外道魔術師と魔女族の青年
オープン・マイ・ユートピア
幾度も繰り返しているように、第五国立魔導学校は、世界各地に点在する魔導学校の中でも、多くの種族を迎えている学校だ。
それこそ世界的希少種から混血種まで、多くの種族の生徒を迎えるために、多くの種族の教師を雇っている。
中でも校長を除いた三巨頭と呼ばれる教師陣は、教師としてだけではなく、それぞれの分野の第一線で現役で活躍する実力者ばかりだ。
内一角。魔女族の長にして、学内最年長の教師。通称“
「これより、魔婆様より魔女の秘術に関する講義を開始します!」
と言っても、魔婆様は口を開かない。
魔婆様は全身をボロボロの茶色い包帯で包み込み、宙を浮遊する巨大な揺り籠に揺られていて、自分自身の口で喋る事もなければ立って歩く事さえしない。
彼女の言葉と意思はすべて、左右に在中している二人の側近が代弁、代行する。
学校の講義もまた、言葉は右の魔女が伝え、実技は左の魔女がやって見せる、他にはないスタイルで進めていた。
「魔女族は魔人族、妖精族、天使族と並ぶ四大魔族! 世界でも屈指の、純度の高い魔力を持つ種族である! そして我々魔女は、他の種族――四大の他三つも持たぬ秘術を持つ! それが魔女の固有心象領域開放魔術――通称、“オープン・マイ・ユートピア”。諸君らには、卒業までにこの秘術の体得を目指して貰う!」
ゆっくりと、オレンジは手を上げる。
質疑応答の時間は別途設けられていないため、この場で質問のために挙手する事は不思議なことではない。
が、現状まだ説明途中の段階だろう今、手を上げたオレンジを周囲の魔女は不可思議な存在を見る目で見つめた。
が、オレンジは気にしない。双眸はただ真っ直ぐに、二人の側近の奥で浮く魔婆へと向けられており、他はまるで眼中に収めていなかった。
「この秘術は、魔女にしか、習得不可能、なのでしょうか……」
「よく聞いてくれた、と魔婆様は仰っている! 無論、何事にも基本があれば例外が存在する。この術は基本的に魔女にしか習得は出来ないが、魔術の才に溢れ、魔術を深く理解した天才ならば、一割未満の確率で習得出来ないこともない! また、ごく稀に魔人族の中でも、魔女の血を引く者で在らば習得出来る者がいる! こちらは確率的に言えば、およそ三割と言ったところだ!!! 質問は以上か!」
「はい、ありがとうございます」
一応、魔女の血族にあるらしいオレンジは、自分にも習得する資格がある事を確認した。
同時、一割の確率で他の種族でも習得可能と聞いて、オレンジは真っ先に博士を思い出した。魔術の才に溢れ、魔術を深く理解した人――真っ当な道からも外れた【外道】の魔術師ならば、会得していても不思議ではない気がする。
だが習得していたら習得していたで、心象領域の解放と謳う魔術など使われたら、何が出て来るかわからない恐怖もあるので、出来れば使っているところに遭遇したくないと思った。
「心象領域の開放……具象化は、発動する魔女の存在そのものを表します。心に刻んだ風景、光景を、特定された場所にのみとはいえ、発現する事で得られる効力は、広げる背景によって千差万別です」
左にいた側近が、両の手を合わせてゆっくりと離しながら、一瞬のうちに収束させた魔力を広げていき、真白の光球を作り上げる。
徐々に弱まっていった光の中に見えたのは、数えきれないほど厖大な数の星と、大きな満月が光り輝く夜空の下に広がる、一面白銀の雪景色。広大な白銀の雪原であった。
光球の中、雪が降り注ぐ様はまるでスノードームのようで、その場にいた誰もが思わず静観し、誰も何も言えなかった。
「私のように、過去の記憶から作り上げた物。幼少期、強く思い描いた
「今のような精神安定作用のあるものから、逆の効果を齎すもの! 他の魔術と組み合わせ、攻撃力や防御力を高めるものまで、種類は本当に様々だ! 諸君、各々を構築する心象を見つけ出し、形作れ! それが魔女として生まれたあなた達の、唯一にして最大の課題である!」
過去の記憶。
幼少期に強く思い描いた、イメージ。
そして、夢――
同じ魔女の手によって、空白にされてしまった自分には何があるだろう。
今の自分、エスタティード・オレンジを作り上げる心象とは何か。少女は何を基盤として動き、生きているのか。
これまでの集大成とも言える魔術の習得に、オレンジは未知の不安を感じざるを得なかった。
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