って感動もしない。既に彼らに対する興味関心は、彼女の中では灰と帰している。
いや、そもそもそんな物が元よりあったのかさえ、今となっては確かめようがないが。
「一体何なんだ? いきなり我々を呼び出して、何をしたいんだ【外道】の魔術師」
「……」
まるで、探偵小説のような構図だ。
容疑者の立ち位置にある両家の当主と、その嫁。そして、レフィカ家からは令嬢、カラベルまで。だが、彼らは容疑者ではない。魔術師は彼らに、目の前の女がしでかした所業を暴露する相手として、それらを聞き届ける証人として呼んだのだ。
「私も性分ではないけれどネ。仕事を受けた以上、半端に終わらせるのは主義じゃナイ。なのデ、性分でも主義でもナイが、意見を聞こうと思ったのだヨ。この仕事を、やるべきか否かをネェ」
「だから何をだね! 右の家が貴様に何か依頼したのはわかったが、我々まで集まる必要が何処にある!? 我々を貴様らの戯れに付き合わせるのは――」
「お父様」
意外にも、左の当主を制したのは娘だった。
何やら苛立った様子で壁にもたれ掛かり、腕を組んでいた彼女は、この場を早く収めたい気持ちが一番強いように思えた。
「話が進めばすぐに終わります。こちらは何も非はないのですから、黙って聞いていましょう」
「しかし……」
「それとも、お父様には何か思い当たる事でも?」
「べ、別に何も……ない……」
「ならばいいではないですか。レフィカ家当主ともあろうお方が、恥ずかしい」
キッパリと言い切られる。
左の当主は右の家に見せる顔をなくし、悔しそうに顔を背けた。
「デハ、よろしいかネ? ……この度、私はライトから仕事を引き受けた。先日亡くなったライト家の令嬢を基盤とした、ホムンクルスの作成だ」
「何?! 貴様ら……そうまでして我々を――」
最後まで聞け、と魔術師と娘に無言で睨まれ、左の当主はまた黙らされる。
「だが、ここで一つ問題が生じタ。貰い受けた令嬢の遺灰から採取した遺伝子情報カラ、本来あり得ない遺伝子が確認されタ。ライト夫婦の間カラは、絶対に生まれるはずのナイ遺伝子ダ。コレが何を意味するか、わかるかネ?」
レフィカ家の夫婦は意味がわからずキョトンとして、ライト家の夫婦は絶望的な結果を想像して顔面蒼白となっている。
そして遅れて気付いたのだろう。
レフィカの令嬢までもが吐き気を催し、うんと顔色を悪くして震え始めた。
「そう。故エルヴィラ・ライト嬢は、ライト家の子供ではナイと言う事ダ」
「そんな……そんな馬鹿な! ではあの子は……エルヴィラは誰の子だと言うのですか!? まさか――」
全員、まさかの事態を想像する。
目の前にいる女が彼女の本当の母親で、王族ないし貴族の遺産を目当てにすり替えたのではないかと。
だが事態は、皆の想像を遥か逸していた。
「残念ながら、この女に子供はいないヨ。そもそも子供自体産めない体で、結婚も諦めたんだってネ。マぁ、だからこその犯行かもしれないガ」
「では、では一体……何がどうなって……」
「ナニ。見せていただけサ。片腕の子が死に、片腕の子が側室として迎えられル。そんな未来を二つの家に。しかし、事実と真実を逆転させテ」
そこまで言い切って、左腕の令嬢は膝から崩れ落ちる。
止めてと訴える声は壮絶で、耳を塞ぐ手は力加減を間違えて、耳を引き千切ってしまいそうになってまで、真相を受け入れんと拒んでいた。
が、しかし、時は既に遅い。自ら促し、進ませた時間は止まることを知らない。
何より相手は、世間より外道と呼ばれる男。人の絶望やら慟哭を、真実で塗り固める悦を、これ以上なく好む。
故に遠慮なく。躊躇なく。
「故エルヴィラ・ライトこそ、真のレフィカ家の令嬢。この娘はライト家の令嬢。この女が見せたのはまさに、夏の夜の夢、だった訳だ――」
一切の配慮なく、誰もが受け入れ難い真実を吐き出した。
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