37-2 荒れるニア、心の謎はまだ解けず

「まぁ、アンドリューがヘマしたからよー、こいつも木から落ちるというか」

「バーロー……って言いてぇけど、ナイスフォローだったぜ」

「あ、ありがとうございます……今までが実を結んだのですが」

「ただ……こういう事をあまり言いたくないですが」


 ――オール・フォートレスのアラート・ルームにて。早々リタから不手際を突っ込まれつつも、アンドリューはインド代表の奮闘を素直に評する。彼の態度に双子がどこかぎこちない表情を浮かべていたが、大先輩の彼から褒められた為の緊張に起因するものだけではない。二人の視線の方向を既に彼は気づいており、


「ったく、おめぇらが逆に助けられたら意味ねぇのによ?」

「べ、別にあたしだって好きでそんな事」

「あたりめぇだ。好きで死にてぇなら勝手に死んじまえよ!」

「アンドリューはん、そないにキツく当たらんでも……いくら玲也はんらでもなぁ」

 

 アンドリューとしてやはり、玲也たちに問題があると見据えていた。玲也へと肩を叩きながら、問いただそうとする態度は穏やかだが、ニアに突っかかられた途端視線が怪訝なものとなる。一種触発の空気を察知して、アイラが二人を止めようとしており、


「いえ、アンドリューさんの言う通りです。いくら調子がでないとしましても」

「言い訳にしかならねぇよな……まっ、俺が動かしても同じだったかもしれねぇけど」


 玲也は潔く自分が至らない事を受け止めた途端、アンドリューは自分でも同じ目に遭っていたとぼやく。彼へ敢えて視線を合わせることなく背を剥きながら、


「マルチブルなんとかが出来てもよ、相方がぼんやりしてたら命とり……参ったぜ」

「そうはいいますけどねぇ! ブレストは元々アンドリューさんに向いてないですよ」

「おいおい、俺は何もやっちゃいねぇ。そうだろうよ?」


 ブレストの制御に回っているニアに何らかの問題を抱えている――アンドリューとして、彼女の精神的な問題を見据えながらも、彼女がこれに自覚する必要があると見た。彼女が問題と向き合うよう促す為か、敢えて憎まれ役の態度で接していたもの、


「そもそも、アンドリューさんにはイーテストがありますよね!? リタさんをほったらかしに何やってるんですか!」

「おいニア、それは今関係ない話で……」

「そうだよ!!」


 それでもニアは態度を変えることなく、真っ向から意見する――アンドリューが玲也のマルチブル・コントロールの相手を務める傍ら、本来のパートナーとなるリタを蔑ろにしているのではないかと。玲也としても内心少し気にしてはいたからか、彼女を窘めつつ少し目の色が変わったとき、意外な人物が思わず声を上げた。


「マイさん、どうしましたか」

「急に大声を上げて、何かありましたか?」

「えっ、いやあの、そのね……リタさんは既に戦うのに限界があって……とかではないかなって?」

「リタさんが……戦えない!?」


 リタが無理して戦っている――マイは直ぐにはぐらかしたが、玲也が突き付けた視線に対し、双子が揃って首を横に振っていた。彼女の話をパートナーの本人ですら知らされていない事であり、当の本人は思わずリタの元に隠れて、3人からの視線を直視しないようにしていた所、


「それより、あたいらもラルに引き継ぐんだろ?」

「そうだった、そうだった。おめぇはとりあえず早く戻っとけよ」

「えっ、その……反省はこれで終わりですか?」

「まぁーがきっちょの問題とまた別だからなー」

「パートナーとしておめぇが動かねぇと……そういうもんだろ?」


 リタが少し慌てたように、ラル達ブラジル代表へと、オール・フォートレスのリーダー代行を引き継ぐ必要がある事を話に出した。アンドリューも少し態度を変えて玲也たちへと、本来の持ち場に戻る様にと促していた。二人の態度に少し戸惑いながらも、玲也が周りを見渡した後、


「悪いニア、ちょっと何処かで待ってくれないか」

「あんた急にどうしたのって……変なの食ったの?」

「すまない、オールでの食事はまだ」

「ったくしょうがないわね。リフレッシュ・ルームにいるから早くしなさいよ?」


 玲也が下腹部を抑え、顔を少し赤らめている様子にニアは彼の生理現象を察した。少し呆れながらも彼女からの承諾を得て安心をするとともに、アラート・ルームから離れ、


「……って、あんた達もなの?」

「すみません。実は我慢してまして」

「少し恥ずかしくてなかなか言い出せなくて」

「ったく、男はどうしてこう締まらないというか、ねぇマ……あれ?」


 まるで示し合わせたように、インド代表も催す仕草を取り出した。男3人の生理現象を揃って見せつけられ、ニアは辟易とした顔で、同じパートナー同士としてマイへ話を振るものの――彼女は既に部屋を後にしており、


「……ニアさん、何か似ています」

「ニアはんが似てるって……フレイア、どないしたんや急に」

「……私でもよくわからないです。似てないですよね」

「せやで、お世辞にも似とらへんで。一体何が言いたいんや?」


 リフレッシュ・ルームへと向かうニアの背中を視線で追いながら、フレイアが急に自分を指さして彼女と似通うと口にした。外見もだが内面もほぼ接点がない為、パートナーのアイラでさえよくわからないと言いたげな表情を浮かべていたものの、


「……空っぽです。ニアさんが私と同じようです」

「空っぽ? フレイアがそげなこというとなったら、ひょっとしたら」

「……アイラ様と会う前の記憶が私にないです。ニアさんももしかしたらですが」

「フレイアと同じ、ゼロから作られた……んなアホな!?」


 フレイアが触れるには、ニアが自分と同じ過去が空虚、無に近いのではないかとの予測でもある――ただ、パートナーとしても彼女のこの話は流石に突飛ではないかと、思わずアンドリュー達の方を向けば、


「あいつ5つの頃に捨てられて、施設に拾われて育ったらしいけどなー……戸籍もデータ上にあったからよー」

「それならやっぱ、おめぇと同じコンシュマー生まれなんだろ?」

「そうだなー、けど急にどうしてそう思ったんだー?」


 各々がハドロイドの被験者となる以前の記録がタグに刷り込まれており、メルが管理するデータベースにも彼女はゲノム生まれの電次元人と証明は出来る――フレイアの憶測は履歴や記録と矛盾が生じるものであり、その上で何故彼女があり得ないことを尋ねたかを踏み込めば、


「……ニアさんが、アイラ様とシンヤさんへ辛く当たっているような気がしたのです。二人がいる前では70%の確率で……」

「んな計算せんくてもえぇ。ニアはんのこと考えるとイライラするのもわかるんやけど」

「……ニアさんが当たる理由を分析しますと、アイラ様と異なる気がするのです」


 アイラもまた、母親に捨てられた過去が心の傷となっている――フレイアがニアに対してそのような憶測を立てていた事も、彼女の過去と重なる事例とみなしていた為でもある。だが彼女が募らせる不信感は、仮に父親が常にいたか否かを差し引こうとも、原因は異なっていた。


「まぁ戻ったらちょっくら調べるか、なぁ?」

「そうだなー、心当たりがある奴が一人いるからよー」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


(私のバカ!思わず口が滑っちゃったんだけど……)


 ――アンドリュー達の話が終わった直後、そそくさとマイは逃げ出そうとアラート・ルームを出ていた。自分の部屋へと駆け込んでおり、


(テディ君とアンディ君には隠し通せないと思うけど、羽鳥さんにだけは……って、えぇっ!?)


 ただ、個室に立てこもって時が経つまでやり過ごすことをマイは狙っていた。玲也が大人しく引き下がり、追及の手を弱めればどうにかなると、彼女は不確実で根拠がない手段でこの場を切り抜けようとしている。ただ実際に個室の扉は全て施錠されており、


「そんな! まだ立ち退くまで時間あるのに」

「そうですね、荷物の整理もありますし」

「マイさん結構持ち込んでましたからね」

「そうそう多くないって……きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」


 自分の部屋にロックがかかっているこおてぇ、マイは早くも焦りだしており――落ち着く間もなく、双子が揃ってこの場へ立ち入っていた。この事態に思わず彼女が黄色い悲鳴をあげており、


「マイさん、一体どうするつもりでした?」

「どうするも何もって、何でここにテディ君もアンディ君も!!」

「ごめんなさい、メローナさんへ既に話はつけてますので」

「誰も入ってないのもありましたけど……やましい理由ではないですよ」


 玲也と示し合わせての、インド代表の行動は素早かった――メローナへ彼女と話を付けるとのことで、一時的に彼女に対しての、艦のセキュリティレベルを最高まで設定を済ませていた。彼女の部屋へ立ち入ろうとすることへ玲也は少し顔を赤くしていたが、


「マイさんはこうでもしないと捕まえる事が出来ないと思いまして」

「騙してごめんなさい……こっちです、玲也さん」

「すまない……俺の為に手を貸してもらって」


 テディとアンディの協力に感謝しつつも、場所が場所なだけに玲也は少し顔を赤くしながらも、禁断のエリアへと立ち入っていく。そんな彼のからの視線がただ突きつけられている状況へと、マイの体は既に委縮している――厄介ごとから逃れようとする事に定評のある彼女だけに、既にこの場から離れたいと望んでいたのは言うまでもない。


「マイさんが僕達にも隠している秘密があるようですからね」

「モヤモヤしたままでは困ります。集中できなくて僕たちにもしもの事があれば」

「そ、それはそうだけど……私は一体何を離せば」


 常駐するハードウェーザーが不在のオール・フォートレスを考慮し、電装マシン戦隊から出向するローテーションが組まれていた。特に大気圏外での戦闘経験がない者が優先されていた為、エジプト代表の後釜としてインド代表が出向となった経緯であった。

その為アンディが指摘する通り勝手に待機任務を放棄してよい筈がない。ただ双子が揃って玲也に協力した事は、彼女に隠している秘密がある事を気がかりとする点も少なからずあっての事だ。


「わかっている筈だが、リタさんに何があったか俺に教えてくれ」

「な、何があったって、玲也君が知りたいことを私は知らないですよ! あれは私のあてずっぽうです!!」

「いや、リタさんが目をそらした様子から図星だったに違いない。ただリタさんはマイが知っているとは思えない様子だったがな」

「ど、どうしてそこまで……あ‼」


 リタのリアクションから玲也が推測をしていた所、実際ほぼ的を得ている内容である。そもそもマイはメルの口から知らされていた脱す、リタ達第1世代のハドロイドが長期にわたって活動していく中で、寿命を迎えようとしている事を。


「マイさん、くれぐれも僕達も他の人に話ませんから」

「玲也さんも勿論、他の人に話さないようお願いできますか」

「あ、あぁ……お願いだ。ここまで来た上で話してほしい」

「……ふえぇぇ」


 結局3人のプレイヤーに圧倒されるよう、マイは自分が知る秘密を洗いざらい明かすことにした。ただ彼女曰くあくまで自分ではなくメルから聞いた話だと事実とは言え、予防線を張っていた。

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