公園の砂場で魔法少女に出会うための法則

高橋てるひと

その1

 公園の砂場を貸し切るために必要なものは、コンビニで売っているアイスが一つ。

 そいつを、今代の砂場のボスに提出する。

 この公園において、子どもたちの間で、代々伝わってきた習わしの一つ。


 どのアイスを買うかは、当然、その代のボスの嗜好によって変化する。ちなみに、今代のボスである岬守ニコラは箱宮製菓のストーリー・フレーバー・アイス略してストフレを指定している。一時間で一本。円でおおよそ200円。電子通貨だと20000セル。大金だ。ちなみに延長は不可。


 そしてもちろん、ただ単に、アイスを持っていけばいいってもんじゃない。


 何たって、砂場は子どもたちの縄張りであり、交流の場であり、一種の聖域でもあるのだ。そんな砂場を長時間貸与するためには、それなりの理由が必要だ。

 財力に物を言わせて、金持ちの坊ちゃんなんかが砂場を占領しようとすれば、岬守ニコラはその可愛い顔に似合わぬ奇声を上げつつ、ツインテールにした金髪と赤いスカートをはためかせ、見事な飛び蹴りを炸裂させるだろう。


 大切なのは、今代のボスに対する誠意。

 そして、砂場と砂場の仲間に対する敬意。

 最後に、砂場をどうしても貸し切りたいという、熱い想い。


 そして。


 その全てをクリアし、ストフレ『遠く離ればなれになってもでもずっとずっと君を想ってる』味を岬守ニコラに献上し、そして何より、入口のところで公園の管理AIによる個人データへのアクセスを受けて倫理判定に合格し、不審な行動を取った際には公園の片隅で待機している犬型の防犯ロボットによる鎮圧行為を受ける旨を了承し、公園への立ち入り許可を得た結果。


 彼は――御解堂は、今、砂場を貸し切っている。


 その周囲を、岬守ニコラを始めとした砂場を縄張りとする子どもが取り囲む中。

 手にはスコップ。傍らには水の入ったバケツ。

 そして、彼が真剣な顔付きで作っているのは、前衛的で、抽象的で、込められた意味は特にない、安心安全汚れにくく清潔な人工砂で作られた奇っ怪なオブジェ。


 ちなみに、彼が着ているものは、学生服。

 そう――学生服だ。

 割と、この辺りでは有名な進学校の制服。ブレザータイプのそれを、彼は一部の隙もなく着こなしている。当然ネクタイを緩めたりはしていない。抜き打ちの服装検査を物ともしない類の身だしなみ。砂場で作業をしているために砂だらけにはなっているが、砂だらけになっていてはいけないという校則は無論、存在しない。


 で、つまるところ。

 何と言うか、その、ちょっと言い辛いのだが――御解堂は高校生である。


 男子高校生が、公園の砂場で一人、黙々と砂遊びをしている。


 古い時代の管理AIならばエラーを吐いて機能停止しそうな行為だったが、最新型である公園の管理AIはそれなりに優秀なので、防犯ロボットを公園の片隅から砂場の近くへ移動させ、子どもたちにもみくちゃにされながらその様子を生温かく見守っている。


 しばらくして御解堂は、一旦作業の手を止める。スコップを傍らに置き、ふむ、と唸って、自分の作り上げたオブジェを眺め、何かを確認する。

 それから、視線を別の方向へ向ける。

 そこにあるのは、ブランコだ。

 全ての素材が軟質素材で作られ、足下にクッションが敷き詰められ、速度調整機能と危険回避機能を搭載した、極めて高性能かつ安全なスマート遊具。

 安全過ぎるせいか、何かこう、いまいち人気がないらしい。

 そこには、今、誰も座っていない。


「なー。こーこーせー」


 岬守ニコラが、御解堂に尋ねる。


「こーこーせーは、いったい、なにがしてーんだー?」


 御解堂は、何を考えているのだかよくわからない無表情な顔を岬守ニコラに向ける。公園の管理AIは、それがこの男子高校生のスタンダードあることは知っていたが、職務に従って、いつでも鎮圧可能なように犬型の防犯ロボットを構えさせた。

 無表情のまま、つまりは真顔で、御解堂は岬守ニコラの問いに答える。


「魔法少女と会うための法則を探している」


 かくん、と防犯ロボットがコケた。

 岬守ニコラはコケず、首を傾げた。


「まほーしょーじょって、会えるもんなのか?」

「会える」

「マジか」

「ああ。会ったことがある」

「イベントかいじょーにでてくるきぐるみとかじゃなく」

「とかじゃなく」

「すげーな」

「ただの偶然だ」


 と御解堂は告げ、それから、足下の砂でできたオブジェをじっ、と見下ろす。


「そして、その偶然起こっただけの現象を、再現可能にするために科学がある」

「なんかむずかしーこといってんな」

「何も難しいことではないぞ岬守ニコラ。例えば、君はアイスを放置すれば溶けることを知っているはずだ」

「そりゃーな」

「では、アイスが溶けるまでの時間はどれぐらいかかる? 計ったことはあるか?」

「うんにゃ。そいつぁーねーな」

「ならば計ってみよう。一度ではなく、何度も。掛かる時間は違ってくるはずだ」

「ちがうのか?」

「違う。例えば、夏と冬とで違うのはわかるだろう」

「あー、そりゃちがうな」

「何故だ?」

「そりゃー、なつはあついしふゆはさむいからな」

「その通りだ。つまり、アイスが溶ける時間には気温が関係する。ならば温度計で気温を測ろう。同じ気温で放置すればアイスが溶ける時間は同じになるはずだ」

「そーだな」

「しかし、ならない」

「おいこら」

「何故だ? 考えられる理由は?」

「わかんねーよ。もうそれ、だれかがこっそりなめてたんじゃね?」

「その通りだった。我慢できなくてアイスを舐めていた奴がいた」

「バカすぎね?」

「つまりは、人間の体温に触れるとアイスが溶ける時間は早くなるわけだな。そして、このとき、誰かが、はっ、と気づくわけだ」

「なにを」

「前のアイスは皿の上に置いていたが、次のアイスは熱したフライパンの上に置いていたと。人間の体温に触れると早く溶けるならば、熱したフライパンの上に置いても早く溶けるのでは、と」

「もっとはやくきづくべきじゃね?」

「気づかなかったのだから仕方がない――ともかくも、そんなことを幾度となく繰り返していく内に、アイスを同じ時間で溶かすことが可能となっていくわけだ」

「たべたほうがいーきがすんだけど」

「あくまで例えばの話だからな。まあそこは、溶けたアイスはスタッフが美味しく頂きました、ということにしておこう――つまりは、これが科学の力だ。アイスを同じ時間で溶かすことが。それを偶然ではなく可能とするのが」

「しょぼくね?」

「そうだな。だが、アイスを意図的に同じ時間で溶かすことは、かつては魔法と呼ばれていた奇蹟だった。でも、それが可能であることを科学は発見し、それを追いかけ、今ではそのための法則を利用することができる」


 だから、と御解堂は言う。


「だから公園の砂場で魔法少女と出会うことだって、科学はいずれ可能とする」

「そのりくつはおかしくね?」

「おかしいだろうか?」

「うん」

「……そうか」


 と御解堂は言い、それから、再びブランコへと目を向ける。

 そのブランコには、やっぱり、誰も座っていない。


   □□□


 御解堂が魔法少女と出会ったのは、まだほんの子どもだった頃のこと。


 その日、御解堂少年は今と同じように公園の砂場で遊んでいた。

 もっとも、当時の彼はれっきとした子どもだったので、特に違和感はなかったが。


 不思議なことに、その日は他の子どもたちが一人もいなかったので、自動的に砂場は御解堂少年の貸し切りとなっていた。

 結果。

 彼のテンションは妙に上がり、明後日の方向へとその熱意は注がれた。

 そんなわけで、手にはスコップ。傍らには水の入ったバケツ。

 そして、彼が真剣な顔付きで作ったのは、前衛的で、抽象的で、込められた意味は特にない、安心安全汚れにくく清潔な人工砂で作られた奇っ怪なオブジェ。


 つまりは、今とまったく同じものを作った。


 子ども心になかなかよくできたと思った御解堂少年は、携帯端末を取り出し、端末のAIにそのオブジェを撮影させた。


 かしゃり、かしゃり、ぴろりん、と。

 音を鳴らしてAIが撮影している、そのときに。

 

「よーす」


 と、声を掛けられたのだ。

 女の子の声で、でも、御解堂少年ほど子どもではない人間の声。

 年上の女の子の声だった。

 

「ねえねえ、そこのぼっちな男の子」


 声が聞こえてくる方に、御解堂少年は目を向けた。

 まだ真新しかった、でもそのときからすでに人気が無かった、柔らかいブランコ。

 そこに、一人の女の子が座っていた。

 女の子とは言っても、御解堂少年からしてみれば年上のお姉さんだった。

 なんたって、制服を着ていたのだ。

 中学生の女の子だった。


 ぱちり、と。

 御解堂少年は、思わず瞬きをし、それから左右を見渡して公園に他の誰もいないことを確認してから、人差し指で自分自身を指差す。


「そ、君だよ」


 そう言って、ブランコに座ったまま、にまー、と笑う彼女。

 ぱちり、ぱちり、と。

 御解堂少年は、その姿を見て、一つ、二つと瞬きをした。


「おまえ、なんだ?」


 それから、眉を潜めて、こう尋ねた。


「なんで、ひかってる?」

「へっへー」


 と、御解堂少年の言葉に対し、何やら得意げに胸を張ってみせる女の子。

 ぱらぱら、と。

 その動きに合わせるようにして、彼女の周囲に、光の欠片が散らばる。

 きらきら、と。

 散った欠片は、一瞬だけ煌めいて、そのまま宙に溶けるようにして消えていった。


「私はね」


 と、彼女は御解堂少年に告げた。

 

「魔法少女なのだよ」


 ぱちり、と。

 御解堂少年は、もう一度瞬きをした。

 それから、口を開く。


「おまえさ」

「年上の女性に向かって『お前』呼びとは失礼だね君は。おねーさんと呼べ」

「じゃあ、イタいおねーさん。りゃくして『イタ』とよぶことにする」

「おい」

「イタ。それで、そこのブランコなんだけれど」

「おいふざけんな名前みたいじゃねーか定着したらどうするつもり――ん? 何? ブランコがどうかした?」

「そこにすわってると。その、ここからだとさ」

「うん」

「みえるんだけど」

「え?」

「すかーとのなか」

「…………」


 一瞬の沈黙の後。


「うにゃああああああああああああっ!?」


 と、自称魔法少女は、顔を真っ赤にしてスカートを押さえ、周囲に大量の光の欠片を撒き散らしながら、悲鳴を上げた。


 そんな風にして、二人は出会った。

 不思議と誰もいない公園の――前衛的で、抽象的で、込められた意味は特にない、安心安全汚れにくく清潔な人工砂で作られた奇っ怪なオブジェが作られた砂場で。

 奇蹟みたいな偶然によって。

 まだ子どもだった御解堂は、魔法少女の彼女と出会ったのだ。

 

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