41-5 さよなら、リタさん
「あのランサーを何とかしないと! ハイドラ・ゾワールだよ!!」
「……」
――システィーヌの上空にて、ヴィータストはバグエスパー相手に交戦を続けていた。バルゴランサーの鋭利な先端を突き出す相手へと、ハイドラ・ゾワールで絡めとって怯ませることをシャルが選ぶものの、自分が入力したコマンド通りに動かない事を気づき、
「ウィン! どうしちゃったの、ねぇ!?」
「一体何を……しまった!?」
ウィンの方へ思わず振り向けば、彼女がシャルのコマンドを出力していなかった事に気づく。ハイドラ・ゾワールを遅れて射出するものの――バルゴランサーの先端からはフィールドが展開され、電撃を帯びた鏃も、出力された熱によって溶解される結果となった。このまま自分の攻撃を者ともせずバグエスパーが突撃をかけんとした所、
『何をやってまして!? 避けてくださいまし!』
「いきなり……ってこれも仕方ないよね!」
エクスからの催促に戸惑いつつも、自分たちの行動が遅れた事に非があるのだと、咄嗟にヴィータストが上半身と下半身を分離させバグエスパーの突撃を避ける。同時にバスター・スナイパーが直撃した事で危機は救われ、
『全く、こんな時に一体何を……』
「ご、ごめん! ウィンもその、大丈夫で……」
『シャルさんもですが、ウィンさんもでして!? この間も』
「そうですね! 北極攻略の時もウィンさんがボーっとしていたせいで、バスター・スナイパーの射線上に入られたとかでして、コイさんは才人さんのせいだと言ってましたが、やはりですね、そのですね……」
『ル、ルミカさん! 貴方が口を動かす余裕はありません事!?』
シャルだけでなく、ウィンに責任があるとなればエクスだけでなく、サブプレイヤーとして操縦を担っていたルミカから過去の不手際も含めて詰られていった。この状況で彼女もまた少し引いていた様子であり、
『そうですねー、ウィンさんにはしっかりしてもらわないとですけど~』
「す、すまん……不吉な予感がしてな」
「そ、そう……って今そんなことも言っちゃだめだよ!」
「そ、そうだな……そう都合よく悪い事が起こることなど……」
アズマリアから真面目に諭されると、ウィンとして第六感に妨げられてしまった事を詫びる。ただ不吉な予感がしたとの口ぶりに、シャルとして笑えない状況だと突っ込まれる。パートナーの言う事は最もだと、ウィンはぎこちない笑いを浮かべながら自分の第六感を必死で否定したが――その予感はもはや避けられない状況でもあった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
――爆発が収束した時、既にハードウェーザーの残骸らしき物体を見つけることは出来なかった。これもまたハードウェーザーがハドロイドの力によってデータを現実に実体化させるため。ハドロイドが喪失すれば共にデータだけの姿に戻される事を意味していたからだ。
「リタさん……リタさん!」
「いるなら返事しろ、って言いてぇところだけどよぉ……!」
玲也とアンドリューは直ぐにリタの行方を捜した。プレイヤースーツを二人が着用している状態とはいえ、爆発で巻き起こった煙が自分たちの鼻元を刺激し、蔓延する熱が自分たちの体に触れている。
「リタさん、リタさん、どこですか、どこですか……リタさん!!」
「……」
精神的に落ち着きをある程度取り戻したアンドリューと異なり、直接この場で戦いを交えていないにも関わらず、玲也は興奮と動揺が醒めきらぬまま、ひたすらリタの名を連呼し続けていた、足元で接触した見知らぬ彼女――相手方のハドロイドが既に何も言わず即死に追い込まれただけでなく、人の体ですらない細切れへ変わり果てた姿を見た時に、淡い希望も捨てざるを得なくなった。それでも握りこぶしを振るわせて、目の前での最悪の事態を直視しがたい想いを籠らせていたが、
「リタ……!!」
「良かった……無事なんだな……」
「まだ、まだ息があるんですか……リタさ……」
そいしてリタの姿が発見された――諦めていた筈だったアンドリューだろうとも、今は思わず声を挙げて彼女の意識を確認する。口を半分開いた状態で虚ろに目を開かせた彼女は目の前のアンドリューだけでなく、自分の名前を呼んで必死に向かう玲也の存在も認識していたが
「……バーロー! 目を背ける奴があるか!!」
「……はい!」
目を瞑ってしまった玲也へ、アンドリューが怒号を飛ばした。玲也が直視した彼女はアオイのようにすでにミンチとまでまでには至らなかった。けれども致命傷に変わりはなく、下半身の行方は定かでなく、既に左手と上半身だけを残しているだけであり、
「おいおいがきっちょー、そんなにあたいが怖いかー……」
「それどころじゃねぇだろ! 一体どうしたんだよそれは!!」
再起不能どころか、意識がまだあるだけでも奇跡に近い――それを当の本人として既に認知していたのか、彼女はこの事態でも未だ平然のままあろうとしていた。一方のアンドリューは目の前のパートナーが咄嗟に裏切ったとして、その手で握られたポリスターを言及する。プレイヤーがあくまで持つ装備の筈が、パートナーも所有していた事も知らされていなかった為であり、
「メルに作ってもらったんだなー……1回しか使えない使い捨てだけどさ」
「まさか、まさかそれで俺を、俺だけを逃がすために使ったのかよ!? どうなんだ!!」
「悪いかよーまさかもあるから、なぁー」
「バーロー! てめぇのした事が分かってんのか!」
コンパチの強化だけでなく、簡易型のポリスターをメルが即席で開発した為に、彼女は相当な負担を抱えていた一因にもなっていた。最もそれ以上にポリスターで勝手に自分を転移させて逃がした事が彼として真っ先に憤るべき所であった。握りこぶしを地面に叩きつけていたが、
「あたいが止めたって戦うだろ? あたいもその気だから、止めるとかないけどなー」
「それで、アンドリューさんだけでもリタさんは……」
「だってそうだろー……あたいがアンドリュー巻き込んでくたばるのがもっと嫌だからなー……」
リタとして、アンドリューと共に命尽きるまで戦おうとも、パートナーだけを死なせる事は何としても避けるべきとみなしていた。おかげで彼が九死に一生を得て自分に語りかけているものの、当の自分は吐血して彼に血を浴びせかけてしまう。
「無理して喋るな! 本当にもうくたばっちまう」
「悪いなぁー、世話ばっかかけてよー」
わが身を犠牲にしてまで、自分を生かそうとしたパートナーの献身を、アンドリューとしてどう受け取ったかは定かではない。それよりも彼女の容態を案じた所、遅れるようにして自分たちの近辺にまばゆい光が生じ――もう一人が転送された。
「お前は……」
「……パパ!!」
左手で出血が止まることない腹部をさする様に抑えながら、屈強な鉄面の男が自分たちの前に姿を現した。これに玲也が身構えたものの、自分の右方からロミが駆け寄ると共にポリスターを持つ腕を思わず、真下に下げており、
「……ロミ、父さんがあれほど……お前だけには、戦いを知ってほしくないと」
「おい、そのロミって奴はもしかして……」
「――ハインツの娘さんです。戦いを止めようと飛び出してきましたから俺が」
「ほぉ……可愛いじゃんかー、そうだアンドリュー」
ハインツとロミの様子から、アンドリューは察した上で玲也に尋ねる。そしてリタこそハインツと同等の重体ながらも、敵だろうと親子へどこか懐かしむように柔和な顔つきを見せていた。
「それでも、来たなら、父さんの鎧を……」
「う、うん……」
レーブンと異なり、ロミにだけは戦いの空気に触れて生きる事を望んでいなかった。それでもなお自分の元にたどり着いたのならば、今更引き返せと言えるはずもない。それどころか今わの際の自分の頼みとして、戦いの中で生き、戦いの中で果てようとする自分の姿を彼女へと見せつける事を最期に選んだ。
鋼鉄将軍として自分を守り、力を示すための鎧は既に粉々に亀裂が生じ、まるで破片のように小さな娘の手で退かされていった。赤い鮮血に染まった破片に少し目を背けながら、ぎこちない手つきだろうとも、その手を止める事はなかった。鋼鉄将軍の娘として同じ血が流れるのだと、どこか安堵の表情を静かに見せていた――強面の彼を覆う兜は既に蓄積されたダメージから自壊していたのだ。
「ったく、てめぇはどうして、どうしてこうも馬鹿なんだよ!」
「馬鹿じゃない! 正しい事じゃなくても、パパは馬鹿じゃ……」
玲也から事情を聴いたのか、アンドリューもまた不器用なりに初めてハインツを案じた。バグロイヤーの人間として先程まで命のやり取りを繰り広げた相手故に、憎悪を捨てきった訳ではない故の態度だが、今わの際の父親を侮辱されたならば黙っていられない。
「パパの仇、パパの仇、パパの仇……!!」
「……」
小さな手で握った拳で何度もポカポカとアンドリューを叩く。微々たるものだった事もあれど今の自分に彼女を諭す事も、宥める事も出来ない捉え、ただ無言で受け止め続ける。目の前で父親の仇が現れたならば、憎しみを叩きつけてもおかしくはないと――。
「やめろ、ロミ……その人を責める事は許さん」
「パパ……でも、でも!」
「確かにお前の言う通りだ、私は不器用で愚か……いや、ただの」
「……馬鹿じゃねぇよ、バーロー」
だが、その父親として娘がアンドリューを憎むことは筋違いであると死の際で窘める。それでも納得しがたい娘に対し、自分が謝った道を選んでも、最善の方法を見出せなかった愚か者であると自虐していた所、アンドリューは彼を詰りながらも愚かではないと否定し、
「“おめぇ“は俺に勝ちやがった……最期まで切り札を残したのは俺じゃなく“あんた”だ」
「アンドリューさん……」
アンドリューとして、互いに命をなげうつ覚悟の戦いにて自分の敗北認めていた。グレーテスト・マグナムで引導を渡そうとする最中、ゴルドストは満身創痍になりながらものレオン・マグナムを切り札として残していたのだから。本来自分が勝つ見通しだった所、彼によって自分は相討ちに持ち込まれる結果となった――リタの咄嗟の行動により、自分が生き延びようとも、因縁の相手を初めて認めた瞬間であり、
「おめぇの親父は道を間違ったかもしれねぇけどよ……誇れよっていいんだぜ?この俺が認めてやらぁ」
「……」
「俺の事はどう思おうが構わねぇ。討てるなら本気で」
「や、やめるんだ……」
自分を仇として憎むロミへ、己の父親を誇りに持てと激励と共に頭をその大きな手でそっと撫でた。無論父の仇を前に鋭い視線を彼女は突き付けており、アンドリューとしても、それで許される筈はないと分かってはいた。たとえ自分がハインツに好敵手と称され、許されようが、自分が父親の仇として憎む彼女の胸の内を否定するまではしなかったものの――彼はアンドリューが報復される事は良しとしないと触れ、
「私も悪い事をした、その人の大切な……」
「……アンドリューの?」
「そうだ。本当ならお前も私と同じ……」
「おーい、アンドリューがするわけないだろー……がきっちょ」
ハインツがまたアンドリューにとってパートナーの仇であると、ロミへと言い聞かせる。彼女がアンドリューに迎えられる事は、互いが拮抗する実力をぶつけ合った故、双方の確執や因縁を乗り越えるまでに至ったと評する、リタは息絶え絶えながら、ロミを手にかける筈はないと指摘して玲也へこえをかける。またアイコンタクトを受けたアンドリューの顔つきも変わり、
「玲也、将軍や博士のせいじゃねぇ。この俺がよ……」
「アンドリューさんが戦う事を望んだ……それで」
「まさか、こうなっちまうとはな……全て俺のせいだ。恨むなら」
「誰が、誰が恨むなんて……!!」
この戦いは、アンドリューがハインツと競おうとする姿勢から生じた、責任はすべて自分にあると釘を刺すが――玲也は彼に背を向けながら体を微かに振るわせて叫ぶ。誰一人斃れてはならない約束がこうも破られた事へのやりきれなさをこらえつつ、二人が自ら選んで生じた結果だと受け止めようとしていた時
「お前が、玲也なら……秀斗、羽鳥秀斗の事を」
「……父さん! ? 何か父さんの手がかりがあると!!」
「……手がかりも何も、私が秀斗を捕まえ、いや彼がそのつもりで」
「そのつもり……何故ですか、わざわざバグロイヤーに行くなんて!」
玲也の存在が視界に入り、ハインツが秀斗の存在を言及する。思わぬ話の流れに玲也が目を点にするが、父が自分からハインツに捕まる事を選び、バグロイヤーの人質として身を投じたのか理解が追い付いていない様子であり、
「あんた、それを何でもっと早く言わ……」
「私がお前達に手を貸したから、罪が許される訳が。保身を図る男ともロミに思われてはな……」
「今だから、もう構わない訳だなー……」
「……かもしれない」
自分たちからすれば最重要ともいえる情報を知りえていた事に、アンドリューも流石に顔色が変わり追及しようとしたが――ハインツの生き方からして、敵であった自分たちに易々と手を貸すわけにいかなかったのだろうと思い途中で口を紡いだ。実際彼の胸の内はその通りであり、リタに聞かれた通り死闘の末、どこか今わの際で吹っ切れた心境とも関係があった。
「天羽院はこの戦いの隙に……奴だけは逃がしたら」
「この戦いは終わりそうにないと……そうですよね!?」
バグロイヤーの最高権力者に君臨する天羽院――ちっぽけな自尊心を傷つけられたための復讐により、計り知れない規模の戦乱を巻き起こしていたが、その彼からしたらあくまでこの一戦も退却戦に過ぎない。玲也達は天羽院の逃亡だけは阻止せんと拳を固く握りしめ
「だから、秀斗がそれを阻止しようと、スカルプに……ぐほっ、ぐほっ!!」
「パパ!!」
「すまん、ロミ……もうここにいることは出来ない」
その天羽院から復讐の標的にされている事を、秀斗はいうまでもなく自覚していた、よって彼を引き寄せるための最高の囮であるとして、ハインツの元へと表れて捕らわれる事を選んだ。
これも秀斗の身柄を手土産にして天羽院の元へと差し出す行為が、ハインツとして遊撃担当の建前で、独自の行動権を彼から得る事が出来た為でもある。その上で今に至ると締めくくり、瀕死のハインツは吐血する。思わず父親の元へ飛びつくロミへ、ぎこちないながらも首を横に振って腹を抑る。自分が既に終わろうにも終われない状況であると触れれば、
「アンドリュー、やれよなー……今はそっちが大事だからよ」
「……わーった、玲也も手伝ってくれ」
「……わかりました」
自分より先にハインツは逝く事を望んでいる。リタからの頼みもあり、二人が揃って立ち上がる。玲也がポリスターを向けると共に、アンドリューはM&P拳銃を取り出して、横たわる相手に向けて右手を突きつけた。
「……撃つな! パパを、パパを撃たないで!」
「ロミ、離れな……さい、道を間違えて敗れたなら……」
「わりぃ、ロミのことちょっとだけ頼むわ」
「はい……怖かったら目を……」
――引導を渡されようとしている。父の障害が人の手によって幕を下ろされようとしている事を、ロミは必死に父の元へしがみついて、非力だろうとアンドリューの発砲を妨げようとするものの、玲也の力によって彼から引き離されてしまい、
「嫌! パパに、パパを最期まで……!!」
「……立派だね。アンドリューさん、早く!」
「わーってらぁ、直ぐ楽にしてやっから、待ってろよ……」
ロミは玲也の両腕を噛みつくなど抵抗するも、やがて疲労が込みあがったか、或いは抵抗そのものが無意味と悟ったか彼の腕の中で大人しくなる。そして父がけじめをつけようとしている行動をを見届けようとしているのだと、幼い彼女が目を背けようとしない姿勢は、鋼鉄将軍の娘だとも玲也は察してアンドリューに終わらせるよう促すし、
「……グッド・ラック」
微かにアンドリューがつぶやくと共に、素早くトリガーが弾かれ――二発の銃声が鋼鉄将軍へ向けて轟いた。同時に玲也がポリスターを引き抜き、
「せめて安らかに……もう悩み苦しまないでください」
「あ、あぁ……パパ!!」
過ちに気づきながらも、今わの際まで苦しみ続けたハインツ――玲也も哀悼の意を述べながらポリスターを放った。彼らの前で、ボルトスから薄れるようにして姿を消していく様子に、ロミは彼の元へ縋る様に飛びつき、
「パパ! いっちゃやだ!! ロミを置いてかないで!!」
「大丈夫だ―……あいつは救われたんだぞー……」
ポリスターの力を駆使して、ハインツの電次元の深海へと転送された。敗軍の将として敗れ、他人の介錯で果てた彼の亡骸を、この地で晒し続ける事が辱めに等しいと見なした為であった。それに気づくことが何時になるか、ロミが延々とその場でへたり込んで声を大にして泣き出した所、リタはまだ理解してもらえなくとも、ハインツとアンドリュー達の胸の内を語り、
「ったく、まだこうあたいの意識があるのも不思議だけどなー……」
「……だからこれ以上喋るなって。もうだめじゃねぇかよ」
アンドリューが寄り添うように、リタの上半身を抱きかかえる。その身でありながら自分の意識がここまで持った事を本人が一番驚いている様子であったものの――その奇跡も既に限界へと達しており、彼女の全身が徐々に白く色あせていた。
「おー、がきっちょ……いや、玲也なのにがきっちょ、がきっちょばっかで……」
「この状況で気にする事ですか! 俺はまだがきっちょです、リタさんからすればがきっちょで……」
「もう、あたいが言うがきっちょじゃない、ぞー……」
いつもながらリタが“がきっちょ“と呼び続ける事への罪悪感を今更告げてきた。玲也として今の状況からすれば案じる事が違うだと突っ込むも、彼女は玲也が“がきっちょ”ではないと肯定し続け、
「アンドリュー、本当あたいは大好きでー……愛してたぞー」
「……ありがとな。俺とおめぇは馴れ合いでも嘗め合いでもなかったからよ」
「それでこそ……」
リタはやはりアンドリューを愛していた――今わの際での告白を前に、アンドリューは既にその想いを察していた事は言うまでもない。互いに傷の嘗め合い依存しあう関係でもなく、慣れあいで付き合っている関係でもなかった。ともに戦うパートナーとして駆け抜けていった事も、リタのお陰だと感謝の意を述べた。少し寂し気な笑みを見せつつ、パートナーを抱きしめていた腕の力が微かに入り、
「あたいの……パートナーだぁ……」
「……!!」
――遂に彼女の体から色素が全て抜け落ちた。血の気が完全に失われた白き残骸と化した彼女の体を、ただアンドリューは強く、ハドロイドだった体へ微かにひびが入ろうとも、手加減することなく力いっぱいの抱擁を交わした。そして崩れ落ちるように膝を地に着かせ、顔を寄せては声にならない声を挙げ続けていた。
「リタさん……そんな……」
「約束したばかりじゃないですか……みんなで生きて帰ると、ねぇ」
ただ顔を俯かせながら、玲也も、リンも今は声にしようがない憤怒や哀悼の意を押し殺して述べる。一大決戦を前にした自分たちが交わした約束は、今一人の犠牲者を出した事で早くも破られた結果となり、
「俺をがきっちょ呼ばわりするのも、勝手に人の玄関をまたいでご飯食べに押しかけてくるのは少しどうかと思いましたよ。でも貴方がいつも明るく、強く、優しかったことも俺たちは知ってます!!」
「……」
「だから、リタさんいも、リタさんにも生きて欲しかった……! 出来る事ならアンドリューさんともこれからも……」
「……あたりめぇだ!!」
リタがここで倒れる事があってはいけなかった――玲也は先立っていった彼女への未練を涙声で述べていく中で、アンドリューが直ぐに力強い言葉で肯定して立ち上がった。同時に目元の涙を素早く拭い去り、
「俺がここで立ち止まれる訳ねぇ! それ位分かってるはずだろ!!」
「……当たり前ですけど何故! 何故アンドリューさんが今、そうしていられるのですか!!」
「俺がそうだから、おめえが知った口叩いてどうする!!」
「玲也さん!?」
最愛のパートナーを喪おうとも、アンドリューに燃え盛る闘志が萎える事を知らなかった。その姿勢に玲也は思わずリタの事を想っていないのかと、彼が血も涙もないのかと詰ろうとすれば――彼は拳を彼のほほ目掛けて振り上げていった。
「玲也さんも言いすぎたかもしれません、ですが私も……!」
「わりぃな、誰もくたばらなきゃ本当、本当にいいけどなぁ……」
「だからこそリタさんが、リタさんが斃れる事は……!!」
「俺たちは甘ちゃんじゃねぇ! 分かってるだろ!?」
リンもまた玲也と同じ胸の内であると、パートナーを悔やもうとしないアンドリューの態度へ苦言を呈そうとしていた。けれども彼は敢えて二人が望んでいる事は綺麗ごと他ならないと厳しく突き放す。直ぐに両肩へ手を添えた後
「ポーも、レインも、ベルも、ジャレコフもくたばっちまった! そしてリタも!!」
「そうですよ! それくらい分かって」
「誰かくたばったら、俺たちはどうしてた! 弱音はいて逃げたか!!」
「誰がそんな事……!」
慟哭を味合わされたアンドリューだが、自分以上に興奮が収まりそうにない玲也を宥める言葉をかける――戦いの中で志半ばで倒れた面々も中にはいた。その面々の事を脳裏に思い起こすと共に、玲也は彼の本心に気づき、
「すみません、アトラスさんやクレスローさん、アクアさんの為にも……」
「そういうこった。シャルも、才人も……あのゼルガも必死こいて戦ってるからなぁ!!」
「まだ斃れません! リタさんの分まで戦いますからね……!!」
「そういうこった、コンパチ!」
我に返ると共に、玲也が戦意を取り戻したと知れば、アンドリューは軽く彼の胸板を小突く。リタを喪えど、彼は全米№1、最古参プレイヤーとしての自信と余裕を既に取り戻したかのように白い歯を見せながら笑い、コンパチへ話を振ると
「クロストとヴィータストが戦ってるパチ! 一方的ではないパチね」
「まぁ、マーベルのおまけ二人だと良くてそんなもんか」
「おまけ……流石にそれは言いすぎじゃ」
「わりぃ、わりぃ、まぁおめぇだったら勝てるだろ?」
アンドリューの意志を読み取っていたかのように、コンパチは超常軍団を相手にクロストとヴィータストが応戦している事を触れた。アズマリアとルミカの腕ならば旗色は必ずしも良くない事もアンドリューには予想がついていた。二人への評価が低い事をリンに突っ込まれて詫びた後、本命の方をすかさず指名し、
「俺がネクストを動かしてやらぁ! ちっとは俺に任せとろよ!」
「だからクロストに俺が……アンドリューさんこそまだ、その」
「バーロー、おめぇが俺の事心配できる立場かよ!?」
ネクストのサブプレイヤーとしてアンドリューは最前線で戦う意思を示す。玲也がオーバーワークではないかと懸念していたものの、彼からすればマルチブル・コントロールによる玲也の負担を抑える事も想定して、敢えて自分をクロストの元へ行かせようとしているのであり、
「アンドリューの言う通りパチ、一番厄介なのは超常軍団パチ!」
「と、自慢の相棒もそう言ってるからよ! 頼むぜぇ!!」
「は、はい……ってまだ決めた……」
コンパチとしてもアンドリューの言う通りである、ネクスト以上にクロストが立たされている状況が過酷だとも評する。彼の後ろ盾もあってか躊躇いもなく彼のポリスターが玲也を射止める。最も彼の心の準備が出来ていたかどうかも定かではないが、
「とりあえずおめえは先に乗ってくれ。ちっとばかしな……」
「早くするパチよ、ドラグーンの守りも固めるパチ」
「にゃろう、俺が留守番……って言ってる場合じゃねぇな」
コンパチをネクストの元へ急がせる傍ら、アンドリューは後方に回される愚痴も程ほどにして、その場でへたり込んで泣き続ける彼女―ロミ―へと手を差し伸べる。彼女が自分を見る目は冷たいが、
「そこにいたって、何もならねぇからよ……来いよ」
「一緒に行ってどうするの!? ロミ、貴方の事……」
「好きに憎んでくれ。その上で長い付き合いになっからよ」
「長い付き合い……離して、離してよ!」
ハインツを喪失した事への悲しみから抜け出しきれず、それだけでなく父の仇と行動を共にすることをロミはまだ受け入れる筈もなかった。それでもアンドリューが半ば強引に彼女の手を引っ張り、やや力ずくでネクストの方へと足を動かしており、
「俺は天羽院のヤローを、ハインツを騙した天羽院を倒すってなぁ!!」
「パパを騙してた人……?」
「まぁ、俺より悪い奴だからよ……まずはそれをやらせてくれよ」
「……パパ言ってた、お姉ちゃんも天羽院に……」
天羽院へ不本意だろうともハインツは最期まで従い戦い続けていた――そのさ中にレーブンも逸る形で命を落としたことはロミも既に知らされていた。真の巨悪を討つ事が家族の仇を討つ意味にもなると気づいていくとともに、
「まぁ、俺の戦いをよく見とけ! イーテストじゃねぇけどよ!」
「貴方の戦い……パパと戦って」
「まぁ物足りねぇかもしれねぇけど、約束したからよ。俺を好きにするなら」
「……うん」
ハインツへ好敵手としての敬意を表しつつ、アンドリューは彼が本来望んでいた戦いを成し遂げんとしていた。そんな彼の戦いの意味を汲んでか、不機嫌そうながらもロミは承諾した様子で首を縦に振る。アンドリューの手から振りほどけるとともに、自分の足でネクストへ走り出す様子へ微かに口元を緩ませ、
「あいつの分まで戦うのは当たり前だけどよ。おめえとの約束も守ってやらぁ…!」
「アンドリューさん早く! シャルさん達が苦戦していますから!」
「わーってらぁ!!」
リンに催促されるよう、ロミに続いてアンドリューがネクストの座席へと乗り込む。既に玲也の手で先に乗せられたパートナーの亡骸が視界に入り、
「わりぃけど、まだ見守ってくれよな……リタ!!」
――最後に交わされたパートナーの約束を果たすのだと、アンドリューは唇をかみしめてコントローラーを握る。瞼に涙を微かに募らせていたが敢えて拭う事はなかった。
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