39.5-6 12月23日、出撃前夜の14歳

「玲也さん、お誕生日おめでとうです」

「ありがとう……今日で俺は14歳になる訳だ」


 羽鳥家の食卓に玲也を手前にして、ニア達が囲むように座る。14回目の誕生日をこの日に迎える玲也へリンが素直に祝福しており、玲也も少し顔が緩んでおり


「まぁ、あんたもこうして大人になってくのね」

「ニアさん、相変わらず玲也さんを子供のように見られるのはやめてくださいまし! 玲也様がますます魅力あふれる殿方として……」

「そういってあんたが玲也に近づくのはやめなさいよ!」

「ニアちゃんも、エクスちゃんも大人しくしてください! 玲也さんの誕生日ですから!」


 少し玲也をからかうニアに、エクスが反発する上で彼との距離を縮めようとアプローチをかけていく。これにより二人がいつも通り一触触発の流れへなろうとした所、リンが珍しく声を挙げて二人を嗜めてたおり


「あらあら、相変わらず賑やかだからお母さんも張り切っちゃってね。玲ちゃんが大好きなちらし寿司よ」


 ニア達の喧嘩を実の母親のように理央は微笑ましく捉えていた。彼女の両手になみなみと盛り込まれたちらし寿司をテーブルへと置いた所、玲也の手は自然としゃもじを握り、受け皿へやまやまと盛り付けると共に、がっつくように口へ流し込む。


「凄い食欲だわね」

「玲也さんがやっぱり誕生日だけあって嬉しいんですよ」

「本当はシャルちゃんや才人ちゃん、アンドリューさんも誘いたかったけどねー」

「シャルさんはともかく……」


 理央としてこれが玲也の誕生日パーティーと捉えるならば、彼女たち以外も誘って祝う意図があった。シャルを誘う事にエクスは難色を示すものの、彼女たちの事情を察した為口を紡いで俯き、


「シャルさんはパリの実家で、才人さんはドラグーンの方でパーティーですからね」

「まぁ、本当今日がが玲也の誕生日ってのも少し複雑ね。明日電次元に向かうんだしさ」


 ニアの触れる通り、玲也の誕生日を祝うこの場こそ、ゲノムへ向かうまでの決戦前夜でもあった。この夜を終えると共にドラグーン・フォートレスへと足を運び、電次元へ突入する――この日が最後の誕生日になるかもしれなかいのだ。


「ニアさん、せっかくの玲也様を祝う場ですから不吉な事を……」

「まぁまぁ、今夜雪が降るかもしれないけど、玲ちゃんの生まれた時もそうだったわ」

 

 不吉な空気が微かに漂う中で、理央は今夜の天気に絡めて14年前に想いを馳せていた。無我夢中でちらし寿司を放り込み続ける彼が受け皿を置くと共に耳を傾け、


「お父さんもお母さんも、あの頃は本当苦労しててね……」


 ――14年前の羽鳥家は貧困に瀕していた。共に高校と中退すると同然に北海道から駆け落ちして東京の武蔵野地区へ引っ越した。勘当同然との事もあり秀斗はいくつもの肉体労働を掛け持ちし続けてどうにか生計を立てており、理央もいくつものパートを掛け持ちして生活費をどうにか確保していた。互いにゲーマーとシナリオライターとしての夢を追いながら、


「そんな中、私が玲ちゃんを身籠った時本当どうしようって思ったのよ」

「どうしようって、ちょっとおばさん、玲也にそういう言い方は」

「ごめんね。まぁこの後もあるから聞いてくれると嬉しいわ」


 玲也を身籠った時に堕胎する事迄、理央は考えざるを得なかった。ニアですら流石に本人の前で言ってはいけない内容ではと懸念もしていた所、出産にかかる金銭的な問題が大きく、二人の稼ぎではあと一人を養う事も険しい問題に直面していた為であり、


「お父さんにかかる負担が大きいと思ったの。けどあの人はお前の稼ぎ位俺が倍働けばいいと言ってくれたのよ」

「……父さん」

「流石玲也さんのお父様ですわね」

 

 それにもかかわらず秀斗は自分一人が必死に働いて稼げばよいと決心するに至った。その苦境の中で秀斗自身プロゲーマーとして転向するに至り、


「俺が生まれる事で、父さんがプロゲーマーになったとも」

「そういうことなの、お父さんが本気でゲーマーとして稼ぐ決心したのも玲ちゃんが生まれたから。勿論お母さんだって玲ちゃんがいたから本気になろうって思えたの」


 自分が背中を追いかけている父が、そのプロゲーマーとなった契機が玲也自身に絡んでいる事を知らされる――苦境の中で信じた道へ本腰入れて己の道へと向き合った。ふと自分にも思い当たるふしがあると気付いた瞬間、


「玲也さんもお父さんが行方不明になって、本気でゲーマーとして後を追おうとして」

「オンラインゲームだったハードウェーザーで成績を残されて」

「偶然が重なって、あたし達3人がハドロイドとしてあんたの元に来たと」

「本当玲ちゃんが生まれた事で、今こうしていられるのかもしれないわね……」


 玲也自身が生まれた事により、自分たちが今の道に至っているのではないかと思わされると。ニア達も同じように運命の巡りあわせとして受け入れている中で、理央も同じ考えであり、


「玲ちゃん、美味しい?」

「美味しいに決まっているじゃないか、いくらと塩のバランスが俺好みで」

「お母さんもこうしてお料理するのも、玲ちゃんがプレイヤーになったからかしらね?」


 玲也がプレイヤーとして戦いに身を投じるまで、理央は殆どが外働きであった。その為家事は学校から帰宅した息子へと、家事を任せきりの日々が5年ほど続いていたが――父を探し出し決着をつける足掛かりを見出した時に、理央は息子の戦いと夢を支える側へと回る事を決心した。それまでの仕事を家で済まし家事をこなしていく中で、不慣れな料理を今さながら学んでいき、今では戦いから帰った彼らの下を満足させるだけの料理の腕を持つようになり、


「やはりお金にならなくても、玲ちゃんが喜ぶなら……」

「ちょっと玲也どうしちゃったのよ急に!」

「何か拙い事もあったのではありません事!?」

「いや、俺にも分からないが、ごめん、本当に分からなくてさ……」


 ニアが呆気にとられた顔を見せ、エクスは今の玲也に対してやはり大げさに心配する――当の玲也が受け皿と箸をテーブルに置いた状態で、自然と瞳から涙を零し続けていたのだから。玲也自身にも何故涙を零し続けているかは分からない様子だが、自然と体は震え続けており


「玲也さん、今泣いても恥ずかしくないですよ」

「玲也様が寂しく辛いのも当然ですわ。私が玲也様を受け止めてあげますから」

「ちょ、ちょっとあんた達……しょうがないわね」


 半ば放心状態で涙を零す玲也に対し、リンとエクスがそれぞれの手を暖かく握って戦いを前日に控える彼の心を受け止めようとする。二人に出遅れたニアは涙する男の顔を見ない事で、彼女なりに彼を思いやる意思を見せると共に、


「玲ちゃん、今のうちに綺麗さっぱり洗い流していいの。明日の為に涙は要らない筈よ」

「……」


 ――12月23日、羽鳥玲也14歳。戦いへ赴く前に、差し支える感情を涙と共に流していく。エクスとリンだけでなく、後ろを振り向いたニアの体も小刻みに震えつつあった。理央はただ彼ら4人を暖かく見守り続けていた。


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「まいったな、こう寝付けないと」


 ――0時を過ぎようとしていた所、自室からははんてん姿で玲也は現れた。決戦の明日へ備え就寝しようとする姿勢だったものの、やはり神経が高ぶって簡単には微睡みに墜ちる事は出来なかった。下腹部をさする様に抑え、


「小腹が空いているとなれば……戦いの前に多少はな」


 小腹を満たせば問題は解決するかもしれない。自分らしくないと承知の上で、1階のリビングへと忍び足でスナック菓子を取りに行く。理央が既に寝ているならばと彼女へ気遣うように近づきつつあったが、


「……灯りが点いている。それに」

「あなたお願い、玲ちゃんを、玲ちゃんを護って。お願いだから」

「……母さん?」


 灯りが点いているリビングのテーブルにて、何本かのアルコール缶が積まれており、夫との写真を手にしながら、何度も自分の無事を案じ続けていた。物心ついてから10年以上たとうとも、明らかに今まで見たおぼえがない。それ程やさぐれたような顔つきをしており、

 

「……あんた、本当大切にされてきたんだね」

「ニア、お前もまだ……」

「まぁね。別にあんたの事揶揄う訳じゃないから」


 ――気が付けば、すぐ傍に彼女がいた。親子の相克に対し、まるで憑き物が落ちたように穏やかな笑みを浮かべている様子だが、パジャマの上着だけを羽織った下着姿とラフな格好が多少刺激的ではある。ただ一瞬顔を赤らめた後に、再度気を引き締めるものの


「本当ならエクスやリンにも言うべきだが……寝ている所を起こす訳にもいかなくてな」

「何よ?いきなりマジな顔しちゃって、あたしだけの話って……え?」

「そう、なるな……今更改まる事も何だと思うが」

「今更? もったいぶらないで早く言いなさいよ!」


 結果的にニアだけ先に告げる事となる――その状況から玲也は多少たじろいでおり、火照ったように紅潮した様子のまま。急かすように軽く肘鉄砲を放つニアもどこか同じような様子だが、



「――今までありがとう。本当色々あったが感謝してもしきれない程だ」



 この時彼は恥じらいを可能な限り捨てた――ただ、戦火の荒波をここまで乗り切って戦い抜いた功はニアたちのおかげであると礼を述べる。真剣な表情から繰り出された彼の言葉に、ニアは虚を突かれたように目を点としていたものの、


「あと一つ、あと一つ勝てば戦いは終わる……だから」

「もう! 本当今更なんだから!!」


 あと一つ――電次元での決戦を制すればバグロイヤーとの戦いは終止符が打たれるに違いない。だが窮鼠猫を噛むとの例えがある様に、バグロイヤーを相手に必ずしも勝利で終わる保証もない。落としてはならない一戦を前に気を引き締めようとする玲也の覚悟を前に、ニアは開いた手を鵜へへと差し伸べる。呆れているような口ぶりに反して彼女の表情は前を見据えており、


「すまない、今更過ぎた……な!」


 玲也もまた今更過ぎたと少し苦笑しつつも、彼女とのハイタッチを交わす。決戦の前夜に自分が勇気づけられることになったと、どこか安心感も抱くとともに、


「バグロイヤーを倒して、俺は父さんとの約束、そして母さんの為にも父さんを連れて帰る事も!」

「そうそう……って、ちょっと待って」

「ちょっと待て……何か気に障る事でも」


 玲也として秀斗を理央の元へと連れていく――独りだけこの家に取り残され可能性を汲んだ上で、新たに誓った約束でもある。その判断は最もだと頷きつつも、何か一つ気がかりな点に直面しており、


「そうじゃないわ。あんたのおじさん、おばさんの事はわかったけど、ほら……」

「ほら……って?」

「あんたの事よ。あんたが約束を果たした後どうするのってね」


 ニアが指さした通り、彼女は自分の事――玲也が秀斗を超える約束を果たしてからの行く末を案じていた。ふと自分が今後の道を見据えていく必要を促されると、


「レクターさんにも聞かれた。俺はこの先どうなる、どうすればいいかをな」

「そう……で、あんたとしては?」

「まだ決まってはいない……ただな」


 レクターにも問われた事柄として、玲也は自分が父を超えた先、後に何が残るかは朧げともいえた。彼自身としてこの時まで今を生きてきた、それは裏を返せば後に何も残らない、抜け殻のように燃え尽きた自分の姿があるのではと微かな憂いに表情がゆがむものの、


「――ぬるま湯に浸かる事はしたくない。逆境という荒波に身を投じていけるならな」

「……本気なの?」

「お爺さんも、父さんも同じように生きてきた。やはり俺も羽鳥家の人間だ」


 苦難や試練が付きまとう――そのような茨の道を玲也は志していた。生きる事は戦いだとの言葉通りの選択肢を取ろうとしている事、それが羽鳥家の人間、親子三代に流れる血ではないかとまで例えていた時、


「……と、俺らしくない気取った事を言った訳が!?」

「はいはい、本当あんたは危なっかしいんだから……!」


 玲也の決意に対し、ニアとして半分分かっていたと言いたげな様子で彼の手をつかんで、自分の胸へと押し当てていった。大胆なアプローチに少しドギマギしていた様子ながら、


「地獄極楽一緒なんだから! 忘れたとか言わせないわよ!!」

 

――これまでも、そしてこれからも自分一人で戦い抜ける訳ではない。けれどもこうして心を通わす彼女がいる限り、負けはないのだとも確かな自信を覚えていた。


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次回予告

「12月24日、電次元へドラグーンが飛び立つ時が来た! オール・フォートレスとのドッキングを遮らんと、バグロイヤーの大軍勢が襲い掛かるが、ハードウェーザー軍団が一斉に迎え撃つ!俺たちは命を賭けたみんなの為にも必ず勝つ、生きるも死ぬも一緒なら俺は倒れないぞ! 次回、ハードウェーザー「嵐の電次元へ、ドラグーン発進せよ!」にネクスト・マトリクサー・ゴー!」

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